第七章 転生編

第三十七話 美央を見る者

 10月12日――アメリカ合衆国。

 世界で最大の国家であり、別名『世界の警察』と呼ばれる程の権力を持っている。天にも届く高層ビルを造ったのも、ハイテクな技術を生み出したのも、そして鉄の巨人を生み出したのもこの国である。


 鉄の巨人――それはアーマーギアであり、世界に多大な変化をもたらした存在。工事、スポーツ、果ては兵器にまで発展したアーマーギアは、今の世界になくてはならない存在になっていた。

 その人型機械を生み出したのが、ニューヨークに存在する巨大複合企業『AOSコーポレーション』。アンサー、オスニエル、サムという三人の創設者によって誕生した企業は、アメリカにおいて強力で必要不可欠な存在となっていた。


 そのコーポレーションが抱えるラスベガス支社。その一つの部屋にて、それは起こる。


「やはり素晴らしいね、アーマーローグというのは。これなら米軍が言い値で買ってくれる」


 デスクに座る、白い背広を着た壮年の男性。

 今、彼の手元には数枚の資料が握られている。英語で書かれており、中には装甲らしき写真が見受けられる。


 見出しにはこう書かれていた。『ARMORアーマー ROGUEローグ』と。


「このデータをうちで開発出来るのも君のおかげだ。本当に感謝している」

「ありがとうございます。レーランド営業本部長」


 カーター・レーランド――それがこの男性の名前だ。

 AOSコーポレーション支社営業本部の上に立つ者であり、ここで開発されたアーマギアの宣伝や営業を担っている。そして彼の目的は、アーマーローグの販売及びその宣伝。


 その為に極秘で三機の鹵獲用アーマーギア『ローグバスターズ』を造り出し、テロリスト『同志』の残党に貸し与えたのだ。傭兵などを使わなかったのは足元が付くからであり、残党なら使い捨てにしても問題ないだろうという算段からである。

 それでボディの一部――あわよくば機体ごと鹵獲するつもりだったが、アーマーローグ側の抵抗により全滅。鹵獲作戦は失敗となってしまった。


 だが他の手もちゃんと打っている。あらかじめ共謀し、ドールに潜り込ませたスパイにデータを持ち込ませるという方法だ。これは見事に成功し、そのスパイも無事に目の前にいる。

 これだけやってもバレないのは、このAOSコーポレーションが広くなり過ぎて創立者ですら目を届かせる事が出来なくなったのだ。それが好都合だと、レーランドが心の中で笑っている。


「しかしあのドール社長は愚かだな。まんまとこのデータを奪われるとはね」

「……恐らくはそうされても構わないと思っている事でしょう。ある事で破滅的思想を持っています故に」

「破滅的……? まぁよい、それよりも海軍の潜水艦がもうすぐイジンの巣を突き止めようとしている。その前にAOSコーポレーション製アーマーローグを開発したいものだね」


 米軍の潜水艦による、イジンの巣窟捜索は今なお続いている。

 レーランドが取引先から聞いた話では、イジンがいたであろう痕跡がマリアナ海溝近くで発見されたという。そこを辿ればイジンの巣窟が見つかるだろうという事らしい。


「まぁ、そう簡単に見つかるとは思わないがね。そんな訳でアーマーローグが開発されたら、すぐに見せてあげよう







 

 エミリー・ミズノ君」


 目の前に立つ女性――エミリーが「ありがとうございます」と頭を下げていく。

 彼女の表情には後悔の念はない。ただ仕事を完遂したという、どこか安堵した物だった。




 ===




 美央は考えていた。あの感覚は何なのだろうと。

 二カ月前に起こったイジンとアーマーギアの融合体との戦闘。そこで起こった自分と神牙の異変は、未だ身に染みている。

 あれは一体何なのだろうか? 最近はイジンが来ないせいで神牙には数回しか乗っていないが、その再発は運よく起こっていない。だが再び獣になって、破壊をもたらさないとは限らない。


『神塚君、あの神牙は一体何なんだ?』


 脳裏に、寝ていた自分と面会するウィリス大佐の会話が駆け巡る。

 彼もまた暴走を見て戸惑っている。質問するのも致し方ないが、美央はただ首を振るしかない。


『分からないです……自分でも何があったのか……』

『そうか……。まぁ、これからそういう事が起こらないよう気を付けるんだよ。 じゃあ私はこれで。何かあったら連絡するから』

『ええ、お大事に。ウィリス大佐』


「…………」


 もしかしたら、が関与しているのかもしれない。もしそうだとすれば、すぐに取り外すべきだろうか。

 いや、あの神牙の柔軟性はアレでしか生み出す事が出来ない。だがもう一回暴走が起こってしまったら?


 そうなった場合、どうすればいいのだろうか?


「神塚さん? どうかした?」

「ん? ああ、何でもない」


 隣からの声。美央は笑いながら首を振った。

 その声の主は女子生徒であるが、今は三角頭巾とエプロンを身に着けている。実を言うと美央もまた同じような服装をしているのだ。


 彼女達は大都高校にある家庭科室で、お菓子作りをしているのだ。それもショートケーキなので、美央はボウルを使って生クリームをかき混ぜている所である。

 

「もしかして恋愛の事とか考えたりして?」

「それは私も聞きたいですな!!」


 クラスメイトや眼鏡のアーマーギアオタクが目を光らせていく。

 詰め寄られて顔を引きつる美央だが、もう答えは決まっていた。


「それはないない。そんな余裕ないですもの」


 彼女は神牙のパイロット。恋愛をしている暇があったらイジン殲滅を一日も早く完遂するのが先である。

 もちろんクラスメイト達はあの怪獣型に乗っているのが美央だと知るはずもなく、これから先知る事はないだろう。下手に明かすと面倒事が起こりかねない。


「えー残念。だったら私が彼女になろうかな」

「ん?」

「ああいや! 何でもない!」


 女子生徒が何かを言ったような気がしたが、顔を赤くしながら首を振るので怪訝に思う美央。

 それから彼女はクリームのかき混ぜを再開する。この生クリームをかき混ぜればホイップクリームになるが、それがまた力が入る。しかも手動でやるべきという家庭科教師の意志の元、ハンドミキサーではなく泡立て器を使うので手が疲れるのだ。


 やがてクリームがいい感じになった時、力の入れ過ぎかクリームが飛び散ってしまった。それが美央の顔に付いていく。

 それも鼻の上で。


「いやん♪ 神塚さんエロい!」

「脳内フィルム焼き付け、バッチリです!」

「ちょっ、君達ねぇ……!」


 慌てて鼻に付いたクリームを拭い、一口する美央。

 その味は甘くて美味しかった。まだまだ作りかけだが、これならイケる。


 しかし神牙の方はこう上手くいかないのだが……。




 やがて授業は終わった美央は、自分のアパートを経由してキサラギへと向かっていった。

 いつも向かう先は格納庫だが、今回に限っては社長室へと直行していく。

 

 その中にノックなしに入ると、見えてくるデスクに座る如月の姿。


「全く……ノックしろとあれ程言っているのに」

「ただいま。家庭科で作ったケーキがあるけど食べる?」


 呆れる如月に対して、袋に入ったケーキの箱を掲げる美央。

 残り物を如月や香奈達にあげようと思って持ってきたのだ。甘い物に目がない如月が、早速その目を輝かせていく。


「おっ、気が利くじゃないか。早速食べなければ」

「うん、感想よろしくね」


 早速、ケーキと透明のフォークを如月に渡す。

 作ったのはショートケーキ。白くふわっとしたホイップクリームが、柔らかそうなスポンジを包み込んでいる。そのスポンジの中にクリームといちごが入っており、てっぺんにも丸々と赤く新鮮なイチゴが乗っている。


 如月がそのケーキを一口。するど「ん~」と喉の奥から絞るような声がしてきた。


「美味しいじゃないか」

「それはもちろん。私とクラスメイトが腕にをかけて作ったんだから」

「のりじゃない、よりだ」

「言葉の綾よ、言葉の綾」


 美央はこういった冗談を口にするのが好きなのである。最初に香奈に会った時に「防衛軍を潰す」と嘘の目的を言った時に、美央は香奈の反応を見てニヤリとしたものである。

 だがそれよりも、一つ気になる事があった。


「梓さん、神牙の状態は?」

「……今は格納庫で薩摩さんの整備を受けている。消耗したフレーム稼働部品の交換、装甲の状態の確認、弾薬の補給……まぁ、その他もろもろだ。それよりも……」


 如月の憂いに満ちた目が、美央へと向けられていく。

 それは妹でもある美央への、精一杯の心配だった。


「……やはりあの神牙は危険過ぎる……。前に起こったお前の暴走が、あの機体が原因だったのなら……」


 如月には、美央が詳細不明の暴走に陥った事を報告している。

 そして彼女は、神牙のをよく知っている。イジンとの交戦直後に起こった暴走――そう推測するのは当たり前だろう。

 

 美央もその推測を疑っていない。あれしか考えられないのだから……。


「それでも私は、神牙で目的を達成する」


 彼女は、その状況でも止まるのをやめなかった。

 父の生み出した産物を否定する――それを成し遂げるまでは墓に行くつもりはないのだ。例えどんな事があろうとも。

 そして如月は、それをよく知っているはずだ。


「……まぁ、お前は頑固者だからな。言っても仕方がないだろう。

 ただし、無茶はするなよ」

「うん、ありがとう。梓


 かつて美央が幼い頃、如月を呼んでいた際の名前。

 からかい半分で口にしたのだが、それが嬉しかったのだろうか。如月の心配そうな表情が徐々に消え、微笑みに変わった。


「全くお調子者め……。早く薩摩さん達の所に行ってやれ。ああ、ちなみに光咲君と黒瀬君は防衛軍基地に行っているからな」

「うん、分かったわ」


 社長室から出る美央。

 彼女が赴いた先は格納庫。中に入ると、整備作業を行っている整備員の姿と、立ち並ぶアーマーローグの姿があった。


 ただ、一機が足りないのを気付く。そこで今まさに薩摩と彼から指示を受けているフェイへと駆け込んだ。


「ああ、そこそこ。上手いねフェイちゃん」

「いやぁ、どうもっす……ってあ、美央。お帰り~」

「ん? おお神塚ちゃんか!」


 フェイは如月が用意したあるアパートに住み込み、日中ではこの格納庫で仕事している。

 どうも機械に明るい所があるようで、整備の技術を瞬く間に吸収していったのだ。


「ただいま。戦陣改が見当たらないですけど、どこに行ったんですか?」


 それはそうと、優里の専用機である戦陣改が影も形もないのだ。キサラギに装甲や弾薬が運ばれるので、防衛軍に持っていったとは思えないのだが……。

 

「おお、何か黒瀬ちゃんと光咲ちゃんと一緒に防衛軍基地に持ってかれたぞ。何でも試作量産機のうんたらこんたらとかって」

「試作量産機……という事は戦陣の後継機って事か……」


 戦陣は十分に性能がいい機体である。だがそれは対アーマーギア戦の話で、対イジンに関してはいくらか劣ると言わざるを得ない。


 だからその対イジンを想定した後継機が開発された事だろう。もしかしたら優里はそれに乗り換えるなのかもしれない。

 香奈はエグリムがあるので多分ないのかもしれないが。


「じゃあ飛鳥は?」


 戦陣改が分かった所で、今度は飛鳥の居所である。するとフェイが「あっち」と親指で場所を示した。

 その場所にあるベンチに、飛鳥が仰向けで寝ていた。よく聞くといびきすら聞こえる。


「相変わらず寝坊助ですね。まぁいいけど」

「起こす?」

「ああ大丈夫です。それよりも神牙の整備手伝いますね」

「おお、サンキューな!」

 

 嬉しそうにする薩摩。早速作業服に着替える為、美央は更衣室へと向かおうとした。

 ふと、その目が鎮座されている神牙へと向けられていく。黒き鋼の獣は動かず、ただ整備員の整備をされているだけ。


 だが、


「……?」


 一瞬だけ、一瞬だけだが、青いカメラアイが動いたような気がした。

 まるで生物が無意識にやったような瞬き。そんな仕草を、神牙がしたように見えた。


「……まさかね……」


 きっと疲れているのだろう。美央はそう思い直し、更衣室へと足を運んだ。







 





 そのカメラアイが、美央を見ている事に気付かずに……。

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