第一話 神塚美央
『見えますでしょうか!? たった今、私の目の前で『未確認巨大生物』が暴れています!!』
マイクを持った若い女性が必死な叫びを上げていた。どうやらかなり上空を飛ぶヘリコプターの中にいるらしく、そこから下界を見下ろしている。
カメラが彼女の視界を追っている。だんだん拡大されて見えてきたのは、家々が立ち並んだ街。公園や学校、そしてデパートと、特に珍しくもない光景である。
だがそこに、街にあるはずのない存在がいたのだ。
家々の間を蠢く一体の巨大な生物。およそ十メートルはあるだろうか。仮面を思わせる口のない頭部と、そこで赤く光る六つの複眼。猿のような細長い腕と脚。そして
『この世の存在とは思えない』。そういう形容が相応しい程に、おぞましい異形の怪物。今、怪物は長い手足を使って、我が物顔で道路を一直線に歩いていた。
十メートルはある異形の進撃によって、放置されてた車が次々とひっくり返されていく。しかも脚に多数の車が積もっても、怪物は意を介さずに突き進んでいった。
破壊に巻き込まれまいと逃げていく人々。その光景はまるで、怪獣映画の一シーンを思わせる。
『あっ! 来ました!
女性の声に、少し希望が感じられた。
怪物が不意に立ち止まり、右方向へと顔を振り向かせる。その先には、ワイヤーをぶら下げた多数のヘリコプターが飛んでいた。
ワイヤーには、八メートルはある四機の巨大な物体が繋がれている。四肢を持った機械――いわゆるロボットだ。
頭部には、カブトムシを思わせるような一本の長いブレードアンテナと黄色く光るゴーグルカメラがある。ずんぐりとしたフォルムを持っており、両肩にはミサイルポッド、右腕にはガトリングガン、左腕には砲塔が装着されている。装甲は黒に近い焦げ茶色。
女性の言葉を借りるならば、名前は『戦陣』。
じっと見つめていた白い怪物が戦陣部隊へと向かっていく。口がないのに悲鳴のような奇声を発し、邪魔な車を薙ぎ払っていく。
戦陣部隊はその怪物へとガトリングガンを向け……
「神塚さん、ちょっといいかな?」
「ん? どうしたの?」
机に置いた携帯端末。それに目を落としていた少女に、目の前の人物が尋ねてきた。
黒い制服から見える、スラっとした手足。身長も高校生にしては比較的高い。まさに『凛々しい』という形容が相応しい少女である。
「いや……ここの所なんだけど」
「私はこの辺ですね!」
声を掛けた女子生徒やその女友達がノートを持っている。どうやら数学の方程式を教えてもらいたいようだ。
美央は机に向かって勉強している。ただそれだとつまらないので、携帯端末をテレビ代わりにしているのだ。女子生徒が見るものにしては少々ミスマッチであるが。
「これはね……こんな感じかな?」
「おお、サンキュー」
ノートに少々のヒントを書き加える。
正解を書かないのは本人の為にならないからだ。
「神塚さんって、隙あらば『アーマーギア』と未確認巨大生物のニュースを見ているよね」
「やっぱり戦陣が気になります? それとも巨大生物の方でしょうか?」
アーマーギア。女子生徒の口から発せられたそれは、2038年に開発された人型機械。
かつて1900年代では、近未来にハイテクな機械や便利な技術が生まれると思われていた。だが現代……2054年となっても、あまり2000年代と変わっていない印象を持つ。
そんな中、近未来を思わせる要素がそのアーマーギアだ。かつて空想と思われた鉄の巨人が、今この現実に存在している訳である。
「単にニュースを見ていただけよ。やっぱりこういった情報は見逃せないじゃない?」
苦笑しながらも手を軽く振る美央。相手の女子生徒も苦笑を漏らすが、美央のとはどこか違う。
「うーん、言いたい事は分かるけど、あまり何回も見たくないなぁ。あの化け物だってグロイし……」
「何を言っているのですか。我々と無関係とはいかないんですよこれ。でもまぁ、我が国には軍事用アーマーギアである戦陣がありますし、大丈夫でしょう!」
眼鏡を付けた女子は、いわゆるアーマーギアオタクだ。あらゆる種類の機体を熟知しており、友達によく話す光景を何回も見た事がある。
特に、あのアーマーギア戦陣が好きらしい。今でも期待している様子であり、健気という姿にも見える。
それが美央に、苦い感情をもたらす。
「……その通りね。きっと戦陣が倒してくれると思うわ。
さてと、そろそろ私は帰ろうかしら。じゃあね、皆」
「そう? じゃあね、神塚さん」
ノートや教科書を鞄にしまい込んだ後、肩に担いで教室から出ていった。外に出ると、何やらうるさい音が聞こえてくる。
校門前で道路工事が行われているようである。たくましい身体をした作業員の他に、二機のロボットがいた。
三メートル近くある巨体。黄色と黒の縞々模様の装甲。重機に手足を付けたような姿をしており、その両腕で機材を運んでいる。
アーマーギアの工事仕様機『ユンボル』だ。その出力ゆえに、普通の人間には持てない機材も運び出す事が可能である。
「さっきから鳴っていたのはこれだったのね……」
勉強途中に、うるさい音が聞こえて気が散っていた。この学校――『大都高等学校』に向かう前はなかったので、恐らくは授業途中の間に始まったのだろう。
美央は別にいいかとばかりに、ポケットから携帯端末を取り出した。タッチ操作をし、先程のニュースを再生させる。
実は事前に録画した物である。こういったニュースは日頃から見ており、必要ならば録画もする。
その画面上に繰り広げられているのは、戦陣と未確認巨大生物の激しい戦いだ。
『たった今、戦陣がガトリングガンを発射!! ですが未確認巨大生物は身軽にかわし、部隊に迫っていきます! ああ、やられてしまった!!』
家の間を自由に飛び跳ねる白い怪物――未確認巨大生物。戦陣から放たれるガトリングガンの一斉射撃をかわしつつ、一機へと接近する。
逃げようとした戦陣を長い腕で捕まえた。その直後、巨大生物の腹が花弁状に開いていく。
中から見えるビッシリと生えた鋭い牙。垂れる粘性のある唾液。その花弁状の口が、戦陣へと噛み砕いてしまう。
位置からして、コックピットごと喰われているだろう。さっきまでもがいていた戦陣が、力尽きるように両腕を垂らしていく。
先程のオタククラスメイトが見たら、絶望する程の惨劇。あの時に苦い感情を秘めたのは、こういった事があるからに他ならない。
『たった今、未確認巨大生物が戦陣を捕食しています!! さすが地球外生命体、何という残虐な捕食の仕方! これには私、恐怖しかありません!!』
「……地球外生命体……ねぇ……」
興奮して叫んでいる女性リポーターとは真逆に、美央は酷く冷めていた。
彼女が校門を通過して道路を歩いていく。そのまま家に帰ろうとしたのだが、不意にその足を止めた。
『緊急事態、緊急事態。海岸に未確認巨大生物が出現。市民の皆様は警戒を……』
夕暮れの街に響き渡るサイレンの強烈な音と、無機質な女性の声。
道を歩いていた人々が一斉に戸惑いを見せていく。中には「避難場所どこだ?」「荷物どうする!?」という声が聞こえてきた。
混乱と恐怖が交わった異様さ。それでも美央は、ただ冷静に避難勧告を聞いてるだけだった。
「……ついに来たか」
まるで待っていたかのように、その小ぶりな口から小さく呟かれる。
右往左往する住人の中を颯爽と走り出す美央。その途中で携帯端末を操作し、通話に入った。
「お爺さん、奴が来ました。すぐに
誰かと簡潔に話した後、その通話と一方的に切る。
彼女は今笑っている。それを待ち望んでいたかのような、不敵な笑みを。
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