第二章 召集編
第九話 ケジメ
「光咲さん! 本当に生きててよかったわ!!」
「私達、本当に心配したんだからぁ!!」
昼頃の防衛軍東京基地。
その廊下で、香奈が女性軍人達に頬ずりをされていた。困り果てる香奈であるが、嫌がっている素振りは見せていない。
巨大イジン殲滅から翌日。優里と共に帰ってきた香奈を、女性軍人達が出迎えてくれた。小柄で可愛らしさのある香奈は彼女達に人気があるし、行方不明だと思っていた矢先に生きていた事が判明したのだから、嬉しがるのは当たり前の事である。
「ハハハ……ご迷惑掛けてすいませんでした……」
「ううん、とんでもない! それよりも今までどこに行っていたの?」
「ああ、えーと……」
どう答えたらいいかと言葉を選んでしまう。
実は香奈が、美央達と協力していたというのは未だ知られていない。一応、優里がキサラギや神塚美央に関する報告書を提出したらしいが、今それを知っているのは香奈と優里とこの基地の司令だけである。
口ごもりながらも迷う香奈。そんな時、彼女の肩に近くにいた優里の手が置かれた。
「この辺でいいだろう。早く行かないと」
「あっ、すいません。あたし、これから司令と話があるので」
「そう。じゃあ後でね!」
先輩達に見送られながら、香奈と優里が歩き出す。
彼女達が司令本部へと向かっていく。そこに着いて中に入ると、すぐに敬礼をした。
「黒瀬優里二等陸尉、光咲香奈一等陸士、ただいま到着しました」
「おお、ご苦労だった」
防衛軍東京基地司令官――川北友幸がデスクに座りながら、数枚の紙に目を落としていた。
あれが優里が書いた、神塚美央と神牙などに関する報告書である事を、香奈は直感する。
「さて光咲一等陸士。よく無事だったと言った所か。それに君がいくらか持っている神塚美央に関する情報を、我々にとって重要だと言える」
「はい」
「正直、私は信じられない事だけどな。未確認巨大生物――彼女達がイジンと呼んでいる怪物が、実は実験から生まれてしまったなどと……」
「…………」
香奈も同じだ。はっきりいって信じられない。
今までにはるか昔に飛来してきた地球外生命体だと思われていたイジンが、実は驚愕な事実が
そして神牙やエグリムが、既存アーマーギアとは異なった存在である事に。
「神牙にエグリム……あれはアーマーギアの亜種――『アーマーローグ』。さしずめ鎧の無法者ね」
窓を大量の雨が叩き付けていく。
そんな中、美央が香奈と優里に、自分達の事を淡々と説明していった。
「アーマーローグ……?」
聞いた事のない単語に、思わず聞き返してしまう。
あの神牙とエグリムが既存アーマーギアとはほぼ別物だとは薄々感じていたが、まさか別名があるとは思ってもみなかった。
「戦争とかじゃなくて、純粋にイジンを撃破する為に開発された機動兵器。他のアーマーギアと色々違うのはその為なのよ」
「神牙が怪獣のような姿をしているのも、その影響か?」
「そう、イジンを倒すのに効率のいい姿が怪獣型って訳。例えば爪だって、自己進化したイジンの甲殻の隙間を刺す事が出来るし、牙もその隙間とか肉体を喰らい付く事だって出来る。
まぁ、その仕様で対アーマーギア戦に向いていないから、欠陥とも言えるけどね」
優里へとそう答えた後、苦笑を浮かべる美央。
ただあのイジン数体を一瞬で倒す強者である。欠陥と言っているが、その気になれば戦陣数機を倒しそうな気がしなくもない。
そう香奈は思いつつも、口にするのは面倒なので心の中にしまう事にした。
「話を聞く限り、まるでイジンの事を最初から知っていたような口振りだな。一体何故そこまで?」
「……それにはまず『アルファ鉱石』の事を話さなくちゃね」
「アルファ……アーマーギアの装甲に使われている鉱石の事か?」
美央の口から出た、『アルファ鉱石』というキーワード。
それは香奈でもよく知っている。というよりアーマーギア乗りなら知っていて当然の物なのだ。
「2037年に月で発見された、どんな金属よりも硬くて軽い特殊鉱石。それを採取した作業用パワードスーツと鉱石を加工した装甲を組み合わせてアーマーギアが生まれた。
この辺は知っているよね?」
「はい……」
「それが十年前、鉱石の中からある物が発見されたの……」
香奈が頷いた時、美央の目つきが鋭くなる。
まるで、話すのも嫌と思っているかのように……。
「鉱石の中から見つかった未知の細胞。地球外生命体とも言っていい代物が、鉱石に寄生するように入っていた。
それはすぐに『アルファ細胞』と名付けられたわ」
「……地球外生命体……」
「そう光咲ちゃん。地味な未知との遭遇ってやつ。
それで発見した人達がアルファ細胞に関する極秘の研究をしていた。装甲に使えるアルファ鉱石に寄生するのなら、何か有効活用出来ないかって試そうとね。
だけど研究中にアルファ細胞が暴走して、人間を含んだあらゆる動植物を吸収していった。その後、宇宙に比較的近い環境を持つ深海へと逃げていった」
「……まさかそれが……」
「そう。我々がイジンと呼ぶ、あの白い化け物よ」
香奈達は、ただただ息を呑むしかなかった。
今まで戦っていた未確認巨大生物は、はるか昔に飛来した地球外生命体が長い眠りから目を覚ました物とされていた。それ以外に考えられる余地がなかったのだ。
だがその正体は、地球外生命体という事だけしか合っていない。言わば人間が手を加えてしまった事による、『身から錆び』だったという訳だ。
「……その話、本当なのか?」
優里が半信半疑とばかりに、美央に尋ねる。
「ええ、責任者も取り込まれたから証拠は出せないけど、全て真実よ。そしてイジンが上陸してくる理由は二つある。
奴らのキャリアだったアルファ鉱石の装甲を持つアーマーギアと、自分達にはない遺伝子を持つ動物や人間を捕食する為……」
「なるほど、だからアーマーギアを……」
「そういう事、黒瀬さん。そんな訳で我々は誕生したイジンの残した肉片を採取して、長い間イジンを研究していた。それで環境に対して自己進化する事、さっき言ったように鉱石を捕食するという性質を持つ事を理解したって訳。
そして我々は、アーマーギアを元にした対イジン用兵器を開発した。それがアーマーローグなのよ」
「……どうしてそこまで……?」
香奈がずっと思っていた事を、美央にぶつけていく。
軍人でもないただの民間人が、わざわざ対イジン用兵器を使ってまであのような戦いをするのが、香奈には理解できなかったのだ。
「……イジンを研究していた人は、我々の関係者だった」
気のせいだろうか、美央の声が低くなっている。
そして、その隣で立っている如月が暗い顔をしていた。
「私が神牙を使って奴らを
「……だったら防衛軍に入ればいいのではないのか?」
「それは駄目。貶す訳じゃないけど、戦陣じゃあ奴らに敵わないし、それにアーマーローグの情報を外部の組織になるべく漏らしちゃいけないのよ。
でもこれは約束する。私はあれを政治目的には一切使わない。やるのはイジン殲滅たったそれだけ。もし何かあれば、私を背中から撃ってもいいから」
美央の言動から感じる、尋常じゃない覚悟。その無言の圧力が香奈を圧倒させていく。
それ程に彼女はイジン殲滅を願っているという事か。それはまるで、獲物をたらふく喰いたいという飢えた獣に似ていた。
「……事情はよく分かった。今聞いた事を報告書にまとめてもいいだろうか?』
「うん、いいわよ。別にいいよね、梓さん?」
「ああ、そうだな。特に構いませんよ」
「感謝します。では一旦光咲と一緒に帰らせて頂く。行方不明の状態になっているから、基地に顔出ししないといけないしな」
そうだ。自分は防衛軍側にとって死んでいる事になっていると、美央から言われている。
早く自分が生存していた事を知らせなくてはいけない。
「神塚さん、それじゃあ……」
「分かっているわ。でも出来れば帰ってきて欲しいかな」
「…………」
美央の優しそうな笑顔に、香奈は思わず顔を赤くなってしまう。
何かそう言われてしまったら、帰ってこないのは失礼と思ってしまう程だ。
「アーマーローグ……まさか我々の武器を造っている会社が、あんな化け物をも造っているなんてな……」
報告書を読んでいた川北が、ただその真実に圧倒するばかりである。
防衛軍上層部にとってアーマーローグは未知の固まりに思えるだろう。怪獣的な姿、柔軟な動き、今までのアーマーギアとは異なる設計思想。
この機体に対してどのような処置をとるのか、今の香奈には分からない。
「光咲一等陸士。確か君がエグリムというアーマーローグを乗っていたんだな?」
「はい、非常事態だったもので。しかし連絡をしないまま乗ってしまった事は申し訳なく思っております。自分への処罰は覚悟しております」
小柄な彼女だが、これでも立派な軍人。
勝手に戦陣ではない機体に乗っていた事に対する処罰は、前々から覚悟していた。
「……そうだな……確かに別行動をしていたのは命令違反物だ。しばらくは謹慎処分にさせてもらおうか」
「はい……」
「だがな、同時に頼みたい事がある」
「頼みたい事……ですか?」
その言葉に眉をひそめる香奈。
そして川北がその話を口にする。それを聞くと、香奈と優里に静かな驚きが見えてきた。
「彼女をそういった処置にですか……?」
そう尋ねるのは優里である。
川北が煙草を取り出しながら、ただ重い頭を頷かせていった。
「ああ、これは上層部というより私の考えだ。彼女がこの防衛軍に入らない以上、そうするしかない」
「もし彼女が断ればどのように?」
「そう彼女がとるなら、残念ながら機体を没収するまでだ」
断った場合がそれなら、彼女は恐らく協力するかもしれない。
心の中で、香奈は川北の処置に賛同するのだった。
「では頼んだぞ、二人とも」
「「了解」」
二人合わせて敬礼をする。
それに対し、川北は子供を見守る父親のように微笑むのだった。
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