第五十七話 異種は手段を選ばない
美央と雅神牙がバハムートへと向かってもなお、さらに戦いは熾烈に極まる。
一隻の護衛艦にトライポッド型イクサビトが迫って来る。甲板に乗っている戦陣部隊や一機の戦旗が、護衛艦を守ろうとイクサビトに火器の雨を降らしていった。
怯むイクサビト。熱線発射器官だった触手の一本がもがれていく。それでも異形の存在は人類を葬るべく、残った触手から熱線を放った。
照射される一機の戦陣。パイロットが悲鳴を上げる間もなく、機体は溶解されてしまう。
その時だった。じっとしていた護衛艦が不意に動き出す。真っ直ぐにイクサビトへと向かっていき、激突する。
ひん曲がる前方。突然の激突が、イクサビトのバランスを崩れさせ、甲板へと倒れされた。その振動により、戦陣が海に放り投げ飛ばされそうになってしまう。
『今だ!! 単眼や隙間を狙うんだ!!』
戦旗のパイロットの指示が、戦陣部隊を躍起にさせる。
起き上がろうとするイクサビトに集中砲火。戦旗に至っては円盤から見える巨大な複眼に、鉈を一突きさせていく。
溢れ出る血液に意を介さずに、鉈を抉る戦旗。二度とこの個体は立ち上がらないように、人類の敵を確実に葬る為に。
そのような過酷な生存競争が、この日本海にて行われている。そしてフェイが操るキングバックもまた、得物であるバトルアックスで、甲板に這い上がるイクサビトを叩き潰していた。
「キングバック、絶対にこいつらを全滅させるよ!!」
キングバックに愛着を持っている故に、戦闘中でも話し掛ける。
そんな時、海上から迫り来る二体の飛行型。その個体群が、突如として身体を分解させていく。
いや、再構成と言うべきか。四枚羽を持った菱形から、天使のような人型に変形。両腕を剣に変え、まっすぐにキングバックの乗る護衛艦へと向かって来る。
『おいでなすったな!! ゴリラ型、撃つぞ!!』
「OK!!」
近くには新城淳が乗る戦旗。戦陣の後継機とした開発された機体と共に、両腕の二連装キャノンを放つキングバック。
一体にガトリングガンとキャノンが着弾。当たり所がよかったのか、海へと墜落する白い身体。
そしてもう一体が、キングバックへと接近。
「調子に……」
人々に恐怖と混沌をもたらす、この世にいてはならない存在。黒瀬優里という友達の命を奪った、忌々しい存在。
楽観的なフェイでさえ、その存在に怒りを感じている。優里の喪失感、野戦病院で聞いた人々の悲痛な声――それが未だに頭から離れない。
こうなった原因を、こうさせた化け物に、キングバックが右腕を縮みこませる。
「乗るなぁ!!」
イクサビトの袈裟斬りを前屈みでかわし、腹に拳に突き付ける。
放たれるパイルパンチ。圧縮解放された拳の威力が、イクサビトを吹っ飛ばしていく。行先は爆発する護衛艦――燃え上がっていくそれの中に消えていく、機械仕掛けの化け物。
化け物にはお似合いの最期だ。
『フェイさん!!』
「!」
キングバックの背後に迫る人型イクサビト。そこに、あるアーマーギアが駆け付ける。
香奈の駆るエグリム。両腕から展開させたクリーブトンファーが、イクサビトの首筋へと突き立てた。
装甲のわずかな隙間を狙い、掻っ切る。繊維と血しぶきを
きっと海底は、化け物と人間側の機体で溢れ返っている事だろう。それを気にする余裕は、フェイ達にはないのだが。
「ありがとう、香奈!!」
『大丈夫です!』
香奈がなおも戦う。その隣には、戦旗とアーマイラの姿もある。
決死の覚悟で挑むこの決戦。それなのに、イクサビトの数が減る気がしない。一体いつになれば終わるのか。いつまで戦わなければならないのか。
イクサビトを叩きながら、フェイはそう思うのだった。
『高熱源反応!? うわっ!!』
右腕を失った戦陣からの声。直後に護衛艦を掠める一筋の光。
思わず両腕で防御態勢を取るキングバックだが、そんな中フェイはハッキリと捉えた。光の筋が、海を泳ぐイクサビトを両断していったのを。
熱を伴った光による、海からの水蒸気爆発。思わずアーマーイラがひっくり返る程の威力だ。
『何だよ!?』
「……美央だ!!」
三時方向を振り向くキングバック。その先にあるのは、海に浮かぶ青白い光。
禍禍しくも美しい破滅の光景。そこから光の筋が照射され、夜空を切り裂いていく。
雅神牙のレーザーブレスである。あそこでバハムートなるイクサビトと戦っているのだ。先程イクサビトを切り裂いたのはその余波であろう。
神塚美央は戦っている。自分が雅神牙になろうとしていても、イクサビトに成り果てたアーマーローグを破壊する為に。
感じられる彼女の執念。フェイは、ただ執念と向き合う事しか出来ない。
『新城隊長! 我が艦に巨大な反応が!!』
『反応!?』
戦旗部隊副隊長――佐藤千夏の声が、フェイを正気に戻していく。
サブモニターに巨大な反応が映る。それが隣に浮いている、佐藤がいる護衛艦へと近付いていたのだ。
「何……!?」
あの三本脚だろうか。肉眼で確かめるべく、隣の護衛艦へと振り向くフェイ。
その時、護衛艦の前に浮かび上がる巨大な影。大量の海を被りながら顔を出すその姿は、どうやらトライポッド型イクサビトと違うようだ。
赤い単眼が特徴的である、鋭角な頭部。身体は固い甲羅に包まれており、そこから触手状の脚を四本生やしている。身長はトライポッド型よりも二倍程の大きさ。
亀を思わせる個体だが、どことなくトライポッド型に酷似している事から、恐らくは亜種か発展型か。
『戦陣部隊!! 一斉射撃!!』
指示をする佐藤。アーマーギア部隊が、巨大イクサビトへと弾丸を送り込む。
怯んでいくイクサビトを見て、フェイは大した事ないと考える。この個体もまた、同族のように深海へと埋もれていくだけだ。
「ア゛アアアアアアアア!!」
――イクサビトの腹が、扉のように開くまでは。
『こ、これは……!!』
佐藤の驚愕の声。戦陣部隊から感じられる動揺。
フェイも、香奈達もまた見えていた。誰もがおぞましさを感じる、その光景を。
「そ、そんな……」
イクサビトの腹の中で、蠢めいている小さな生物。
それは……人間である。皮膚に埋もれた人々が、助けを求めているように呻いている。
上半身を出した者、顔だけを出した者、下半身を出した者、あり得ない体勢になっている者。そして……子供。
皆、この世と思えない表情をし、佐藤率いるアーマーギア部隊へと手を伸ばしている。そして戦旗か戦陣を通じて、人々の呻き声も聞こえてくる。
『た、助け……て……』
『ア……ア……アア……』
『オ……ネエ……ガアア……』
『アグ……アグ……』
――背筋が凍ってしまう。吐き気を催してしまう。
戦場という緊迫な空気の中に、寒気を伴う空気が入ってくる。胸が苦しそうになるフェイだったが、そこに飛行型イクサビトが現れてしまった。
奴らには、人が悲しむ時間も与えなかったのである。
===
「住民を拉致したのは……この為だったのね……!!」
戦旗のコックピットに乗る佐藤千夏。その声が恐怖で震えていた。
千葉県で起きた、未確認巨大生物による人間拉致。その真相は、この巨大生物の一部にする事だったのである。
何故こうしたのか、手に取るように分かる。巨大生物は人間を人質にし、盾にしているのだ。
何とも卑怯。何とも悪辣。何とも無慈悲。真相を知った佐藤の胸に、燃え上がる怒りが灯していく。
『さ、佐藤副隊長……!! どうします!?』
「……」
彼女はすぐに答えなかった。それは当然である。
巨大生物に埋め込まれた住民はまだ生きている。救助すれば、もしかしたら助かるのかもしれない。
だがどう見ても、有機レベルで巨大生物と融合している。仮に巨大生物を倒して救出しても、人として生きられる保証はないのだ。
それに考える余地を与えないつもりか、ゆっくりと片脚を上げる亀型巨大生物。気付いた佐藤が回避すると、振り下ろされる脚が甲板に突き刺さる。
このままだと自分が乗っている護衛艦が破壊されてしまう。ブースターユニットを噴かせ、脚へと接近する佐藤の戦旗。
脚に向けて鉈を一振り。運よく隙間に当たり、引きちぎる事に成功した。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!」
「や゛め゛でええええええ!!」
「……!?」
脚を斬っただけなのに、特に何もしていないのに、埋め込まれた人々から苦痛の叫びが上がっていく。
一瞬、戦旗の動きが止まってしまう。見上げる事も出来るはずだが、恐怖からか人々の様子を確認する事は出来なかった。
そこに振るわれる切断された脚。まともに喰らった戦旗が吹っ飛ばされ、甲板に転がっていく。
『副隊長!!』
部下が操る戦旗が駆け付けようとする。その前に佐藤がペダルと操縦桿を巧みに動かし、戦旗を立ち上げていった。
とんでもない事実を知ってしまう。あの巨大生物にダメージを入れると、埋め込まれた人々にもダメージが入ってしまうようだ。
埋め込まれるというだけでも苦しいはずなのに、そこに苦痛が入っていく。明らかに常人には耐え難いだろう。
佐藤の口が歯ぎしりしていく。この巨大生物はやはり卑劣な存在であり、あってはならない対象である。そして人質にされた人々の姿によって、胸が苦しくなってしまう。
それでも――それでも――ここで倒れる訳にいかない。
「……奴を倒すわ……人々を苦しみから解放するにはそれしかない……」
人々を巨大生物から守る――それが防衛軍。ならば人々の苦しみから解放するのも、防衛軍の役目。
埋め込まれた住民全員が、殺される覚悟を持っていない事は分かっている。だが苦しみから解放するには、亀型巨大生物を倒すしかない。
そしてそれは、
「だから、あなた達は下がって!!」
汚れ役は、自分自身で十分である。
ブースターユニットから火を噴かせ、亀型巨大生物に接近。巨大生物が再び脚を振り上げるが、戦旗がブースタージャンプで回避。
近付いていく巨大生物の顔面。その頭上に到達した戦旗が自由落下し、顔面へと向かっていく。そして鉈を単眼へと振り下ろす。
落下エネルギーを利用した鉈の一振り。視界を潰すべく単眼に向かわせた――
刹那、単眼が蓋された。
「!?」
単眼を保護したシールドに、鉈が当たっていく。
虚しく響き渡る金属質の高音。そして巨大生物には、一切のダメージが入っていなかった。
「オオオオオオオンン!!」
佐藤は見た。モニター全体に、禍々しい口が開いていくのを。
スローモーションのように、ゆっくりと迫って来る。刻々と近付いてくる、死の瞬間。
――私は、こんな所で……。
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