第四十三話 破滅への序曲
アメリカ合衆国には地下があるとされている。下水道の事であるが、その規模は合衆国だけあって尋常ではなく、日本とは比にもならない。
その証拠として存在する、人間があまり余って入れる巨大な空洞。経年劣化故か所々錆び付いており、また照明もほとんどない。いわば闇と光の間の狭間と言うべき空間。
決して人間が容易く入れる所ではない世界。こんな所に入るのは怖いもの知らずの作業員か、それとも狂人位か。
だが聞こえてくる呻き声。人でも獣でもない、この世の物と思えない苦しみを形にしたような声。
空洞の奥深くで、それは発せられている。複数おり、身体中から緑色の粘液を垂れ流している。大きさはざっと十メートル程。
闇に浮かぶ赤い瞳が、煌々と輝いている。恨みと憎しみに燃えているような……悪意に似た光。
突如として、瞳が上へと見上げていく。あるのは錆びた天井だけだが、ハッキリと何かを感じ取っていたのだ。
本能が察知したのか、匂いで知ったのか。いずれにせよ、その異形達は求めているように見える。
そしてその痛ましい身体に鞭打つように、ゆっくりと動き出していった。
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「これがアーマーローグ……バハムート……」
エミリーの前に鎮座されている、異形の機械。
コードネーム――バハムート。頭部は二本角を生えた竜を思わせる形状であり、鋭い牙が生えた顎部も存在する。その両端には黄色く光る鋭いカメラアイ。
肩装甲が出っ張っており、まるで竜の頭を取り付けたような錯覚に陥ってしまう。ボディは筋肉質であり、その後部からは長く太い尻尾が垂れていた。
そして最も特徴的なのが、両腕に巨大な四本爪がある事だ。実はマニピュレーターと独立しており、『巨大な鉤爪状の武器をはめている』とも言える状態である。
まるで翼を思わせる形状をしている鉤爪。肩装甲といい、エミリーに三つ首のワイバーンだと思わせていった。
「AX―64 バハムート。まず武装は腰にある40mmマシンライフル二丁。他のアーマーローグにはない携帯式火器だ」
レーランドの言う通り、腰には二丁の巨大な銃が下げられている。形状からアサルトライフルを彷彿とさせる。
ついでにエミリーはある事に気が付いた。神牙はマニピュレーターが鉤爪になっている為、ライフルなどの火器は持てない。だがこのバハムートは鉤爪とマニピュレーターを別にする事で、火器を携帯させる事が可能となっている。
アーマーローグへの反省点が生かされているのだ。
「それであの巨大な鉤爪は、試験的に採用した攻防一体の武器『デストロイクロー』。素材はアルファ鉱石を最大限にまで圧縮し、硬度を高めた特殊製の物。見ての通り対象を突き刺す事も、畳んで銃弾を防ぐ事も可能だ。
そして君が提供したレーザーブレス……それを両肩に配置させてもらったよ」
「という事は二門でしょうか?」
「その通り。肩が大きいのは最新式冷却ジェネレーターを搭載しているからだ。しかも冷却を行いながら発射出来るので、神牙よりも連射が出来る。
まさにこれは最高傑作。取引先もデータを見るだけで大喜びだったよ」
そう言葉を並べれるレーランドは、まるで子供のように嬉しがっていた。
無理もないと、エミリーは心の中で思う。アーマーローグは設計思想がアーマーギアと異なっており、人型とは程遠い獣の姿をしている。
だからこそ、その機械仕掛けの獣を軍事転用をすればさらなる成果を出す事が出来るだろう。そう考えた米軍のある派閥が、AOSコーポレーションにアーマーローグ作成を依頼したという訳だ。
何故わざわざドールではなくAOSコーポレーションに依頼したのか――まずドールに依頼したら突っぱねられたからというのもあるが、その方が互いのパイプが強くなるという物。
単に簡単な取引をすればいいという訳ではないのだ。
「おっと、早速性能テストを始めるつもりだな」
レーランドが見ている先にいたのは、バハムートに乗り込む一人の人間。
黒いパイロットスーツとヘルメットを被った、文字通りの黒づくめの男性。米軍から駆け付けた試験パイロットであり、今からバハムートの調子を確認するようだ。
彼が乗った後、一旦蒼い機獣から離れていく整備員。直後、駆動音が鳴り響き、巨体が立ち上がった。
今、ここに巨獣の名を冠する機体が動き出す。辺りに湧き上がっていく整備員の拍手と歓声。
さながら、人智を超えた存在を歓迎するように。
「見たまえエミリー君、我々の最高傑作が動き出しているぞ」
「……ええ……」
レーランドもまた拍手を行っている。対しエミリーはどこか冷めていた。
彼女はただ仕事をしただけなのだ。スパイとしてドールに入り込み、データを奪っただけ。任せれた任務を機械的に遂行しただけなので、特に感銘など受けないのだ。
その彼女の考えに反して、レーランド達に喜びが上がっている。そしてバハムートが駆動テストの為に両腕を上げているのは、さながら天を仰ぐようなポーズである。
誰もが蒼き獣に魅了していく。自分達の潤い――つまり金となる存在と期待して。
『両腕型アーム、正常。続いて、40mmマシンライフル構え開始』
腰にマウントしたマシンライフルを、俊敏に取り出すバハムート。
いわゆる『抜き撃ち』のスマートな動作に、整備員から感嘆の声が上がっていく。続いてそれをしまい、デストロイクローを展開させていく。
爪が独立して稼働される。それはあたかも指を鳴らすような、慢心に満ちた行為。
さらにその爪が綺麗に揃えられ、閉じられた扇子の形となる。少々狭いが、コックピットから銃弾を防ぐ十分な盾になるだろう。
『稼働確認良好。後は武装確認』
「ああ、それは弾薬を補給させたらすぐにテストしよう。一旦そこで待っててくれ」
『了解』
懐から取り出した無線機で語りかけるレーランド。男性パイロットが指示に従って、一旦バハムートの腰を下ろしていった。
あくまで整備途中なので弾薬は装填されていない。万が一暴発したら危険であるし、敵もいないので装填している意味がない。
早速、整備員が弾薬の補給を開始している。その間にレーランドがエミリーへと話しかけていた。
「しかし、性能テストになりえる未確認巨大生物が全滅したのが痛いな。奴らさえいれば素晴らしいデモンストレーションが出来るのだが……」
「ただ生き残りがいるのではないかという仮説はあります。そのうちに来るのではないですか?」
「ハハハ、そうかもな」
核攻撃で葬られたイジンは、全滅させられたというのが通説。だが、やはり生き残りがいるという不安もある。
その時になったら、このバハムートの出番となるだろう。そうして蒼き獣の性能を世間を知らしめ、アーマーローグの実用化を現実の物とさせていく。
神塚美央――彼女が聞いたらどんな顔をするだろうか。彼女はあくまでイジン殲滅を目的としているのだから、案外無関係とばかりに知らない振りをしているのかもしれない。
思えば彼女には悪い事をした。事が終わり次第、連絡か何かで謝罪をしようとエミリーは思った
――時だった。
「!」
警報。突如として格納庫に鳴り響いていくサイレン音。
エミリーのみならず、仕事をしていた整備員、レーランドが見上げていく。呆然としていた彼らの中で、最初に声を出したのはレーランドだった。
「何事だ……!?」
疑問に答えたのは、意外にもバハムートのパイロットである。
『レーランド本部長、約100メートル先に複数の反応があり! これは……未確認巨大生物です!!』
「な、何だと!?」
騒然が、この格納庫を支配する。
エミリーもまた動揺を隠せないでいた。生き残りがいるとは思っていたが、まさかこのピンポイントに来るとは思ってもみなかった。まるでバハムートを求めているかのようである。
いや、逆説的に言えば、イジンはバハムートの気配を感じ取って来たのではないだろうか? 人間には知るよしもない超感覚を持って、このアーマーローグを直感的に感じ取ったのではないだろうか?
アルファ鉱石を由来した装甲を持つアーマーギア。その鉱石に寄生していたアルファ細胞が変異したイジン。方や機械、方や生物の、文字通りの分身。
人智を超えた惹かれ合いが起こっても、何ら不思議ではないのだ。
『どうやらこっちに向かっています! 緊急発進する!!』
「ああ、任せたぞ!!」
離れる整備員。再び立ち上がるバハムート。
壁にあるシャッターが少しずつ開き、外の風景を覗かせる。ただあまりにも遅過ぎるので、バハムートが強引にシャッターを開けていった。
そこでエミリーは見た。外に展示させれていた軍事用アーマーギアを、複数のイジンが取り付いているのを。
核の影響か、血だらけになっている怪物達が溶け込み、アーマーギアへと染み込んでいく。浸透が終わった後、立ち上がっていくのは白い装甲と赤い一つ目を持った巨人。
融合したのだ。イジンがアーマーギアの力を取り込む瞬間を、エミリーとレーランドはこの目で確かめるのだった。
「何という……未確認巨大生物にそんな力が……」
「……とりあえず避難しましょう。早く」
レーランドが呆然としている。エミリーが彼を引っ張るように連れて行き、格納庫から避難を始めていった。
格納庫の外に出ていくエミリー達。そこで彼女は、広場で繰り広げられるイジンとバハムートの戦いを目撃する。
右腕を剣状の武器にしているイジン。対しバハムートがデストロイクローを展開させ、その剣を受け止めた。
響き渡る金属音。直後にバハムートが蹴りを入れ、イジンをダウン。首の隙間にデストロイクローを突き刺す。
切れた箇所から溢れ出す血液。だがバハムートは意を介さず、背後に迫るイジンに振り返った。
掲げた40mmマシンライフルが火を吹き、イジンの単眼に着弾。透明な液体を垂れ流して悶える個体に、バハムートが肩装甲を展開させる。
見える砲口。そこに光が集まっていく。
直後、二本の光の筋が放たれた。光がイジンを容易く貫通させ、上半身半分を溶かしてしまう。
閃光とかすかな熱気が、立ち止まっていたエミリー達に襲いかかる。そんな中、バハムートが身体を反転させて背後のイジンへと浴びせようとしていた。
まず一体目。直撃を受けたその個体は泣き別れをさせられ、血みどろの上半身と下半身を地に伏せていく。
続けて残り二体に着弾――はしなかった。その身体を上空を飛ばし、回避されてしまう。
見上げるバハムートとエミリー達。彼女達が目撃したのは、何と先程と姿が変わった二体。
人型だった身体が、一瞬にして
目を離した隙に起こった形態変化は、この場にいる人間達を驚愕させていく。そんな彼らをよそに、ハッキリとバハムートを捉えるイジンの単眼。
刹那、下部から何かが放たれる。速くてよく見えないが……あれは間違いなくミサイル。皮膚で出来たミサイルだった。
『くそっ!!』
生体ミサイルと呼ぶべき物体を回避するバハムート。そのいた場所に起こる醜い血しぶき。有機的であるが為に起こる、何ともおぞましい光景。
バハムートがマシンライフルを向けようとする。だが機体の動作よりも早く射出されたミサイルが、右腕に直撃。続けて腹部に二発目――蒼いボディを血塗れにしていった。
悲鳴はなかった。無言で倒れ、地に伏せる蒼い獣。誰もがその瞬間を、呆然と見守るだけだった。
ただ一人の男だけを除いて。
「バ……バハムートが……」
あの機体を開発した張本人であるレーランド。彼の目に映るのは、自分が精一杯育てた子供を殺された瞬間だろうか。
だが彼の思いを踏みにじるように、二体の飛行型イジンがバハムートへと降り立っつ。何をするのか――それはおぞましい白い皮膚を溶かし、バハムートへと浸透させていくのだった。
その際に廃棄されるアーマーギアのフレーム。装甲の隙間に染み込んだイジンが消えた時、バハムートが立ち上がる。
パイロットは無事なはずがない。十中八九、イジンが憑りついた故の動き。現にその禍々しい瞳が、立ち止まっていたエミリー達を睨み付けていく。
エミリーは見た。自分へと放たれる二門のレーザーを。自分達を冥府へと誘う、死の光を。
そう認識した瞬間、彼女の意識はその場所と共に蒸発してしまった。
「……オオオオオオンン!! オオオオオオオオオオオオンン!!」
燃え上がる前方。見つめていたバハムートが上げるのは、獣如き禍々しい咆哮。
周囲では、後になって現れた複数のイジンがアーマーギアと同化し、飛行型へとなっていく。バハムートに集まるその者達は、あたかも眷属の如く。
そしてこの日を境に、人間の秩序は破滅へと向かおうとしていた。
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