第八話 機械仕掛けの荒ぶる神

「ギャアアアアアアアアア!!」


 工事現場に轟く、苦痛のような産声うぶごえ

 同族を吸収した一体のイジンが、徐々に姿形を変えて巨大化していく。それは既に瀕死の状態だった憐れな姿とは、全く違った生に満ちた物となった。


 頭部はマッコウクジラに無数の赤い目を埋め込んだような、物々しくもおぞましい物になっている。その頭部から長い首を伸びており、巨大な胴体と繋がっている。

 胴体は何と多数のイジンによって形成された物であり、まるで脳みそを思わせるようなおぞましい形をしている。さらには地獄の針山を思わせる無数の突起物が、天を貫かんとばかりに伸びていた。


「チッ、『変異級』になったか……それも融合型……」


 これで仕事が終わると思った矢先に、敵が変異してしまった。それも同族を融合したイレギュラーな進化である。

 いくら戦闘を楽しんでいる美央でも面倒だと思うのだが、肝心のイジンは彼女達を攻撃せんと睨んでいる。

 ならばやるしかないだろう、徹底的に。


『変異級?』

「前の双頭みたいに、攻撃に適応して変異した奴ら。だけどこのようなケースは私でも初めてだわ。

 という訳で私が突っ込むから、光咲ちゃんは援護をお願い」

『りょ、了解……』

「さて、第二ラウンドと行きますか」

 

 軽く舌なめずり。準備運動とばかりに神牙のマニピュレーターを波打たせる。

 刹那、イジンの胴体に生える棘が伸ばされる。まるで触手のようなそれが神牙とエグリムへと向かった。


 二手に分かれて避ける二機。エグリムが頭部からマシンキャノンを放って、自身に飛び込む触手を破壊。

 焼き切られた触手の先端がエグリムの前に落ち、もがくように暴れ回った。


「こんなの……!」


 神牙もまた迫りくる触手をかわし続ける。さらには頭部に迫ってくる触手を掴み、引きちぎった。

 苦痛の悲鳴を上げるイジン。その直後、イジンの胴体へと閃光が向かい、着弾していった。


「!」


 閃光は紛れもなく銃弾だった。雨あられと降ってくる弾が、触手をズタズタに引き裂いていく。

 向かってきた方向を美央がすぐに見上げると、闇夜に一筋の光。光がこちらへと向かっていき、高く盛り上がった土山へと着地するのだった。


『あれは戦陣改!』


 香奈の言葉通り、光の正体は戦陣だった。

 だが通常の戦陣とは違いカラーリングは暗い青。腰には光を放っていた二基のブースターユニットが、左腕には滑腔砲の代わりに三本爪が取り付けられている。


 美央はこの機体を知っていた。いつも見ているイジン関連ニュースでほとんど登場しているし、これについての詳細をネットで調べた事がある。

 だが実物をこの目で確かめるのは初めてだった。それに空を問題なく飛べる姿は、試作装備を取り付けたピーキー仕様とは思えない。


『二機の所属不明アーマーギア、聞こえるだろうか?』

「この声……」


 戦陣改から声が発せられる。それも美央と同年代の少女の声である。

 その戦陣改を敵と認識したのか、首を長く伸ばしていく巨大イジン。だがそれを防ぐかのように、再び銃弾の雨が首へと降り注いでくる。


 撃ったのは戦陣改の背後でヘリに空輸された、多数の戦陣だったのだ。


『我々戦陣部隊はお前達を援護する。先に巨大生物を片付けるぞ』 

「……先にねぇ」


 その口振りだと、これが終わったら何かをするのだろう。

 だが今それを考えている暇はない。まずはこの化け物を何とかするのが先決だろう。


「……行くぞ……」

 

 冷酷な瞳で、イジンを睨み付ける美央。 

 今のイジンは戦陣とエグリムの砲撃を受けている。だが自己進化した影響か、身体中の甲殻に少しの穴を開けるだけで、ダメージは見受けられなかった。

 反撃とばかりに、触手を四方に伸ばす。エグリムが避け、戦陣が砲撃で破壊する中、神牙がその獣的な脚で接近した。


 イジンへと跳躍――首の根元に乗り移る。イジンが振り払おうと暴れるも、腕と脚の爪を器用に甲殻に引っ掛け、何とか踏ん張った。

 神牙が腕を振り上げ、甲殻の隙間に爪を食い込ませる。悲鳴を上げて、口から泡を吹かす巨大イジン。


「フン……」


 だがこの程度で終わらせる程、美央は甘くない。

 もう片方の爪も入れ、甲殻を掴んでいく。そうしてそれを保護している肉体から、甲殻をひっぺ返した。

 強固な甲殻の奥から現れる、脆弱な有機的肉体。鎧が取り外された以上、それを守る術がなかった。


『何という……でもこれはチャンス……!』 

 

 戦陣改のパイロットが畏怖を覚えつつも、ブースターユニットを吹かせながら接近――神牙の付近に着地してきた。

 左腕の三本爪が回転。クロードリルと呼ぶ試作武器が、露わになった肉体へと突っ込んでいく。


 ドリルの容赦ない回転と暴力的な威力が、肉体をミンチのように四散させていった。


「アガガガガガ……」


 急所にダメージを与えられている故に、イジンの動きが弱まっていく。

 トドメは今しかない。神牙の胸部きょうぶ装甲と腰部ようぶ装甲それぞれ二つが開いていき、銃口を露わにした。


 45mm徹甲弾砲と30mm榴弾砲――対イジンの砲弾を肉体へと同時射撃。徐々に穴が開いていく肉体を、さらに鉤爪で抉って引きちぎった。

 もはや、首と胴体は繋がっているのかいないのか曖昧な状態。イジンの頭部がぐらりと倒れ、粉塵を巻き上がらせた。


「……これで終わったか……」


 静寂が周辺を覆い尽くす。

 誰もが攻撃をやめ、粉塵の奥を見つめている。やがてそれが消えていくと、中から動かなくなった巨大イジンの姿が見えてきた。

 赤い瞳を見開き、口から血を垂れ流している。針山が独りでに痙攣をするも、すぐに棒のように折れていった。


 ――ようやく終わったのだ。これでやっと帰れる。


「今度こそ帰るわよ、光咲ちゃん」

『え、ええ……』


 海へと足を運んでいく。今度こそ仕事が終わった以上、ここにいる必要もない――そう美央は思っていた。


『止まるんだ』


 神牙のコックピットに、戦陣改のガトリングガンが向けられるまでは。


「…………」


 動くのを遮られた美央がモニターで見渡していく。やがて他の戦陣も、神牙とエグリムにガトリングガンを向けているのが分かった。

 もし一歩でも動けば、二機もろともハチの巣にされかねない。


『我々はあなた達と話し合いをしたい。もし応じなければ残念だが……こちらも非常手段をとってもらう』

「……やっぱりこうなるか……」


 美央は分かっていた。このような事態になる事を。

 既存アーマーギアとは全く異なった設計思想による産物。そのような物が世に出回れば、軍隊などの組織が見過ごすはずがない。必ず捕獲するか支配下に入れるか、どちらかの選択を取るだろう。

 だからこそ事前に考えていた。この防衛軍への対処を。


『神塚さん……』

「分かっている」


 不安そうな香奈へと軽く答えた後、神牙のマニピュレーターで戦陣の腕を掴んだ。

 戦陣部隊の動揺した感じが何となく感じる。彼らは戦陣改に攻撃しようと思っているだろう。実際は違うのだが。


「戦陣改のパイロット、聞こえるか?」

『……まさか……女の人……?』


 万一に通信不能が陥った場合、アーマーギア同士で触れ合う事で緊急通信が出来る。

 パイロットの動揺した声を聞いて、やっぱりと苦笑する美央。怪獣型が乗っているのが女の子だった――そんな事実、誰が予想出来るだろうか。


「もしその非常手段をとる場合、私は機密保持の為に全力をもって抵抗するつもりだ。お互いそうならない為にも、話し合いに応じようと思う」

『……それは助かる』

「なので、あなた一人がキサラギという会社に来てほしい。来たら受付に『社長に会いに来た』と言えば案内してくれる」

『……了解した。後でお伺いする』

「感謝する。では我々は先に帰るとする」


 交渉は成立した。神牙が海へと駆け込んで潜行していく。

 その後を追っていくエグリム。またもや海面上の飛行をしているが、香奈は慣れたのか悲鳴を上げていなかった。


「光咲ちゃん、そろそろ君にも教えるわ」

『教えるって……』

「この機体の事とか、とにかく色んな事をね」


 もうそろそろ種明かししてもいいだろう。

 香奈は頑張った。初めての機体を乗ってイジンを倒した。それ位の褒美をしても罰は当たらないだろう。




 ===




 キサラギに戻った美央は、香奈を本社の中へと案内させていった。

 二人が乗るエレベーターがゆっくりと上昇する。その間にも香奈が不安そうな顔を浮かべ、気晴らしとばかりに辺りを見回している。

 その姿に、思わずは美央は可愛いと思ってしまった。


「あの……どこに……?」

「君に紹介したい人がいるの。ここの社長よ」

「社長ですか……?」

「そう」


 エレベーターが30階で止まる。降りた美央達が向かった先には、社長室と書かれた部屋があった。

 無造作に開ける美央。すると部屋から呆れた声が聞こえてくる。


「美央……ノックしろって何回言わせるんだ……」


 小奇麗な部屋が広がっている。そのデスクに、茶髪のショートと黒い背広が特徴的な若い女性が座っていた。

 その彼女が頭を抱えているので、思わず悪戯っぽく微笑む美央。


「いいじゃないですか。ここ我が家みたいな物ですし。

 あっ、紹介するわ光咲ちゃん。ここの社長の如月梓きさらぎ あずささんよ」

「あっ……防衛軍の光咲香奈一等陸士です。よろしくお願いします」


 防衛軍の軍人らしく敬礼をする香奈。

 如月が彼女へと向かうと、いきなり申し訳なさそうに頭を下げてきた。


「美央から話は聞いている。このバカ娘の面倒事に巻き込んでしまって本当に申し訳ない」

「あっ、いえいえ……。イジンを倒す事には変わりないですし……」

「そうか……。実はイジン関連は美央に任せているからどうする事も出来なくてな……。

 美央、彼女に変な事とかするなよ?」

「分かってますって」


 如月の注意に、美央は微笑んで頷く。

 その時、扉がノック音が聞こえた後、女性社員と軍服を着た少女が入ってきた。


「社長、お客様です」

「ああ、ご苦労」


 女性社員が出て行った後、敬礼をするポニーテールの少女。


「黒瀬優里二等陸尉であります。もしかすると、お前があの怪獣型の……」

「ええ、神塚美央よ。で、こちらが社長の如月梓さん。そして防衛軍の光咲香奈ちゃん」

「光咲……先の戦闘で行方不明になっていた……」


 優里の言葉が、香奈が防衛軍でどういった処置を取られていたのか物語っている。

 彼女に一瞥された香奈が、慌てて敬礼をした。


「光咲香奈一等陸士です! 黒瀬二尉にお会い出来て光栄であります!」

「どうも。さて神塚、そろそろ話してもらえないだろうか?」

「……ええ、そうね」


 香奈と優里をソファーに勧める美央。

 座っていく二人に向かうように、彼女自身もソファーに座っていく。


「さてと……可能な限り話すわ。あの機体の事も、私達が何をしているのか……ね」


 これから話す、美央の隠し事。

 それは防衛軍でも知りえなかった、想像を絶する物だった。

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