第五十九話 こんな事にならなければ

 少女は機械仕掛けの荒ぶる神と共に、破壊と蹂躙をばら撒いた。

 飽く事なき破壊衝動。その負の念に取り付かれた少女。故に怪物如き機械は、言わば破壊衝動の権化とも言える存在である。


 その機械がある日を境に、真の意味での『神』へと変わっていった。機械でもない、生物でもない、まさに人間が定義する『人智を超えた存在』。獣の姿を持った、決して抗う事は出来ない大災厄。


 少女は神と共に、最後の狩りを始める。同時に起こる神からの侵食――それは同化する事で完全な存在になろうとする、神からの生贄の要求。

 それでも少女は狩り続ける。人身御供になっても、神に魂を食われたとしても。




 ――それが彼女の願いだから。




 ===




「オオオオオオオオオオオオンン!!」

「オアアアアアアアアアアアアア!!」


 紅き獣の荒ぶる咆哮、蒼き獣の狂気的な叫び。


 白い有機体に包まれた海底油田。鉄骨が入り組んだ機械仕掛けの要塞で、二体が激突し合う。

 鉄の足場を踏み潰し、駆けていく雅神牙。そこをマシンライフルを放とうとするバハムートに対して、雅神牙は跳躍する。


 自身の倍はあるとんでもない跳躍が、一気にバハムートへと降下する。マシンライフルが発砲されて装甲が剥がされても、雅神牙は敵へと向かっていく。


 紅い身体がバハムートに伸し掛かった。軋み音を上げながらへこんでいく足場。更にマシンライフルは衝撃で、海へと放り投げられた。


「ハアアアアアアアア!!」


 破壊衝動を秘めた、その眼光を抱く美央。根元が折れそうな程に、操縦桿を乱暴に動かしていく。

 胸装甲に両腕の鉤爪を突き刺す、突き刺す、突き刺していく。それにより装甲の穴が開き、オイルか血のような黒い液体を垂れ流す。


 さらに首を捕まえ、近くの壁へと叩き付けた。崩落するコンクリートの壁、粉塵で見えなくなってしまうバハムート。その敵を、雅神牙は削るように擦り付ける。

 激しい攻撃は、まさに雅神牙の荒々しさを表現しているかのような……。


「ハァ……ハァ……!!」


 一方で、美央が苦しんでいる。額から大量の汗を流し、辛さを決して隠さない。

 今、彼女の両腕が青黒い皮膚に侵されているのだ。その皮膚が鉱物のように結晶化し、操縦桿と一体と化していく。


 これでもう、雅神牙から降りる事はままならない。一生、雅神牙と共にいる事となる。


 それでも美央は、気にする素振りを見せない。目の前のイクサビトを葬りたい――それしか考えていない。


「オオオオオンン!!」


 バハムートを放り投げる雅神牙。蒼い身体が、瓦礫と共に足場へと倒れ込む。

 刹那、立ち上がった。腕と脚を使うのではなく、倒れ込むモーションを逆再生したような仕草。目の当たりにした美央は、思わず不気味さを感じてしまう。


 装甲は一応ボロボロになっているが、稼働には支障なっていないようだ。舌打ちする美央だったが、悪態を吐く暇はなかった。

 何故なら、バハムートの両肩装甲ハッチが開けられたのだから。見えてくるのは何らかの銃口であり、その奥に光が灯していく。

 刹那、放たれる二筋のレーザーブレス。


「くっ!!」


 人間と思えない反射神経が、レーザーブレスを回避。安堵する美央……だったが、それは一瞬だけだった。

 横から唐突に現れたが、雅神牙の左肩に喰らい付く。直後として放たれる、もう一発分のレーザーブレス。

 

 光の一筋が、雅神牙の左肩を貫通。装甲や棘、肉体を溶解させ、左腕を切り落としてしまう。


 この時、レーザーブレスが遠くにいた巨大イクサビトと護衛艦を貫通。一瞬にして破壊し、蒸発させていった。

 だが美央は、その様子を捉える事はしない。


「……何だと?」


 彼女はハッキリ捉えた。左肩をやったのは、バハムートの右肩装甲だと。

 竜の顔に似たそれが、何と首を伸ばしている。しかも左肩装甲も同じように長い首を生やし、あたかもバハムートの両肩から竜の首を伸ばしたような姿になっている。


 肩装甲には鋭い牙を生やした口がある。その奥から、元々あったレーザーブレス発射口と同質の物を形成させているようだ。


 つまりバハムートは、両肩と二つの竜の顔──四つレーザーブレスを持っているという事になる。


「グオオオオオオオオンン!!」


 天を震わすバハムートの咆哮。

 両肩やそこから生えた二つの竜。その四つからレーザーブレスを、辺り一面に乱射する。

 海底油田が巻き込まれ、ズタズタに崩壊。原油にでも引火したのか爆発が起こり、炎の世界を生み出す。


 レーザーの雨を、雅神牙はとてつもない機動性で回避。同時に美央は思念を送り、雅神牙の左マニピュレーターからプラズマの爪を放出させる。

 光の爪をバハムートへと大きく振るっていく。鉄骨を切り裂き、パイプを溶解させながら、光の爪が敵を喰らい付こうとする。


 だが虚しくもバハムートは、レーザーをやめた直後に回避。さらに両腕のデストロイクローを展開させながら、急速に向かっていく。

 応戦しようと尻尾を振るう雅神牙だが、これも回避。そして美央が見るモニターに迫り来る、竜の翼如きデストロイクロー。


 その翼が、雅神牙の胸部装甲を貫いた。


「ガアア!!」


 飛び散る部品と装甲、漏れ出すオイル。デストロイクローがコックピットを掠め、部品がなだれ込む。

 部品の一つが美央の頭部に強打し、鮮血を迸る。意識を失いそうになる彼女だったが、執念と狂気が闇に眠るのを阻止させた。


 ――ヨコセ。


「……!」


 再び聞こえた。今はハッキリと脳に伝わる。

 直後、両肩の竜が雅神牙へと向かい、首元と脇腹に喰らい付いてきた。離そうと暴れる雅神牙に対して、長い首を使って暴れ回る双頭の竜。


 鉄筋の壁や足場へと、雅神牙を叩き付ける。その場がくず落ちそうになるも、双頭竜や本体たるバハムートは手を緩めない。


 やがて雅神牙を離すバハムート。ひしゃげた足場へと叩き付けられ、仰向けに倒れる雅神牙だが、すぐに立ち上がろうとしない。

 パイロットの美央もまた、頭と口から大量の血を流し、うなだれていた。


「……かっ……うっ……」


 視界があんまり見えなかった。鼻から血の匂いがし、口からもその味しかしない。意識さえ朦朧としてしまう。

 ぼんやりとした視界のままで、割れたモニターの奥で、巨大な影が動くのが見えた。頭部から光る瞳が、美央と雅神牙を見下ろしている。


 ――ソノチカラヲヨコセ。


「……よ……こせ……?」


 また脳裏に浮かんでくる、禍々しい声。

 それを発しただろう影――バハムートが、ゆっくりと腕を伸ばしてくる。よこせという言葉が本当であるならば、今その機体がしているのは……。


「……ハハッ……」


 この雅神牙を取り込もうとする卑しさ。嘲笑が出るのも無理はない。

 それに思うのだ。この機械仕掛けの化け物に取り込まれるつもりはない。美央には、果たさなければならない約束がある。




『私は、この身をもってあなたの遺産を潰す。死んであなたの元へと向かう。

 そして……あなたをぶん殴る……』




 そう、あの世に行って、父親に拳を入れるのだ。

 こんな化け物に取り込まれ、あの世にたどり着けるであろうか。そんな事をされる位なら、自分が作り出した荒ぶる神雅神牙に取り込まれる方がずっとマシだ。


 この雅神牙の中にいると、どうしてか心地よく感じる。この神に取り込まれるならば眠りに就く事ができ、そして父親に出会える。

 そう信じていた。そう信じたかった。イクサビトなんかに、負の遺産なんかに、自分の死を委ねたくない。




 だからこそ、この化け物バハムートはいらない。


「……雅神牙ぁ……!!」

「オオン!!」


 起き上がり、大きく開かれる雅神牙の顎部。狙い先は右肩から生えた竜であり、鋭い牙で喰らい付く。

 牙に突き立てられた首から、火花と部品。竜からは悲鳴。そこにもう片方の竜が雅神牙を喰らい付き、跳ね飛ばす。


 足場に転がる雅神牙。その一方、バハムートが怒りを露にするかのように、四門の発射口に光を纏わせる。

 起き上がろうとする雅神牙に対し、四筋のレーザーブレスが遂に放たれた。


「オオオアアアアアアアアアアアンン!!」


 雅神牙の雄たけび。その直後、背びれから放たれる神の雷。

 以前、飛行型イクサビトを殲滅した物だ。無数の稲妻が周囲に火花と火を与え、しまいには向かってくるレーザーブレスを相殺させていく。


 二つの力が合わさり、勝ったのは雅神牙の雷。レーザーブレスは拡散されていき、雅神牙の周囲へと着弾していった。 

 

 辺りに広がる火の海。二体の荒ぶる獣を包み込ませ、完成する焦熱地獄。その炎をバッグに、雅神牙が疾走する。


「ア゛アアアアアア!!」


 今度は雅神牙の咆哮ではない、神塚美央の本能的な叫び。

 もう人間的な精神で、雅神牙を操縦している訳ではなかった。人が進化の過程で失った獣の闘争本能と、敵を滅せんとする破壊衝動。この二つの執念で、美央という雅神牙のを強引に動かしている。


 美央はもう人間ではない。彼女は雅神牙の一部であり、荒ぶる神に取り込まれた……憐れな生贄。


「ウ゛アアアアアアア!!」

「オオオオオオオオオオオオンン!!」

 

 轟く美央と雅神牙の咆哮。バハムートもまた向かい、デストロイクローを振るっていく。

 雅神牙の右肩へと刺突。さらに片方のデストロイクローで、腹を突き刺す。対し、雅神牙も鉤爪で右胸を貫き、首元を噛み付く。


 互いのオイルが、装甲が、周囲に零れていく。両者共々、血まみれの姿になってしまう。

 その組み付きを打開したのは雅神牙の方だ。噛み付いた首元を引きちぎり、頭部の接続を弱めていく。首振り人形のように動くバハムートだが、そこを両肩の竜が襲い掛かる。


 右肩の竜が雅神牙の右肩へと噛み付き、装甲をひしゃげさせる。さらに左肩の竜が頭部に向かってくるも、レーザーブレスを放つ雅神牙。


 首が切断。地に落ちる竜。さらに右肩の竜にはテールクローで捕まえ、引きちぎる。

 これで両肩の竜はいなくなった。怯むバハムートを掴み掛かり、容赦なく壁に叩き付ける。


「ハハハハ……アハハハハハ! ア゛ハハハハハハハハハハハハ!!」


 笑っている。美央が、コックピットの中で狂った高笑いを上げている。

 だが本気で笑っているという訳ではない。まるで無理矢理にしているかのように、その嘲笑はぎこちない。


 彼女に迫り来る浸食という名の運命。人間に戻れなくなってしまう運命。もう二度と、香奈達の元に戻れない運命。

 死ぬのが怖いと、今になって思う。こんな事になければと、心の奥で思う。しかし運命は、美央の思いをいとも簡単に踏み潰し、着々と向かって来る。

 

 やはり怖い、死にたくない、しかし避けられない。美央に残されたのは、ただバハムートを倒す闘争本能だけ。

 だから笑っているのだ。こうなってしまった……自分へと。


「ハハハ……ハハハ……!」


 バハムートの右腕を引っこ抜く。掛かっていくオイルをも気にせず、今度は左腕をもぎ取ろうとする。

 だが力が入らない。何故なら、美央が泣いているから。自分の運命を呪うかのように、笑いながら瞳に涙を垂れ流していく。


 人類がアルファ鉱石を発見しなければ、


 母親が亡くならなければ、


 父親がアルファ細胞の研究に手を出さなければ、


 イジンが産まれなければ、


 アーマーローグ計画が発動しなければ、


 雅神牙という存在がいなければ、


 どれが一つがなければ、美央は普通の少女として生を全う出来たのに。


 何て脆い人生だっただろう。美央は狩りの中でそんな事を思いながらも、バハムートの左腕をもぎ取った。

 そして、


「ハハハハハ……死ねぇ……」


 思考のままに雅神牙を命じる。神の光を放てと。

 同時に、美央の身体が禍々しい結晶体に覆われ始めていく。コックピット周辺も結晶体が現れ始め、各機器機を破壊する。

 モニターもまた例外ではなく、外の視界が瞬時に真っ黒へと変わった。まるでそれは、死後の世界を表しているかのような……。


「オオオオオオオオオオオオンン!!」


 放った。最終兵器レーザーブレスを。


 至近距離の光に直撃させられ、断末魔を上げるバハムート。だが美央に届く前に、その青い身体が蒸発する。

 刹那、装甲内部から起きる爆発。雅神牙の姿が、爆風と黒煙の中へと消えてしまう。


 美央の結末は、誰も知らない。

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