第十章 神牙編

第五十六話 決戦

 彼女は至って、普通の家庭で育った少女である。その時には力や宿命などない、無垢な存在だった。

 だが父親が死んだあの日……異形が生まれたあの日を境に、彼女は一変した。荒ぶる神の力を手にし、暴虐の限りを尽くす虚無の破壊者へと。


 破壊者となった彼女は、荒ぶる神の力に侵されようとしている。その先に待っているのか、死よりもおぞましい何かだろう。

 それでも彼女は力を持ち続ける。自分の影を、父が生み出してしまった異形を、一匹残らず葬る為に……。




 ===




 夜の海。静かな闇の世界を、巨大な物体が進んでいる。

 十程はあるだろう、いずも型護衛艦。その船が波を切り裂きながら、ただひたすら前進している。目指す先は、イクサビトが巣食っているとされている海底油田。


 護衛艦の甲板に多数のアーマギアが配置されていた。戦陣や戦旗、果ては武装化させた訓練用アーマギア――ボーンまで。一機でも多くの戦力を集める為にと、それを使いこなせる軍人がわざわざ用意したのだという。


 無論、機械仕掛けの獣たるアーマーローグも存在する。その中でひと際目立つ真紅の獣が、ただ海上を見つめている。

 雅神牙と美央。ギアインターフェイスで雅神牙と繋がった美央は、気配だけでイクサビトがどこにいるのか分かっていた。


 気配は目の前に感じる。このまま進めば、奴らと遭う事になる。


「……」


 彼女が、ふと自分の右腕を見つめる。

 黒いパイロットスーツから覗かせている肌。一部が異形の青黒い皮膚となっており、少しずつだが健全な皮膚を蝕んでいる。さらには硬化し、幾分重くなったような気もする。

 感じられる。自分が雅神牙へと飲み込まれようとしていくのを。このまま行けば、自分は雅神牙の一部になってしまうだろう。


 ただ、死の恐怖はそれ程感じなかった。何故なのか本人にも分からない。ただ……死ぬのが嫌だという気持ちが、不思議と湧いてこない。

 死を悟っているだからだろうか。それとも諦めているからだろうか。あるいは、あの宣言をしたからなのか。


『私は、この身をもってあなたの遺産を潰す。そして死んであなたの元へと向かう。

 そして……あなたをぶん殴る……』


 夢の中で父へと告げた、覚悟の言葉。もしかしたら無意識に、それを叶えたいと思っているのだろうか?

 そうならば全てに合点が付く。いずれにせよ神塚美央は、生物が恐れている死を全く恐れていないという事だ。


「……父さん……もうすぐあなたの場所に行くから……」


 雅神牙のコックピットの中で、静かに言葉を紡ぐ。

 同時に分かった事があった。あれ程見下していた父を、美央自身は無意識に未練がましく思っている事に。

 どうでもいいと思っている父を構う辺り、やはり娘は娘という事なのかもしれない。そう思うと笑みが出てしまう。

 狂った時計のような、乾いた笑みが。


「ハ……ハハハハハ……ハハハ……」


 自分がおかしくて、笑ってしまう。

 それが続くと思われた時、無線に声が拾われた。


『十二時の方向に海底油田を発見! ただ……形状が資料とは異なっている模様!』

「……!」


 海底油田に到達したようだ。美央は下がった頭をおもむろに上げる。

 前面モニターに映し出される油田。美央の記憶が正しければ、鉄骨で構成された施設が、海から出しているような姿をしているはずだ。


 だが眼前にある海底油田は、その形とは異なっていた。


「……あれは……」


 海底油田の周りが、白く不気味な物体に覆われている。

 有機物なのか無機物なのか、今の所は把握出来ない。だが白い何かが、海底油田にへばりつくように纏っている事は確かである。

 そして物体は、海底油田の周囲へと広がっていた。その影響か遠目で見ると。白い島のような姿にも見える。


 十中八九、イクサビトの仕業なのだろう。どうやらあの怪物達は、海底油田を本拠地にしているようだ。

 証拠に姿が見えないが、確かに気配が感じられる。


「……いよいよだわ、皆……」


 切っていた通信機能のスイッチを入れた後、仲間達に話しかける。

 まず返ってきたのは、最初に出会った仲間である光咲香奈。


『……あそこをやれば……全てが終わるんですね……』

「ええ……イクサビトはあそこに集結している。勝つって事は、奴らの全滅を意味するわ」

『そうだと願いたいぜ』


 次に流郷飛鳥。彼が搭乗するアーマイラが、海底油田を注意深く見つめている。

 そうだ……これで終わりなのだ。全イクサビトを、負の遺産を、今日でここで終わりにするのだ。


「……っ!?」


 刹那、美央に何かが感じられた。


 それを人間の感情に例えるならば――敵意だ。


『海底油田から高熱源反応!! これは……!?』


 通信が聞こえた直後、海底油田からそれが放たれた。

 天に昇っていく光の筋。さながら天を貫く裁きの光が、美央達の前へと姿を現す。


 その光の筋が、美央達へと倒れてきたのだ。


『高熱源反応接近!! 回避不能!! 回避……』


 すぐ隣にある護衛艦に向かう、光の筋の洗礼。

 護衛艦が光の筋によって、真っ二つに寸断されてしまった。赤熱していく断面。溶かされていく戦陣。爆発を起こして沈んでいく護衛艦。


 美央の目に、その瞬間が一つ一つ記憶された。そして彼女は思い出すかのように、光の筋が放たれた海底油田へと振り向く。


 感じる。海底油田から、あの敵意の念が感じられる。モニターからはよく見えないが、それでも超感覚で何者なのか把握出来た。


「バハムート……」


 間違いない。バハムートである。

 奴は海底油田の天辺に立っているようである。その機体がレーザーブレスと同等のレーザーを放ち、護衛艦を真っ二つにしたのだ。


『全機!! ありったけのミサイルを放てえええええ!!』


 近くに立っている一機の戦陣。岸田進が乗っている隊長機仕様である。

 彼の一声で、全戦陣から放たれるミサイル。闇を切り裂く無数の糸が、真っすぐ海底油田に向かって着弾していく。


 溢れ出す爆発。立ち込める黒煙。その爆炎でバハムートの姿が見えなくなってしまう。油田を覆っていた白い物体も四散する。


 恐らくバハムートには効いていないだろうが、目くらましにはちょうどいいだろう。だがこれも一瞬に過ぎない。

 現に今でも、海底油田周りの海上が波打っていく。


「ボオオオオオオオオオオオオオオオオンンン……」


 汽笛のような鳴き声が、闇の海に轟いた。

 海上から浮上する円盤状物体。紛れもなく東京で戦ったトライポッド型イクサビトであり、数はざっと十。


 頭上には多数の人型イクサビト。さらに巨大イクサビトに続くように、海から姿を現す飛行型イクサビト。

 

 遂に姿を現したイクサビトの軍団。


 そして始まる、人類と異種の最終戦争。


『未確認巨大生物に応戦せよ!! 死んでも銃撃を怠るな!!』

『『『おおおおおおお!!』』』


 向かって来る飛行型イクサビト。ガトリングガンで応戦する戦陣部隊。イクサビトが着弾されて海上に墜落し、逆に戦陣がイクサビトの銃撃を受けて倒れる。

 殺す殺されの、大規模な生存競争。それが雅神牙の破壊本能に火を付けさせてしまう。


 美央もまた、本能に侵されるのだった。


るぞ、雅神牙……!!」

「オオオオオオオオオオオオオンンン!!」


 開かれる口内。光が集まり、放たれるレーザーブレス。

 神の雷が、数十体の飛行級イクサビトを、巨大イクサビトを切断――爆発を起こさせていく。その威力は、戦陣が放った火器とは比べ物とならない。


 海上に黒煙が発生するのだが、中から飛行型が現れてくる。しかも海上には泳いでいる人型イクサビト。


『イケェ!!』


 香奈の叫びが轟く。同時に銃撃を始めていく各アーマーローグ。

 キングバックの両腕から放たれる60mm二連装キャノン砲が、海上を泳ぐイクサビトを撃墜。だが砲撃を掻い潜った生き残りが護衛艦へと昇っていき、甲板へと姿を現した。


 そこを電磁鋭爪で畳みかけるアーマイラ。動かなくなったイクサビトを即座に叩き落し、護衛艦の重量オーバーを回避させていく。


『こちら第四部隊!! 未確認巨大生物が這い上がって……!!』

『撃ちまくれ!! 撃ちまくるんだよおおお!!』

『今までの借りを返すんだあ!!』

『死ねやあああああああ!!』

 

 聞こえてくる防人の声。今まで蹂躙された人々が抱く、怨嗟の雄叫び。

 彼らは家族や仲間、そして国を踏みにじられたのだ。故にイクサビトへの憎悪は計り知れず、攻撃も容赦なくなっている。


 この戦争は、どちらかが滅ぶまでは終わらないのだ。


「オオオオオオオオオンンン!!」


 海から這い上がって来るイクサビトを、鋭い鉤爪で切り裂いていく雅神牙。

 首を抉り、身体を泣き別れにし、そして海へと蹴り落とす。ある一体が両肩の生体ミサイルを放つと、鉤爪から光の剣を振りぬく。


 ミサイルが切り裂かれ、大量の血液が装甲に掛かった。それに意を介さず、ミサイルを放ったイクサビトへと接近。

 肘にあるエルボーダガーで、その首を跳ねていく。


「よし……ぐう!」


 脳が引き裂かれるような痛みが、彼女を襲う。

 なお彼女は気付いていないだろうが、腕の青黒い皮膚が増えていく。人でなくなる時が、刻々迫って来る。


『美央さん!!』


 雅神牙に襲い掛かるイクサビト。するとエグリムがその個体へと向かい、喉元にクリーブトンファーを突き立てる。

 崩れていくイクサビトを尻目に、雅神牙へと振り返っていくエグリム……いや香奈。


『大丈夫ですか!?』

「え、ええ……何とか!!」


 もう、気力で立ち上がっているような物である。雅神牙からの汚染は、とてもではないが耐え切れない。

 それでも立ち上がるのは、イクサビトへの破壊衝動が原動力となっているからだ。それを果たすまでは、死ぬ訳にはいかない。


 それよりも、気配が感じられる。


 三時の方向。美央と雅神牙が振り向くと、はるか向こうに一隻の護衛艦が見える。その甲板で、戦陣と異形の戦いが始まっていた。

 滑空砲を放つ一機の戦陣だが、異形はジグザグにホバー移動しつつ接近。両腕にある巨大な鉤爪で、戦陣の胴体を切り裂く。

 

 沈黙する戦陣の胴体が、無慈悲に踏み付けられる。イクサビト側になったアーマーローグ――バハムートによって。


「……」


 バハムートが、雅神牙を睨んでいるのが分かる。

 まるで言っているかのようだ。『ここに来いと』と。ならば……行くしかない。


「こちら神塚美央。三時方向にバハムートを発見。これより追撃に出る」

『一人で大丈夫なの!?』


 太い両腕ビックアームで、イクサビトを殴り付けるキングバック。機体からフェイの声が聞こえるのだが、それには心配の意が含まれている。

 彼女一人に行かせるのは、危険だと思っている事だろう。それでも美央は……止まらない。


 止まる訳にはいかない。


「ええ、必ず奴を倒す!!」


 バハムートへと向かう為、雅神牙を海に潜らせていく。

 あれこそが、先程の光の筋を放った存在。真っ先に倒すというのは、戦力的に有利になる。


 雅神牙からの汚染が完全になるまで、倒すまでだ。

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