第五十四話 滅亡の願いを

 ――千葉県。

 

 首都東京のすぐ近くにある地方。今、某地区では祭りの如き騒ぎが沸き上がっていた。

 巨大な軍用車に乗っていく大勢の民間人。指示しているのは防衛軍軍人であり、彼らを落ち着かせるよう、声を掛けながら誘導していく。


 東京に起こった未確認巨大生物による襲撃。太平洋に面している千葉県にも襲撃して来ない理由なんてなく、住民は異形への恐怖に見舞われていた。

 この避難は、なるべく安全な区域に避難しようとする疎開でもある。それはあたかも戦争から免れようとする、第二次世界大戦中の光景を思わせる。


 だがそこに、突如として湧き上がる轟音。


 地面が揺れ出し、住民や軍人の体勢を崩れさせていく。誰もが不安に満ちるこの空間。

 その時、彼らの目の前で開いていく穴。崩れ落ちていく地面の中から、巨大な化け物が顔を出していった。


 円盤状部位から三本の細長い脚を持った、白身赤眼はくしんせきがんの機械。全身が現れた直後に、その円盤状部位から何かが投下されていく。

 人型未確認巨大生物。トライポッド型から分離した人外の兵士が、赤い単眼で立ち尽くす人間を目視する。


「逃げろおおおお!!」


 誰かの叫びと共に、人々が逃げ惑う。

 対し巨大生物の腹が、花のように展開された。かつて変異前にあった捕食器官だが、こちらは無機質な意匠でなおかつ牙も喉もない。

 腹の口を開けたまま、人間へと跳躍する巨大生物。そして左腕で数人を捕まえ、生きたまま腹の口へと放り込んでいった。

 特に怪我はない。すぐに腹から逃げようとする人間に、次々と追加が放り込まれていく。二人、四人、六人、十二人……次第に腹のスペースがなくなり、文字通りのすし詰めにされてしまう。

 

 こんな状態で無事でいられるはずがない。腹の中で圧迫され、血が滲み出ていく。


「おご……! た、助け……」

「アアアアアアア!!」

「アガ……ギエ……」


 無理やり入れられた人間達の呻き声。圧迫により瀕死状態にされた者、身体がよじれてしまった者、身体中から血を流している者。

 助けを呼ぶ者もいた。しかしそれは数人の人間に押し潰され、声を出す事も出来なくなっていく。そして泣き叫ぶ子供もまた、大人達の中に消えていく。


 惨くておぞましい。そんなやり方でさえ、巨大生物は平然と行っている。まるで慈悲などする必要がないと言わんばかりに。

 腹の口が閉じられようとしていく。詰め込まれた人間達が手を伸ばし叫んでも、巨大生物は聞く耳を持たない。


 そして口は、静かに閉ざされていった。




 ===




 防衛軍作戦本部。

 野戦病院のある一角を使用した場所であり、この病院を防衛する根拠地でもある。その広い部屋には、数十人の防衛軍軍人が集まっていた。

 その中に一等陸士である光咲香奈もいる。彼女の前に立っているのが、指揮官である岸田進一佐。


「……以上が川北司令から伝えられた話だ。信じられない話だが、現に神塚美央は侵食をされている」


 彼が口にしたのは、川北から聞いた話。雅神牙が正真正銘の生きている獣だという事。そしてその獣により、美央の身体が侵食されているという事。

 軍人の誰もがざわめきを立てている。普通では考えられない事態が、彼らに半信半疑を与えるのだ。


 その一方で香奈は経緯を知っている為、比較的落ち着いていた。


「雅神牙を整備した係曰く、アーマーギアやアーマーローグとは全く違う構造になっているそうだ。それに戦旗部隊が見たように、二種類よりもはるかに超えた攻撃力を持っている」

「……それで代償として、身体が持ってかれると……」

「その通りだ、佐藤二尉」

「…………」


 息を吞む佐藤。香奈もまた唇を噛み締めていく。

 身体を持ってかれるどころか、雅神牙が意思を持って暴れ出す場合もあるのだ。そして暴れる為のコアが、美央だという事実。

 彼女と雅神牙。一人と一体が融合した時、制御を受け付けない化け物となるだろう。それこそイクサビトよりも強大な存在となって。


 その時になったらどうなるのか。もちろん言うまでもなく、雅神牙があらゆる万物を破壊していく事になるかもしれない。

 己の力が尽きるまでに。


「……それで神塚美央自身の伝言がある。皆、心して聞いてくれ」


 美央が岸田に伝えた言葉。怪訝に思いながらも、軍人達は静粛になる。

 そして香奈が同時にうつむいていく。もう彼女は話を聞いたのだ。


 美央の決断を。


「……『もし自分が完全に取り込まれて雅神牙が暴走した場合、躊躇なく破壊しろ』。

 それが、お前達軍人への頼みだ」


 雅神牙の破壊。それは美央ごと葬れというメッセージ。

 もう彼女は長くないと分かっている。人ではない存在になってしまうのだと。ならば雅神牙が暴れ出す前に、自分ごと破壊するよう頼んだ。


 巨大イクサビト戦後、美央から聞いた香奈は愕然とするしかなかった。仲間を手を掛ける……敵を殺すよりも、重くも苦しい瞬間なのだから。

 それでも美央は下がらない。自分が、人間のまま死にたいと願いながら……。


「……胡散臭い所もあったが、彼女は共に戦う仲間だ。私は正直そんな事を望まないが……それでも彼女が願うのなら決行するしかない。

 お前達も覚悟をもってやれ。そうしなければ、お前達の仲間や家族、そして隣人が死ぬ事となる」

「…………」


 そう、抵抗しないという事は命を取られるという事だ。そうなれば岸田の言う通り、大切な存在を失う事となる。

 それを分かっている香奈だが……


「岸田一佐!!」


 突如、作戦本部に入ってきた一人の男性。

 走ってきたのだろうか荒い息を吐いており、身体を大きく上下させていく。その顔には一筋の汗も滲み出ていた。


「どうした!?」

「ハァハァ……ま……一四一二において、千葉に未確認巨大生物が襲来!! 住民を攫った後、姿を消したそうです!!」

「何……!?」


 再び湧き上がるざわめき。香奈も静かに驚愕をする。

 そして気掛かりなのは、イクサビトが人を『攫った』という事か。攻撃したのではなく、何故攫ったのか?


「それと無線でこのような通信が! 襲撃の十分後に録音した物です!!」


 男性軍人が持っている無線機。それを作戦本部に置いてあるスピーカーへと繋げていく。

 そして、スピーカーから声が聞こえてきた。


『こちら……房総半島……第三部隊……』


 男性の声。今にも死にそうな儚い声だ。

 それ共に何かが聞こえてくる。呻き声……悲鳴……嗚咽……聞いているだけでも、寒気のする地獄からの声だ。


『住民を……グウ……避難している途中に……未確認巨大生物の……腹の中に入れられてしまった……私以外にも大勢の人達が……無理やり押し込められて……』

『誰と話しているの……助けてよ……』

『死ぬう!! 死ぬうううう!!』

『ギャアアアアアア!!』

『痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!』


 無線の奥から聞こえた呻き声が、ハッキリと聞き取られる。

 香奈の手が震える。男性軍人はまさに地獄のような状況に陥っている事だろう。そう思うと、背中が凍える程に恐怖する。


『……光が……腹の口が開いたようだ……。何だ……アレは……ア……アガ……アガガガガガガガガガガガガガ……』


 ――通信はそこで終了された。

 最後、一体何があったのだろうか――それを答える者はいない。ただあの断末魔を思い出し、緊張を走らせるだけである。

 岸田もまた例外ではない。彼が息を吞んだ後、思い出したかのように通信を持ってきた軍人へと向く。


「……これで終わりか……?」

「はい、これ以降通信が途絶えました。そしてこれを逆探知した所、未確認巨大生物の居場所が判明したのです」

「何……? 一体どこの場所だ? また海底か?」

「それが……」


 イジンの正体は、アルファ鉱石に寄生していた地球外微生物。深海を根城にしていたのは、その場所が宇宙に比較的近い環境だからである。

 イジンから進化したイクサビトもまた例外ではないだろう。そう推測をしていた香奈だったが、軍人が言うには……

 



 ===



 未だに鳴り止まない喧噪。廊下に寝かされた負傷者への手術が、絶え間もなく続いている。

 中には間に合わなかったのか、息を引き取った者もいる。もう助からない命に、医者は悲しく首を振るだけだった。

 そのような光景が四六時中続いている。例え目を背けても、また別の悲劇が目に入ってしまう。


「これでよかったのか……?」

「ええ……」


 負傷者の集団から外れた隅。そこで飛鳥は、美央が眠るベッドの近くに座っている。 

 特に怪我をしている訳でも、感染症に侵されている訳でもない美央。いや、ある意味では侵されているとも言っていいか。だからこそ飛鳥が彼女に付き添っている。


 なおフェイはその場を離れている。配られている炊き出しを持って来る為だ。


「……あんたって本当に覚悟がすげえんだな……普通殺してくれなんて言えねぇよ……」

「……まぁ、もしもよ。もしかしたら免れるかもしれないしね……」

「……だといいけどよ……」


 美央が雅神牙に取り込まれたら後は……という話は、飛鳥達にも届いている。

 正直、拒絶反応が出てしまう。そんな事になってまともに攻撃出来るかと言われたら、正直出来ないと答える。だからこそ起こらないで欲しいと、飛鳥は心の中で思う。

 ただ一瞥したある物が、それを許さない。布団から微かに見える美央の腕――それが硬質化した青黒い皮膚になっている。まるで別の生物の皮膚を取り付けたような感じを、飛鳥に思わせる。


 最初に見た侵食よりも広まっているのは確実である。このまま雅神牙に乗ってしまったら、美央の命は……。


「二人とも。カレー持ってきたよ」


 ちょうどそこにフェイがやって来た。両手にはカレーライスが入ったトレイが握られている。

 相当軽いのか、あるいは彼女が力強いのか。持っているのは、自身や香奈の分を含めた四つである。その二つを、飛鳥と美央へと渡していった。


「サンキュー、フェイさん……。混んでただろ?」

「まぁね。でも腹は減っては戦が出来ないからね。それよりも美央は大丈夫? 何か具合が悪いとかない?」

「ええ、大丈夫ですよ……ありがとうございます……」


 上半身を上げる美央。そのカレーとスプーンを受け取り、ゆっくりと口の中に入れていく。

 一口すると、彼女に微笑みが出てくる。


「美味しいですね……」

「そうだね……まだ時間があるし……どんどん食べてね……」

 

 フェイの声が、妙に震えている。

 さしもの飛鳥でも、これには気付いてしまう。カレーを食べていた手を止め、フェイの顔を覗き込む。

 泣きそうな顔だった。今でも涙が流れそうな悲痛な表情。それでも涙をこらえ、拳を握り締めている。


「……まだ死ぬって決まった訳じゃないだろ……。それに姐さんは今ここにいる」


 元気づける言葉が見当たらなかった。とにかく慰めようと足りない頭で考え、その言葉を口にする。

 それで慰めになるかは分からない。現にフェイは黙ったまま、ただ自分の拳を見つめている。


 そんな時、付け加えたのは美央だ。


「フェイさん……これは私のわがままなんですが……そうさせて下さい……。辛いでしょうが、それでもやるしかないんです」

「…………」


 気のせいか、美央の声にも悲痛さが出ている。

 彼女もまた、そういった状況を望んでいないのだろう。それは人間なら思うのは当たり前――彼女だって人の子なのだ。

 対してフェイは答えなかった。ただ唇を噛み締めるだけである。

 

「お待たせしました……」


 そんな中、現れてきたのは香奈だった。

 神妙な顔つきをしており、何かが様子がおかしい。


「……どうしたんだよ、光咲?」

「……イクサビトの居場所が判明したんです」

「……マジか」


 やっと奴らの……敵の居場所が分かったという事か。

 それに真っ先に食い付いて来たのが、他ならぬ美央だった。


「どこなの……?」

「……日本海にある、日本製の海底油田……」


 香奈が、淡々と説明をする。


「そこに攫われた軍人の通信を逆探知。そして報告を聞いたアメリカ軍が軍事衛星で調べた結果、そこにイクサビトが集まっている事が分かったんです。

 それで米軍が核ミサイルを放ったそうですが……謎の光学兵器によって破壊。失敗したそうで……」


 核ミサイルが破壊された。その事実に、飛鳥も動揺する。

 さらに香奈が続けた。


「核が封じられた以上、やり合うにはアーマーローグやアーマギアだけ。今、防衛軍は護衛艦にアーマギアを乗せています」

「叩くのなら今しかない……って事ね」

「ええ……」


 香奈の言葉に付け加える美央。

 彼女の表情が難しくなっていくのを、飛鳥は見逃しはしなかった。ただ何を考えているのか、何を思うのか、それは彼女だけしか分からない。


 気付けば彼女が、表情に変化を付けた。覚悟の表情だ。

 

「これが最後の戦い……もう引き返せない……。なら、徹底的にやるしかないまで……ね」

「…………」


 飛鳥も香奈も、フェイも返事をしなかった。

 だが美央の言葉を否定するのではない。むしろ胸に決意が芽生え、そして思う。


 今度こそ、イクサビトを滅ぼすと――。

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