第三十八話 深淵から生まれた者
防衛軍東京基地。
その司令本部室では、三人の人間がいた。
「さてと、あっちの様子はどうだい。二人とも」
デスクに座るのは基地司令――川北友幸。その彼と面向かっているのが光咲香奈と黒瀬優里。
川北の問いに先に答えたのは香奈だった。
「はい、問題はないかと。ただやはり前の事が気になります」
「確か報告書に書かれた、神塚君の謎の暴走だったか。そんな事例、聞いた事もないから信じがたい事なんだけどな……」
アメリカの出来事はちゃんと報告書にまとめて提出している。キングバック、謎の三機のアーマギア、イジンとアーマーギアの融合体、そして神牙の暴走。
キングバックは例外として、どれも普通にしていれば遭遇しなさそうな不可思議な事態である。謎のアーマーギアは何の為に襲ってきたのか、神牙は何故暴走したのか。
分かるのなら、イジンとアーマーギアの融合体位か。
「確かアーマーギアの装甲はアルファ鉱石……イジンはアルファ鉱石に寄生していたアルファ細胞から生まれた生物……融合するのは容易いって事かな?」
「そう考えるのが妥当かと。そして恐らく、そのような個体が次々と現れるのも時間の問題かと思われます」
川北と優里の話に、香奈は静かに息を吞んだ。
アルファ鉱石に寄生していたアルファ細胞――すなわちイジンならアーマーギアと融合するのは造作のない事なのかもしれない。
そしてそのような個体が次々と現れる可能性はある。もしそうなった時どうすればいいのだろうか? 香奈は無口のままに考えていた。
それで答えが出るはずもなく……。
「さてと、そこら辺は今は置いといて、早速例の見せてやろうか。付いて来なさい」
部屋から出ようとする川北の後を、香奈と優里は付いて行く。
着いた先が格納庫である。主力量産機である戦陣が神殿の像のように立ち並んでおり、その周囲を整備員が休むもなく作業をしている。まるで神殿の像を綺麗に磨く古代人の如く。
その中を進んでいくと、ある機体が見えてきた。それは戦陣でも戦陣改でもない、全く新しい機体。
「これが戦陣の後継量産機『
川北が示すこの五機――それが戦旗である。
暗い焦げ茶ををした戦陣と違い、カーキ色の直角をした装甲。カメラアイの方は戦陣と同様に黄色になっており、タイプも同じくゴーグルカメラ。カブトムシのようなブレードアンテナも健在である。
だが鈍重な戦陣と比べて、そのフォルムは細くて人間を思わせる。右腕が少しコンパクトになったガトリングガンだが、左腕は人間の手のようなマニピュレーターになっていた。
そして腰には、戦陣改にも搭載されている二基のブースターユニットが搭載されている。フォルムに合わせてか戦陣改よりも小型になっているが、それでも十分に巨大さがあった。
武装は見る限り右腕のガトリングガンに、戦陣より少しコンパクトになった両肩のミサイルポッド。そして腰の背後にマウントされた……
「
香奈の目から見ても、それは鉈にしか見えなかった。
分厚く、そして切れ味がよさそうな刃物。今までの防衛軍にはなかった武器に、香奈も優里も意外そうに見つめていた。
「ああ、鉈だ。武器の中では優れていると思うからな。ちなみにアルファ鉱石を利用した合金製だ」
神牙の鉤爪、エグリムのクリーブトンファーやナイフなどの鋭利な武器は、アルファ鉱石を含んだ合金製である。普通の合金だと折れかねないからだ。
そしてこの鉈は太くて切れ味がある。つまりイジンの両断に使っても折れる事なく、なおかつ切れ味を維持出来るという訳だ。
「そしてガトリングガンとミサイルポッドは、製造してくれたキサラギが小型にしてくれた。幾分かは威力が劣るが、性能は折り紙付きだそうだ」
「なるほど……これだけでしょうか?」
「いや、各基地に五機程置かれている。イジンが出現したならば真っ先に駆け付け、腰の出力改良化されたブースターユニットで翻弄しながら鉈で叩き潰す……だそうだ。
さて、ここまで来たら分かるだろう」
「もしかして私がこの機体に?」
優里が尋ねると、大きく頷く川北。
「まぁ、強制じゃないさ。やろうと思えば鉈を持つ左腕フレームとブースターユニットを戦陣改に繋げる事が出来る。一応この戦旗と規格が同じだからな」
「…………」
優里がどうしようかと考えているような顔をしていく。そんな彼女を、香奈は横から覗いていた。
やがて彼女は長い沈黙の中で答えた。
「さすがに戦旗に慣れさせる時間はないので、戦陣改の交換だけお願いします」
「うむ、そうか。じゃあ整備長に頼むといい。それでは私は戻っていただくよ」
川北が格納庫から去っていく。香奈と優里が彼に敬礼をした後、再び戦旗へと振り向いた。
対イジンとして開発された戦陣の後継機。イジンに効果はあるかはまだ未定だが、それでも頼りになるだろう。そう香奈は確信している。
そしてそのパーツの一部を取り込むのだから、戦陣改の性能は飛躍的に高まるに違いない。なのだが、そのまま戦陣改を使うというのは、香奈にとって意外だった。
「やはり愛用していた機体が馴染むでしょうか?」
慣れる時間が短い理由以外、考えられるとすればこれしかないだろう。
香奈がそう尋ねると、コクリと頷く優里。
「私は戦陣改を信じているからな。わざわざ機体を変える理由など見当たらない」
「……信じている……ですか……」
そう言い切れる優里には、香奈は眩し過ぎた。
彼女はエグリムの事を一応は信じている。あの機動性と性能は目を見張る物だ。ただそれよりも信じきれないのは、神塚美央が操る神牙の方か。
もちろん美央の方は信じている。だが神牙の方は、どこか禍々しい何かを孕んでいるような気がしなくもない。まるで内に制御不能な獣が秘めているような……。
美央自身はこれに関して「心配しないで」と、自分が気絶から立ち直った時に言っていた。ただ彼女も戸惑っている事だろう。何であんな事になったのかと。
神の名を冠する黒き獣。香奈達の味方となるか敵となるか――それは誰にも分からなかった。
===
作業服を着た美央は、まず神牙の首関節の整備に取り掛かっていた。
小型の昇降機に乗って、その関節の中を工具で突っ込む。主に彼女がしているのは、中にある部品の交換。そして冷却機関の動作確認。
冷却機関はレーザーブレス搭載と同時に取り付けられた物だ。レーザーブレスの熱は顎部の開閉や背ビレ状放熱板でも
ほんの少しだけ冷却機関から冷たさが感じられる。その機関とタブレットをコードで繋げ、状態を確認する。
「……ん、OK」
正常になっている。特に異常はなし。
それが分かったので、他の部品の交換もしておく。簡単そうなパイプから複雑そうな部品まで――古かったらすぐに取り替え、用意していた新しい物に変えていく。
面倒な作業である。現に美央はこれに慣れるまで時間が掛かってしまったものである。
しかし整備責任者の薩摩のおかげで整備のイロハが分かるようになり、こうして一人で何とか出来るようになった。今でも彼女は薩摩に感謝をしている。
ジリリリリリリリ……!
チャイム代わりのベル音が、格納庫内に響いていく。
これは昼食か休憩の合図である。
「おっし、皆休憩するぞ! 神塚ちゃん、フェイちゃんも!」
整備員のリーダー格である薩摩の声。
整備員の方は疲れた顔で格納庫から出ていく。これから煙草を吸ったりコーヒーを飲んだりとゆったりとする事だろう。
美央はというと、
「ああ、しばらくやりますんで大丈夫です!」
「私も大丈夫ですよ~」
この場に留まる事に決めていた。キングバックをいじっているフェイも同意見である。
納得したのか「そうか。じゃあワシはお先に」とそれだけ言って去っていく薩摩。一瞬にして格納庫は年頃の女性二人だけとなった。
「フェイさんよかったんですか? 休憩しなくて……」
フェイが残ったのは美央にとって意外な事である。
そんな彼女がキングバックの陰から現れ、可愛らしい微笑みを見せた。
「わたしゃ男といるよりは君みたいなおにゃのこと一緒にいたいからね。それにこの子の応急処置を早くしないとね」
「……そうですね」
フェイはキングバックを相棒のように思っている。キングバックに話しかけながら掃除をしたり、ボーンで訓練しようとした時も「相棒と一緒にいなきゃ気が狂うなぁ」とも言ったりした事もある(後者はどちらかと言えばわがままだが)
メンバーが搭乗機をあくまで兵器だと思っている中、このように親しみを込めているフェイが何とも新鮮だった。そして美央にとって微笑ましいものである。
彼女は自分を最低だと自認しているが、仲間の関する事は最も尊重するタイプだ。
「…………」
それよりも今、神牙を乗ったらどうなるだろうか?
もちろんただ単の搭乗ではなく、ギアインターフェイスを繋げた状態の搭乗である。あくまで仮説だが、あの暴走状態はギアインターフェイスを繋げた故の共鳴から来たと思われる。
あれからギアインターフェイスを繋げても特に反応はなかった。だが今繋げればまた起こりうるかもしれない。
その時になったら、自分はどうすればいいだろうか……?
「……美央、どうしたの?」
「……あっ、いえ。何でもないです」
考えている顔がフェイに見られてしまったようだ。美央はすぐに首を振っていく。
この件については如月とちゃんと相談した方がいいだろう。ひとまずそう考えた美央はコックピットの中へと入っていった。
これからOS調整やらシステム確認をするつもりである。その為にサブモニター兼タッチパネルへと手を付けようといこうとするが……
何かがおかしい。
「……熱い……?」
コックピットの中が充満する、まるで蒸し風呂のような熱気。
こんな事など今までなかった。不思議に思いながらもタッチパネルをいじり……
「……なっ……」
警告――全装甲内部が発熱――危険性大――
モニターに表示される、冷酷な警告文字。
装甲の発熱――今までにない事態だ。さらに妙な匂いを感じ、コックピットから身を乗り出す美央。
煙だ。機体全体から煙を発している。しかもこの匂いは焦げた感じの物ではない。まるで獣が放っているような、表現し難い異臭。
「美央、どうしたの!?」
機体外からフェイの声が聞こえる。
思いもよらない事態に唖然とする美央だったが、彼女に報告をする。
「機体が発熱している……冷却が間に合っていない!!」
「じゃあ海は!?」
フェイが指差す方向には、海が広がっている。
海は原子力発電所の冷却水にも使われる程の、もっとも広くて大きな冷たい物。神牙を冷やすには一番最適なのは美央も分かっている。
だがその為には、ギアインターフェイスを繋げて走らなければならない。歩く分にはただの動作に過ぎないので繋げる必要はないが、そうもたもたしていたら爆発などの惨事が起きてしまう。
――やむをない。背に腹は代えられない。
「フェイさん、離れてて!!」
その叫びにフェイが離れた。同時にギアインターフェイスを両手両足に繋げる美央。
そして――
「……っ!?」
――誰かが、美央の中に入り込んでいく。
語りかけるような……囁くようなこの感じ。一体誰なのか、何を話しているのか、今の美央には分からない。
「……くそっ……!!」
彼女は走らせた。高熱を発する神牙を。
駆動音が聞こえてくる。地響きが鳴り響く。そして黒い機体は、深く冷たい海の底へと消えていった。
薄暗い闇だけがモニターに映っている。サブモニターから機体が冷えていく表示が見て取れる。
それでも美央は、息を荒げていた。次第に視界がぼやけていき、身体の感覚がなくなっていく。
頭の中が痛い……割れそうな程に……。
「……何が……どうなって……」
分からなかった。何故こうなっているのか、全く……。
だが彼女は知らないだろう。海の中で、神牙に異変が起きている事に。
装甲が奇妙な音を上げながら歪に変化する。尻尾が倍近く伸ばされ、先端が花のように三つに分かれた。
歪んでいく背ビレ。何か毛のような物が伸ばされる頭部。その頭部に、
「オオオオオンン……オオオオオオオオオオオンン!!」
そしてそれは、海の中で産声を上げるのだった。
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