第三十九話 機械の獣から異形の神へ

 ――沈んでいく太陽の元、それは起きた。


「ただいま戻りました!!」


 眼前に海が広がるコンクリート広場。そこに二人の少女、香奈と優里が姿を現す。

 二人とも全力疾走している。ようやく海の手前にたどり着くと、息切れで身体を上下に動かしていった。

 その場所にいたのが、フェイと如月。


「み、美央は……!?」

「まだ海にいる!! 戻って来ないみたい!!」


 答えたのはフェイである。彼女が新型量産機の視察に行っていた二人に、神牙の異常を連絡したのだ。

 それを聞いた時の二人は驚愕を隠せず、心配になって帰ってきたという訳である。だが当の神牙は海の中であり、その詳細を把握する事が出来ない。


 フェイは心配になった。前に起きた暴走にこの異常現象……美央はとんでもない事態に巻き込まれているのかもしれない。

 それこそ、人間には理解しきれない何らかの事態が……。


「社長!! 無線機持ってきましたよ!!」

「ありがとうございます、薩摩さん!」


 薩摩が走って来る。その手には握られているのは、アーマーギアと通信する為の無線機。

 彼から受け取った如月が、無線機へと声を掛けていく。


「美央、応答しろ! 美央!!」


 場に響き渡る彼女の声。しかし美央の返事は、全く返って来ない。

 それでも、美央の返事を待つしかないフェイ。今、彼女には何もしてやれる事がないのだから……。

 



 ===




「……ハッ……」


 視界がハッキリしていく。額に流れる汗が感じ取れる。

 目を覚ました美央は、自分が気絶していた事をすぐに知る。そして自分がいる場所は黒いシート……神牙のコックピットである。

 モニターには自分と神牙がいる海が広がっている……のだが、少し様子がおかしい。その映像にノイズが走っており、よく見えなかった。そしてほんの少しだけ青くなっている。


 一体何が起こっているのだろうか? どうして気絶してしまったのか? たび重なる疑念が、この機体の搭乗者である美央を襲っていく。


『美央! 美央聞こえるか!?』


 突如、コックピットに響き渡る女性の声。

 間違いない、如月だ。恐らく無線機を使っているだろうその声に、美央はすぐに返事をする。


「あ……うん! 私は平気!!」

『美央! ああよかった……急に神牙が発熱したってフェイさんから聞いて……。何ともないか?』

「何とか。機体も安定したみたい」


 冷えている海水のおかげで、機体の発熱が収まったみたいだ。機体も一応は正常である。

 ただ、何か違和感がある。原因は分からないが、とにかく自分の身体に異常を感じる美央。


 こんな事なんて神牙に乗って一度もなかったのに……。


「どうなっているの……?」


 訳が分からない。ただ一々考えるよりも、先に如月達の元に戻った方がいいだろう。

 陸地に上がろうと神牙を操縦する美央。操縦感覚は前とはあまり変わっていないが、やはり妙な気分になる。

 まるで自分の身体が、この機体になったかのようだ。


「……!」


 感じる。それは目で認識するように、瞬時に感じ取られる。

 匂い……と言うべきか。いわゆる動物の嗅覚。その匂いが海の向こうから感じ、美央を警戒を与えてたのだ。


「こちら美央、海の向こうに何かを感じる。索敵に向かう」

『何? 美央?』


 如月の返事を待たず、神牙を潜行させる美央。

 脚首にあるジェットノズルを吹かせ、まるでウミイグアナのように尻尾をくねらせながら突き進んでいく。帰りはソナーがあるので迷う心配はない。


 ここで彼女は気付いた。この神牙の速度が前よりも速くなっているような気がした。ジェットノズルの出力は変わっていない事から、恐らくは水泳の姿勢制御のおかげだろうか。

 その辺がますます怪しい。やはり一旦陸地から上がって調べる必要があったに違いない。美央は心の中でしまったと舌打ちをする。


 だがそれよりも、この『匂い』を確かめなければならない。距離は遠くなく、すぐにそこへとたどり着ける事が出来るはず。そう考えていると、ソナーに反応が出てきた。


 前方に大きな反応。複数と思われ、密集をしている。それが分かった途端、美央はさらにジェットノズルの出力を上げて先へと進んでいった。


「これは……」


 彼女は、その目で確かる事になる。


 光が差し込む海底。そこにうずくまる、異形の存在。

 三体のイジン兵士級だ。おぞましい化け物が、何らかの物体に抱きしめるようにしがみ付いていたのだ。


 それはアーマーギア。原型を留めておらず、種類を把握する事は出来ない。よく見るとフレームが丸見えになっている箇所もあり、装甲がイジンに捕食された事が分かる。


 襲撃した際の戦利品だろう、そのアーマーギア。それに抱き付いたまま動かないイジンに、美央は疑念を抱いていく。


 だが疑念が、驚愕に変わる。


 ――イジンが溶け込んでいく。どろどろの不定形となり、アーマーギアに染み込んでいく。そう、同化しているのだ。

 まるで自ら鎧となるかのような、生物とは思えない現象。美央が呆然と見つめている間にも、やがてイジンはアーマーギアと融合を果たす。

 その姿は、手足が少し長い人型だった。光沢を持つ白い装甲を持ち、装甲の隙間から有機的な肉体が見える。両腕の先には四本指が揃っており、爪が長い。そして頭部は仮面のように無機質で、赤い単眼を持っていた。

 機械のようで機械じゃない、生物のようで生物じゃない、狭間に位置するような異形。その姿は美央に、マンハッタンで遭遇したイジンとアーマーギアの融合体を彷彿とさせる。


 三機の機械仕掛けの化け物がゆっくりと起き上がっていく。直後に何の前触れもなく、赤く光る単眼で神牙へと振り向いた。


 獲物を定めた獣の如く。


「……化け物がいっちょまえに……」


 機械と融合を果たした化け物。だが奴らが目の前にいるのなら、殺すまで。


 出力を上げ、深海へと潜行していく神牙。三体のイジンも手足を上手く使って向かい、接触しようとしていく。


 一体が先に進み、神牙へと鋭い鉤爪を振るってきた。美央もまた右の操縦桿を巧みに捻って、神牙の右腕を突き出す。

 交錯する互いの鉤爪。勝ったのは神牙の方であり、イジンの腕ごと掻っ切る。四本の鉤爪によってズタズタにされた腕がイジンから離れ、緑色のもやを漂わせた。


 神牙は次の攻撃を――しなかった。二体のイジンの攻撃を掻い潜り、海の中を旋回する。

 理由はただ一つ。美央が呆気に取られていたのだ。モニターに見えた神牙の腕――それが全く別物になっていた事に。


「……腕が……」


 モニターに映る腕が、神牙の腕が、有機的な黒い皮膚に覆われていた。

 爬虫類を思わせる、規則的な青黒い鱗に覆われた異形。機械的な部品は一切見当たらず、爪に至っては生物のように白く光る物になっている。


 一体これは何だ? 夢でも見ているのだろうか? 次に左腕を見ると、それもまた異形と化している事に気付く。

 神牙に、何が起こったというのか。


「……!」


 背後から接近してくるイジン。すると三体の両肩が口のように開き、何らかの物体を射出。三つに分かれた鉤爪を持ったミサイル――に似た生物だ。

 噴射口があるからか、泡を吹かしながら迫りくる生体ミサイル。神牙が軽くかわすも、次々と射出されていく。


 かわしにかわし、かわし続ける。だが回避直後の硬直時に右腕に引っ付き、泡立つように膨れ上がる。

 血しぶきを上げての破裂。腕に緑色の靄が掛かっていく様に、美央は舌打ちをしてしまう。腕がやられてしまったと考えていたからだ。


 だが違った。靄が消え去った後に見える腕に、傷一つなかった。あまりの固さに静かな驚愕をしてしまう美央。

 もっともそんな猶予は与えられない。今まさに背後のイジン達が右腕を再構成し、巨大な剣を形成させていく。


 先の両肩からの生体ミサイルといい、剣といい、まるでイジンがロボットの真似事をしているかのようだ。


「……もはやイジンじゃないな、あれは……」


 今までのイジンとは全く違う。それでも美央は神牙を翻し、三体のイジンへと突入する。

 先行し、剣を振りかぶる一体。その剣を腕で受け止めた直後、鋭い牙が生えた顎部で頭部を喰らい付き、引きちぎった。

 断面から零れるフレームと生物的な繊維。首と胴体を離した直後、背後から迫って来る二体目に両腕の鉤爪を突き出す。


 白い身体に黒い刃物が貫通し、そして力を入れて泣き別れにした。やがて最後の一体となり、その個体が両肩から生体ミサイルを放ってくる。

 向かって来る二個のミサイルを、鉤爪で払いのける神牙。引き裂かれたミサイルを尻目に、イジンへと急接近。


 そして黒き獣が、白い巨人を嬲り殺していった。




 ===




「……こちら神塚美央、応答願う」


 キサラギ近くの岸に到着した美央と神牙。まず彼女は自分の安否を証明する為に、無線に声を投げかける。

 すると懐かしい声が返ってきた。


『美央か!? 怪我はないか!?』

「うん、大丈夫よ。今から上がる」


 如月の心配そうな声に、思わず苦笑を漏らす美央。

 そんな彼女が神牙を陸地に上げようとする。だがモニターに見える異形の腕を見て、思わず操縦の手を止めてしまう。


 もしかしたらボディ全体がとんでもない事になっているのかもしれない。それこそ美央ですら驚く事態に……。


『……美央?』

「……ああ、うん」


 如月の声が聞こえてくる。しかしこの正体不明の状態で陸に上がったら、彼女はどう思うだろうか。

 だが、それでも安否を確認させるしかない。美央は半ば自暴自棄に、神牙を上がらせていった。


 モニターが海中からコンクリートの地面に代わっていく。そこには如月の他にも、香奈達仲間や薩摩達整備員が集っていた。

 その彼女達に浮かび上がっていく、呆然とした表情。あたかも未知の存在を見ているかのような、言葉なき驚愕だ。


『……み、美央さん……。その姿は……』

「…………」


 香奈に何も言わず、海面へと振り返っていく美央。

 鏡と化した海面に映し出される神牙の姿。それは見慣れた機械仕掛けの怪獣然とした姿――ではなかった。


 刺々しくも禍々しいシルエットをそのままに、全体が有機的な青黒い体表に包まれている。その体表から少しだけ装甲と部品を覗かせているが、遠目から見れば生き物にしか見えない。


 両肩には鈍い白をしている棘が複数生えており、背ビレ状放熱板も湾曲した棘になっている。尻尾も同じような棘がずらりと並び、さらには先端が三つ分かれた鉤爪のような形状となっていた。

 筋肉質になっている両腕。よく見ると肘に青黒い突起物が見える。指は独自の意志でもあるのか、今でもしきり動いていた。


 そして頭部には白く長い髪の毛が垂れ流している。顎部にある牙も生物的になり、青いカメラアイもおぞましい瞳と化している。

 瞳は頭頂部にも見受けられ、三つ目と言ってもいい状態。その瞳が、海面を覗いている美央を睨んでいる。


 これはまさしく……


「怪獣……」


 怪獣型ロボットではない。本物の怪獣……人智を超えた巨大な獣。

 その姿を形容するならば、それしか見当たらなかった。そして美央は、神牙がこんな姿になった事に愕然を隠せない。


 神牙はあの時、変貌を遂げたのか。この怪物的な姿に。

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