第七話 狩り開始
神奈川県横須賀市。
以前ここにも未確認巨大生物の襲撃があり、数多くの建物が無残にも破壊されていた。今は工事用アーマーギア――ユンボルを使って復旧を行っている。
ユンボルの数はおよそ三十辺り。さっきまでは工事が中断しているので並べられていたが、それが今となっては辺りに散乱している。
それも装甲を剥がされているような状態になって。
「ギュアアアアアアアアアア!!」
まだ無事だったユンボルを、五体の巨大な生物が貪り喰らっている。
腹から開いた口で装甲を飲み込み、ついでに中のフレームも骨をしゃぶるように噛み付いていく。瞬く間にユンボルは原型を留めない鉄塊となってしまった。
ユンボルを喰らうのは白き異形――未確認巨大生物。理由は不明だが海底から姿を現し、アーマーギアを捕食する謎の巨大不明生物。
五体とも、複数の脚を持った蜘蛛型である。それらがまるでご馳走にありついたようにアーマーギアを食い散らかしていたのだ。
「逃げろお!! 早く早く!!」
咀嚼音と共に聞こえる悲鳴。工事現場に寝泊まりしていた工事作業員達が、巨大生物から必死に逃げていたのだ。
だがそれに気付いた一体が彼らに向かい、その異形の口で踊り食いを始める。それまで聞こえた悲鳴が、口の中へと消えてしまった。
巨大生物が織り成す阿鼻叫喚。いずれここのアーマーギアがなくなった時、餌を求めに人口密集地へと侵入していく事だろうか。
「グルル……」
ふと一体が、工事現場から遠く離れている海へと振り向いていく。
他の個体も何か感じ取ったように、同じ動作をとっていった。そして彼らは赤い瞳で捉える。
海を切るように突き進む黒い背びれと、その海面を飛ぶ紅白の人型を……。
===
「か、神塚さん! 前方に未確認巨大生物の反応があああ!!」
『こっちも確認したわ。というか落ち着きなさい』
海面スレスレを飛ぶエグリムの中で、香奈が絶叫じみた報告を口にしていた。
初操縦の状態ながら、エグリムは神牙の後を付いていけている。これは美央曰く、神牙にも搭載されているメインOS『REI』が半分自動操縦にしてサポートしているかららしい。
初心者に優しいシステムだが、それでもこのスピードに翻弄されるのはたまらない。しまいに香奈は、この機体乗った事に後悔してしまう。
『じゃあ陸地に着地するわよ。ペダルを緩めて』
「えっ!? あっはい!」
陸地が目の前に差し掛かった時、神牙が海中から跳躍し、着地をする。
舗装された地面がひび割れ、飛び散っていく破片。ついでに尻尾が、背後の道路を叩き割っていった。
「キュオオオオオオオオオンン!!」
神牙の顎部から轟く、金属質の咆哮。
香奈はその姿に唖然としながらも、ペダルをゆっくりと離していく。それに応じて、エグリムがブースターの出力を弱めながら、地面へと着地していった。
「ハァハァ……ジェットコースターに乗った気分……」
『次第に慣れるわよ。さてと行くわよ』
「りょ、了解……」
この先に五つの反応がある。ならばここで立っている暇はないだろう。
走り出すエグリムと神牙。エグリムは至って人間の走り方だが、神牙は前屈みになりながら疾走している。その姿はまさしく肉食恐竜その物だった。
誰もいなくなった道路を走り抜け、工事現場に到着する。そこにはこちらへと振り向いている五体の怪物がいた。
あれこそが人々の生活を脅かす未確認巨大生物イジン。赤く光る瞳が、雨降る闇夜の中でもはっきりと見えた。
『五体とも『兵士級改』……『兵士級』はなしか……』
「兵士級?」
『あの人型タイプ。この蜘蛛型は兵士級改と呼んでいるわ』
どうも美央は名前を付けていたみたいだ。なるほどその方が分かりやすい。
『二手に分かれてやるわ。光咲ちゃんは左の二体をお願い。後それから……』
「はい?」
香奈が聞き返した時、一体の兵士級改イジンが迫ってくる。
振るわれる鉤爪を、エグリムと神牙が二手に分かれながら回避をした。
『くれぐれも喰われないようにね』
「分かってます……って!」
向かってくるイジンへと、拳を振るうエグリム。
見事に顔面に当たり、吹っ飛ばす事に成功した。
「ええと武器は……頭部の『30mmマシンキャノン』と『ナイフ』二本と……えっ? 『クリーブトンファー』……?」
サブモニターを見る限り武器はたったの三つ。その最後の武器を見て、思わず戸惑ってしまう。
分かるのは両腕にある事と操縦方法だけ。すぐに操縦桿の専用スイッチを押すと、両腕の上下が前へと突き出していった。
「これか……」
赤く塗られた刃。これがクリーブトンファーのようだ。
そこに迫ってくるイジン。エグリムは一旦後退しながら頭部のマシンキャノンを発射し、胴体を蜂の巣にする。
溢れ出る緑色の血。それでもイジンは奇声を上げながら突進し、組み付いてきた。
離そうとするも、あちらの方が力強いのか全く離れない。しかも腹の口がゆっくりと開こうとしていく。
「こなくそっ……!!」
イジンの首筋に目掛け、クリーブトンファーを突き刺した。
先ほどのマシンキャノンによる出血よりも、不気味な程におびただしい噴出量。イジンが悲鳴を上げてもなおエグリムはねじり込み、抉っていく。
痙攣するイジンの胸辺りを、もう片方のクリーブトンファーで突き刺す。ちょうど心臓か何かを貫通させたのか、イジンはぐったりと力尽きた。
「ハァ……」
一息吐く香奈だが、そうしている暇はなかった。
迫っていくもう一体のイジン。エグリムがクリーブトンファーを振るうも避けられ、挙句には馬乗りにされてしまった。
何とか抵抗しようとするが、イジンが両腕を押さえ付けていく。そのまま腹の口で捕食ししようと近付いていくイジン……だが、
「キュウオオオオオオオン!!」
咆哮が聞こえたと同時に、鉄骨へと吹っ飛ばされていくイジン。
イジンに激突されて崩れ落ちる鉄骨を、香奈は呆然として見届ける。すぐにハッとして振り向くと、近くに神牙が立っていた。
あのイジンを吹っ飛ばしたのは、この黒い鋼の獣だったのだ。
「あ、ありがとうございます……」
『礼は後』
神牙の背後にイジンが襲い掛かってくる。対して神牙が飛び回り、瞬時にその個体の背後に回っていく。
イジンが振り返ろうとした時、神牙の尻尾が前へと伸びていく。あたかも鞭の如く、イジンを地面ごと叩き付けた。
響き渡る轟音。陥没する地面。めり込んでいくイジン。直後、神牙が跳躍し、弱々しく上げる頭部を踏み付けていった。
踏み付けられた頭部が肉塊となって飛び散り、神牙の脚へとこびりつく。それすら気にせず、金属質の咆哮を上げる神牙。
「…………」
香奈は、ただ口をあんぐりと開けるしかなかった。
戦陣などのアーマーギアとは違った、獣的で暴力的な戦法。それに加え、尻尾などから垣間見る柔軟な動き。
美央が言っていた「神牙はアーマーギアではない」という言葉の意味が、ようやく分かったような気がする。あれは正しく人型兵器であるアーマーギアとは訳が違う。
まるで生身の獣が、鎧を着ているような……。
「ギアアアアアア……!!」
鉄骨に激突していた個体が動き出す。
香奈はこれに気付き、すぐに接近。クリーブトンファーで突き刺そうとすると、イジンがそれを掴んで止めてしまう。
だがすぐに背後へと放り投げていくエグリム。転がっていくイジンが体勢を立て直した時に、再び接近――両腕のクリーブトンファーで胴体を貫通させた。
「グアアアアア……」
悲鳴を上げたかっただろうか。だが香奈が叫び終わる前に、力いっぱい引き裂いていく。
断面から飛び散る繊維と肉片。イジンだった肉塊は、辺り一面に付着していった。
「……す……凄い……」
香奈は、ただ静かな驚愕をするだけだった。
エグリムから感じ取れる柔軟さ、機動性、そして戦陣を越える出力。どれもが戦陣に慣れた香奈にとっては、これまで感じた事のない性能。
ただ彼女は操縦桿を握る手を、震えさせるしかなかった。
===
機材の山に紛れるようにイジンが倒れている。
身体中から血を流している無残な姿は、あたかも猛獣に襲われたような状態にも思える。この場合、その猛獣に相当するのは神牙である。
美央は情け容赦ない。それに神牙が野性的な攻撃をする故に、意識してなくてもあのような殺し方にしてしまうのだ。
「ギャアア!?」
神牙の蹴りで、イジンが鉄骨に激突した。その直後、神牙が尻尾を伸ばし、前へと突き出していく。
わざわざ背中を向けなくてもいいように伸縮自在にされている。そしてエグリムにも搭載されている『REI』によるサポートにより、人間にはない尻尾を美央は操る事が出来るのだ。
その尻尾でイジンを倒れさせる。さらに頭部を乱暴に掴み、地面へと何回も叩き付けた。
「アガァ!! ガアア!! ギイイ!!」
苦痛を上げるイジンだが、神牙はやめる素振りすら見せなかった。
パイロットである美央の方は、残虐な笑みを浮かばせている。この戦い……いやこの蹂躙を非常に楽しんでいるのだ。
「そろそろ終わりにするか……」
血まみれになったイジンの頭を、神牙がおもむろに上げる。
身体を動かさず、ただ弱々しい声しか出せない化け物。神牙はただ無機質なカメラアイで見つめたまま、鉤爪を胴体へと刺し貫く。
全てを斬り捨てる神の牙が、イジンの頭部を引っ張る。瞬く間にそれは胴体から離れ、背骨らしき物と一緒に引き抜かれていった。
正しくそれは、理性を持たぬ獣の所業。
「……状況終了。案外早く終わったわね」
血まみれの頭部と胴体を投げ捨てる神牙。その後、美央が辺りを見回していく。
どのイジンも憐れな姿と成り果てて、工事現場に倒れている。見る限りは二度と動く事はないだろう。
「大丈夫だった、光咲ちゃん?」
『な、何とか……』
香奈の声が震えている。
恐らくはエグリムの性能に驚いている事だろう。戦陣に乗っていたのだから、その性能の違いが分かるはずである。
「まぁ、無事でよかったわ。そろそろ帰るわよ」
『ええ……』
このままいればいずれは戦陣が来るだろう。その前に離脱しようとする神牙とエグリム。
だが、
「ギャアアアアアアアアアア!!」
「!?」
背後からの咆哮。美央達が振り返ると、何と血まみれのイジンが雄叫びを上げていたのだ。
最初にエグリムが倒した個体がまだ生きていたのだ。イジンの怨念じみた叫びに呼応するかのように、何と身体中から触手が生えてきた。
触手が死んでいった同族を刺していき、手繰り寄せていく。そうして集まった同族を、イジンが身体へと取り込んでいく。
『一体……何が……』
何か起こるのか香奈には分からないだろう。
だが美央は分かっている。まだ狩りは終わっていないのだと。
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