第三十六話 獣の如き暴走
「アガ…………ガアァ……」
イジンは泣き別れにされてもなお、必死に動こうとしていた。
血反吐を吐き、
自身をこんな目に遭わせた人間に、復讐するかのように。
『いやぁ、しぶといね』
確かにフェイの言う通りである。しぶといと言うよりはしつこいと言った方がいいだろうか。
香奈はそのおぞましい姿に顔をしかめる。このイジンの生の執着は、見ているだけでも生理的嫌悪が増す。
一瞬にして殺そう。香奈がエグリムの頭部にある、30mmマシンキャノンを発砲しようとした……
時だった。
「キュオオオオオオオオオオアアアアア!!」
香奈の鼓動が早まる。背後から轟く禍々しい叫びが、彼女を驚愕させた。
エグリムごと振り返る彼女。視線の先にあったのは、美央が駆る神牙。その機体が頭を上げて咆哮をしていた。
あの咆哮は放熱の際の軋み音という事は知っている。だが、何か様子がおかしい……そんな異常な違和感を感じてしまう。
一体、美央は何をやっているのか?
「美央さ……」
「キュオオオオオオオオオオオオオオ!!」
返事すらせず、神牙が走っていく。それもあまりしない四つん這いの姿勢――獣の如き疾走で。
刹那、イジンの上半身が両腕を使って走る。互いに奇声を発しながら激突する一機と一体――押されたのは、元々瀕死状態だったイジンだった。
神牙の手によって、ビルの壁へと叩き付けられる。埋め込まれるイジン、溢れ出す瓦礫とデスクなどの機材、まるでその光景は鉄の雪崩のよう。
瓦礫の中で唸り声が聞こえてくる。今、荒ぶる獣がイジンの首を鷲掴みにし、青いカメラアイで睨み付けていた。
「……美央さん……?」
――まるで、美央じゃない。
暴力的な戦闘をする彼女であるが、今の神牙は彼女が操縦しているのだろうか? いや、そもそも瀕死の個体に対してあそこまでの追撃をする程、彼女は馬鹿ではないはずだ。
明らかにまともではない。
「美央さん! どうしました!? 美央さん!?」
『応答しろ美央!! 何をやっている!?』
優里も叫ぶ。だが返って来るのは、耳障りなノイズだけ。
香奈に焦りが出てくる。もしかしたら彼女はとんでもない状態になっているのではないだろうか? あり得ない事態に、どうすればいいのかと優里達に伝えようとした。
だがそれを言う前に彼女は見た――神牙の背後からイジンの下半身が迫って来るのを。アーマーギアの武装をばら撒かせながら、断面から無数の触手を伸ばしている。
美央が危ない。
「美央さん、後ろ!!」
その声が届いたのだろうか。神牙が下半身へと振り向き、尻尾を叩き付けた。
下半身が吹っ飛ばされ、香奈達の元へと転がる。エグリムや他機体が後ずさっていく中、下半身が再び動き出した。
狙い先は神牙ではなく香奈達。香奈がエグリムのクリーブトンファーで切り裂こうと構えたその時、横から一機の機体が走ってくる。
「フェイさん!?」
フェイが駆る野獣型アーマーローグ――キングバック。その右腕が縮むのを、香奈はこの目で確認した。
右腕で下半身を殴打し、地面に叩き付けていく。その直後、急速に戻る右腕。
キングバックの最大の武装――パイルパンチの圧縮開放。その質量エネルギーが下半身に伝わり、粉々に砕く。
驚異的な威力が、下半身を一瞬にして沈黙させたのだ。
「…………」
相変わらずの威力が、香奈に唖然を与える。
直後に轟音が発生し、彼女はハッとする。正面を振り向くと、何と神牙が壁にめり込んだイジンを殴っていたのだ。
殴打、殴打、殴打……絶え間なく続く暴力が、イジンから大量の肉片と血を撒き散らす。壁の中のイジンはもはや原型を留めておらず、ただの肉塊となっている。
それでも神牙は暴力をやめない。まるで狂っているかのように、何かに憑りつかれたかのように、その血まみれの両腕を振るい続ける。
ブレードアンテナまで裂けた巨大な顎部が、まるで笑っているかのような……。
「!? 美央さん、それは!!」
神牙の口内に、青白い光が灯された。
顎部や喉部が展開され、上半身に大砲が付けられたような状態になる。今まさに、それが放たれようとしていく。
「キュウウウオオオオオオオオオオオンン!!」
神牙の咆哮によって繰り出される、レーザーブレス。
肉塊と成り果てたイジンへと照射し、跡形もなく蒸発。さらに起こる強い熱風と煙により、肉塊がいた場所が見えなくなってしまった。
レーザーブレスが上へ上へと向かっていく。照射されたビルに形成される、一本の赤く光る線。それはレーザーブレスによって溶解された壁面。
ビルを寸断するその威力、そして神牙の理由なき発射。香奈達から言葉をなくし、圧倒させるには十分だった。
「……ガアアア」
香奈の耳に、獣の鳴き声が入ってきたような気がした。
直後にレーザーブレスが収束され、消えていく。神牙の顎部から大量の煙が吐き出されたと思うと、その漆黒の巨体がぐらりと力尽きていった。
「美央さん!!」
最初に駆け付けていくエグリム。戦陣改もアーマイラも、仲間達もエグリムの後を付いて行った。
近付くと分かる、肌を焼き付かんばかりの熱気。神牙に着くと、顎部から茶色のオイルを流れ出している。
あたかも、吐血のように……。
===
「そうか。やっと戦闘が終わったようだな」
広いオフィスの中、一人の壮年が立っていた。
白い背広が特徴的な、金髪の男性。皺の深みにより荘厳さが増しており、アメリカ人特有の長身さが、一種の威厳を生み出している。
男性が誰かと電話で連絡をしている。その相手側の声は、大人の女性を思わせる物だった。
『はい、神牙が謎の暴走を起こしたのですが、未確認巨大生物はすぐに掃討されたと』
「そうか……しかしさすがはアーマーローグだな。この前よこした三機の『ローグバスターズ』を倒したとは……やはり鹵獲じゃなくて君のデータ転送に賭ける事にしよう」
『もちろん
「分かった。ではまた連絡する」
電話を切る男性。その彼の目が、近くの大きな窓へと向けられていく。
絶え間なく広がる、アメリカの高層ビル群。アメリカという最大で強大な国が作り出した、鉄で出来た楽園。
そしてその下界には、工事に励む工事用アーマーギアの姿。あれもまた、この国が生み出した鉄の巨人。
「アーマーローグがあれば、軍事力を強大に出来るんだがな……」
彼がいる会社の名は、AOSコーポレーション。
かつて鉄の巨人を最初に生み出した、巨大な複合産業……。
===
「……ん……」
暗くて、何も見えない。ただ声が聞こえるのを感じる。
これは自分の声だろうか? そう認識した時、闇の視界が真っ二つに裂かれて光が差し込んできた。
最初、光で何も見えなかった。だが徐々に慣れてきたのか鮮明になり、やがて風景が見えてくる。
それは天井だった。灰色で、味気のない天井。
「美央さん……!」
「……!」
視界を動かしていく。映し出されたのは白くて殺風景な部屋。次に仲間である香奈……そして優里、飛鳥、フェイ。
皆にして、不安な表情を彼女――美央に浮かばせていた。
「皆……」
気付けば、美央はベッドの中で寝かされていたのだ。パイロットスーツも脱がされて、黒い薄着になっている。
そしてこの部屋は、恐らくドール社だろう。キサラギと同様看護室がある為、そこに連れて来られたと思われる。
おぼろげながらも、そうハッキリと確信する美央。そこに香奈が詰め寄ってきた。
「美央さん……一体どうしたんですか? いきなり神牙が暴走した感じになって……」
「……暴走……」
――そうだ。あれは確かに暴走していたのかもしれない。
突如として襲い掛かった、美央の中の
まるでそう、暴力の本能に身を任せるような……人間から獣に退化したような……そんな感じを思わせる。
あんな状態を美央は自覚をしていた。そして普通では体験出来ない違和感その物だった。
「……分からない……何があったのか……」
「……本当なのか?」
「うん……あんなの生まれて初めてだった……」
優里に対し、ただ美央は首を振るしかなかった。
本当に分からないのだ。あれは自分のようで自分ではないし、そもそも死にかけのイジンに対してあんな無駄な事はしないはずである。
あの状態――獣の本能が何なのか、それを答える者はいなかった……。
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