12

 港を中心に、山の中腹まで集落が広がっている。港の一番端にある屋敷と、海の間くらいまで歩いてきた。

 ジャカは住民に好かれているようだ。店の前で呼び込みをしている男や、散歩をしている老人。港の人間で、彼を知らない人はいないようである。

 ジャカの隣を歩く竜日も声をかけられる。


「貴女が噂の救世主様か!」

「海賊を一人残らず倒したそうだな!」

「しかも無傷で!」

「服に汚れすらなかったって聞いたぜ!」

「汚れはあったよ、ほら」

「それ以外はホントなのかよ!?」


 表通りはそんな調子で、竜日はジャカに隠れるように歩いていた。路地に入るといくらか落ち着く。

 レンガ作りの住宅が立ち並び、路地だからと言って暗い印象はない。一転して、静かで穏やかな雰囲気となった。

 竜日とジャカの間を小さな子供が二人、駆け抜けていく。それを見送る竜日を、ジャカが見下ろしていた。


「喧嘩ですか」


 竜日が目を丸くしてジャカを見る、ジャカは「お連れさんと」と続ける。


「どうしてわかったの?」

「昨日より怒ってるように見えたんで」

「……怒ってた?」

「ご自分でこれは八つ当たりだーって言ってました」


 あの時点では、ジャカを助けることが良いことか悪いことか判断できなかった。ただ、もしもジャカが致命的に悪い人間であったとしても、海賊側を誰も殺さなければ取り返しはつく。

 港の様子を見るに、間違いではなかったのだろう。

 トーリとカルも必死だった。

 たぶんこれでよかった。

 しかし、このままではいけない。最人を家に帰さなければ。港を救った救世主とは言うが、事態は、ひたすら最人に都合がよい形だ。


「喧嘩と言うか、意見が割れてる」

「そういうのは喧嘩っつーんじゃないですか?」

「なら、喧嘩してる」

「救世主様でも勝てねえ喧嘩ですかい」

「私は、なにをしたって最人には勝てない」

「てことは、今は、折れる為の時間?」

「今回ばっかりは折れるわけにはいかない」


 どうにかする方法を考える為の時間だ。


「けど……」


 実際、やっていることはただの逃げだ。同じ空間にいるのが怖くて飛び出して来た。

 飛び出して来たが、戻った方がいいかもしれない。最人が無事に家に帰るまでは、近くで守らなければならない。いいやそれでは今まで通り、最人の思うシナリオ通りだ。とは言え、ここがどういう場所かわかるまでは、一人にしない方が。


「ジャカさん、やっぱり――」


 ジャカを見上げると、頭を抱えて空を仰いでいた。


「ど、どうしたの」

「そんなことが聞きてえんじゃねえのに。の頭抱えです」

「なに?」

「実は、助けて貰ってる時から、いや違うな、顔見た瞬間から聞きたいことがあって」


 花壇に、見たことのない花を発見した。深い紫色で、大きな花が咲いている。ジャカのシャツの柄と同じだ。

 ジャカは大きな身体をふらふらさせながら、視線をあちこちに散らせていた。


「もうその、お連れさんから聞いて知ってんですけど」


 照れたように笑って頬を掻く。そのあとしっかり竜日と目を合わせた。


「救世主様の名前を聞いても?」

「……伊瀬竜日」

「ありゃ。じゃあイセさんがお名前で?」

「竜日伊瀬かも」

「リューカさん?」

「うん」


 リューカさん。ジャカはもう一度音を確かめるように呼んだ。リューカも、もう一度「うん」と返事をする。


「俺はジャカ・ビレイと申します」

「うん、聞いた。覚えてる」

「リューカさん」

「うん」


 ジャカは数歩竜日から距離を取って、深く頭を下げた。勢いよく下がり、直角くらいでピタリと止まる。


「本当に助かりました。ありがとうございます」

「ううん。実は私たちの方が助かっているから」

「まさか本当に、予言通りの人が助けてくれるとは」

「予言?」

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