第十一話 防衛軍との交渉

 授業終了後、美央はまっすぐ家へと帰っていった。

 高校から遠く離れている為、最新式の電車を使ってその場所に着いた。高級未満平凡以上の、東京によくあるマンションである。


 エレベーターを経由して最上階の部屋へと入ると、見事な3LDKな空間が広がっていた。


「ふぅ、今日も疲れた……。シャワー浴びてこ」


 六月特有のジメジメさで、制服が汗でびっしょりである。

 早く汗を流そう――美央は早々とバスルームに向かい、制服を脱ぎ始めた。その中から現れてくる細身の身体と黒いブラジャーに包まれた豊満な胸。実にモデル顔負けのスタイルである。


「さてと」


 一糸纏わぬ姿。バスルームに入った彼女の身体を、シャワーの水滴が包み込んでいく。

 瑞々しい白い肌にはじかれるように、水滴が零れ落ちていく。滴り落ちるお湯の中で、美央は自分の身体を撫で回していった。


 ……気持ちいい。変な気分になってしまう。


「ん……」


 美央の頬に紅が染まるのは、その変な気分かお湯のせいか。実際の所、美央自身でも分からない。

 ただ悪くない。しばらくこのまま続けていたい……いつまでも……


「……!」


 そうはならなかったようだ。部屋中に呼び鈴の音が聞こえたのだ。

 誰が来たのだろうか。面倒臭そうに思いながらも、バスタオルを巻き付けた姿で小型モニターに向かう美央。


 タッチ操作で開くと、見覚えのある二人の人物が立っていた。


「あらっ、君達」

『突然の所すまない。中に入ってもいいだろうか?』


 光咲香奈と黒瀬優里。香奈の方は休暇なのか、可愛らしい私服を着ていた。

 自分の事を教えた二人が来たという事は、恐らく防衛軍絡みだろう。少々面倒になるかもしれない。


「うん。鍵空いてるから入ってきて」

『あっ、はい。失礼します』


 扉を開けて入ってくる香奈と優里を、美央はそのまま出迎えた。

 もちろんバスタオル巻いたままで。


「いらっしゃーい」

「はい、こんにち……って神塚さん!? なんて格好しているんですか!?」

「ああ、シャワー浴びてたから」

「いや、そういう問題じゃなくて!!」

 

 女の子にも関わらず赤面してそっぽを向く香奈と、呆れた顔をする優里。

 優里はともかく香奈は無理もない。バスタオルからチラリと見える形の整った谷間に、少し赤みを帯びている白い柔肌。美央の姿は、まさにエロスを感じる物なのだ。

 その香奈に、思わず美央が可愛いと思ってしまった。顔に怪しい笑みが浮かんでくる。


「何、どうしたの? もしかして緊張してるの?」

「そ、そういう訳じゃ……って近い! 近過ぎます!!」

「君、やっぱ可愛いね~。私が見込んだだけの事があるわ~」


 半裸姿で接近して、赤面する香奈の頬を突いた。

 こういうのを嗜虐心と言うべきだろうか。もう可愛くて可愛くて、香奈の頭を撫で回していく。


「もうその辺でいいだろう。それよりも風邪引くぞ?」

「大丈夫よ。こう見えてもあんまり風邪を引かない体質……クシュン……ごめん、ちょっと着替えてくる」

「ほれ見ろ」


 優里の言う通りである。くしゃみが出てしまうし、このままでは風邪をひきかねない。

 しばらく経ってラフな部屋着に着替えた後、香奈達をテーブルに座らせる。それから飲み物の用意をする美央。


「二人とも、オレンジジュースでいい?」

「あっ、はい。いただきます……」

「どうも」

「それで何の用かしら?」


 三つのコップに、オレンジジュースを注いでいく。 

 その音と共に、優里の声が聞こえてきた。


「防衛軍の上層部は、お前とその機体に興味を持っている。機体性能、実力、イジンという未確認巨大生物への有効対策……その他もろもろだ。それに……」

「それに?」

「同時にお前を危険視もしているのだ。詳細不明の兵器を使っている上に、もし反逆か何かで防衛軍に攻撃でもしたらまずいとな……」

「危険視か……。まぁ、当然か……」


 まるで制御不能の凶暴な獣か、人類を脅かす怪獣のような扱いである。

 それが怪獣の姿をした神牙と上手くマッチしているのだから、実に滑稽である。思わず苦笑してしまう。

 そんな美央が三つのジュースを、自分や香奈達の前に置いていく。


「……でも前に言ったように防衛軍には入らないけどね」

「分かっている。そこでお前を防衛軍の特別戦力に組み込む事にした。防衛軍に関わる訳ではないが、イジン関連の時に共同作戦に参加させる……まぁ、簡単に言えば傭兵のような物だ」

「なるほど……そういう風に来たか」


 そういう処置をとるだろうとは薄々思っていた。しかし機体を奪い取られるよりかはマシかもしれない。

 

「それで万が一の場合に備えて、お前を監視する事に決定した。その為にはなるべく近くにいる事となる」

「監視か。それで……君達がそうなのね」

「ああ、そうだ。接触した事がある我々となら効率がいいだろうという司令の考えだ」

「変に男だったらストレス溜まりそうだからね……」


 苦笑しながらもオレンジジュースを飲み干し、お代わりを注いでいく。

 ついでに少し減っていた香奈のコップにも入れておく美央。


「あっ、ありがとうございます……」

「どうも。それよりも話は分かったわ。別に困る訳でもないしね」

「感謝する。それと戦陣改をキサラギの格納庫に置いても大丈夫だろうか? いつでも出撃が出来るようにしたいのでな」

「もちろん」


 交渉は成立。美央が無言で手を差し伸べる

 優里が彼女と一緒に握手をする。続いて香奈にも差し伸べ、その小さい手を握っていった。


「何か神塚さんの言った通り、戻ってきちゃいましたね」

「私は必ず戻ってくるって信じてたわ。まぁ、これからもよろしくね」

「……はい」


 美央が見せた笑顔に、香奈の頬が赤く染まっていく。何とも可愛らしい姿である。

 それよりもこれで一緒に仕事する仲間が増えた。美央にとっては嬉しい事だ。


「ん……?」


 ポケットから振動が感じる。中に入っている携帯端末からであり、おもむろに取り出していく。 

 見ると一通のメールが着信されていた。どうやら如月からである。


「ちょいと失礼……」


 美央が早速内容を確認しようとメールを開ける。 

 短くも長くもない文章がそこに綴られていた。


『どうやら六日後に、新型アーマーローグ一機と訓練用アーマーギア二機がこっちに来るらしい。アーマーローグの名前は『アーマイラ』と呼ぶそうだ。

 そいつの管理はお前と薩摩さんに任せる事にする』


「……アーマイラ……か」

「アーマイラ? 何の事だ?」

「新型アーマーローグよ。六日後にこっちに来るらしいの」


 アーマーローグはによって造られている。話は聞いていなかったが、どうやら今でも新型を開発していたようだ。

 ただ問題が一つ――肝心のパイロットがいない。まずそれをクリアしないといけないようだ。

 となるとあれしかない。


「黒瀬さん、ちょっとその上層部……だっけ? その人にある事を伝えてくれるかな」

「何をだ?」

「実はね……」

 

 美央が優里へと用件を伝えていく。

 その内容とは……



 ===



 

「新しいアーマーローグとな?」


 防衛軍基地に戻ってきた優里が、早速川北へと美央の伝言を伝えるのだった。

 謹慎中である為、今は香奈はいない。ひとまず自分のアパートに戻って謹慎解除を待つだけとの事だ。


「はい、コードネームはアーマイラと呼ぶそうです。実はその機体に乗る人員がいないので、こちらから寄越してくれないかと神塚美央が申しております」

「……したたかだね、彼女」

「自分もそう思います。ですが一から人を捜すよりかは早いかと」


 それが美央の用件である。本来は防衛軍の軍人をスカウトする所だったらしいが、優里達と協力体制となったので、そのついでに人員補給を依頼したのだ。

 強引だなと優里は思っていたが、美央自身は無理なら別にいいと言っていた。そこまで言うなら一回位は川北に頼んでもいいかと、今に至る訳である。


 その川北が難しい顔をして、薄い頭をかいていた。


「どの隊員も部隊に入っているからね。抜く事は少しな……。

 あっ、そうだ」


 ふと何かを思い出したように、川北がデスクに戻る。

 中から取り出した一枚の紙を、優里へと渡していった。


「つい最近までここに若いのがいたが、トラブルがあって退役をしてしまったようだ。その仲間によれば操縦技術が優秀そうだったから、ちょっと掛け合ってみなよ」

「彼が……」


 その紙を手に取る優里。

 どうやら退職したその者の詳細書のようだ。名前と住所と電話番号、そして顔写真が記されている。

 退役したという事で少々不安に思うが、川北直々から優秀だと言っている。それで美央が納得するかどうかは定かではないのだが……。



 

 あの後、優里は人気ない廊下で電話をしていた。

 相手は事前に電話番号を交換した美央である。その彼女に川北の話を伝えるのだった。


「……という訳だ。退役はしているが別にいいだろうか?」

『ええ、構わないわよ。その人は私が何とかするから。それでどんな人?』

「ああ、名前は流郷飛鳥りゅうごう あすか。男性で年齢は十六歳。防衛軍にいた頃は一等陸士でイジン殲滅にも参加している。退役した理由は上官とのトラブル……まぁ、その辺はどうでもいいが」

『流郷飛鳥君ね。まぁ、イジン殲滅に参加しているのなら何とかなるわね。

 いいわ、電話番号とか色々な事を教えて。何ならファックスで送信してもいいけど』

「分かった。後で送る」

『うん、それと黒瀬さん……ありがとう』


 電話から聞こえる、美央の感謝の言葉。

 声からして申し訳なさが滲み出ている。少々強引な方法で人員補給をするのだからそう思うのは当たり前かしれないが、こう言われるとこそばゆく感じる。


「礼はいい。それよりも次の仕事があるから切るぞ」

『分かったわ。それじゃあ』


 美央の方から電話が切られた。優里は携帯端末をしまった後、すぐに廊下を歩いていく。

 長く殺風景なこの道には誰もいない。ただ彼女の靴音が、虚しく響き渡るだけである。


「変な事になってしまったな……」

 

 いつしか、彼女の口から独り言が出てしまった。

 最初のきっかけは神牙なる怪獣型アーマーローグの鹵獲だった。それから搭乗者の美央との協力になって、しまいには彼女から補給兵も頼まれる。

 今までなかったこの仕事に、妙な気分に陥る優里だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る