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 サヒ市へ向かう馬車の中だった。ロアと、もう一人老齢な男が乗っている。他の構成員は連れてこなかった。ロアは草原の広がる外を見ながら淡々と問う。


「わざわざ私たちが出て来るようなことでしょうか」

「ま、なめられたままってのも面子が保てんだろう。相手はガキだって言うじゃねえか」


 トロー組が束になっても勝てず、アンジュも一向に勝ちが拾えず、しかし、良い試合をするし、住民からの人気も高いせいで出禁にすることもできない。どうにか話をつけて貰いたいと泣きついて来た。聞けば素性もわからず、弱味がないせいで絡め手も使えない、などと下らないことを言っていた。


「わざわざ、私たちが話を付ける必要があるでしょうか」

「ま、トローも引くに引けんのだろうさ。なんだ。嫌に渋るな。人事に不満でもあるのか?」

「いいえ。とんでもございません」

「さくっと勝ってくれりゃあいい。それで話も早く終わる」


 自分達が出て行く必要はない、大したことのないトラブルだ。ただ、アンジュが連日負けるとなると、万が一を考えて、しかたがないから出て来てやった。演出だった。ステージの上で立って、その相手を待った。

 初見で、大したことはないと判断した。しかも女で、えらく細い。

 しかし、一度目の立ち合いの後、ロアの攻撃が当たることは一切なくなった。向こうは手を使う必要もなさそうだ。

 ――なにが、判断した、だ。

 判断などできなかった。判断ができないくらいに格上。だというのに、この女は間違いなく、立ち合いをはじめた直後は同じところにいた。

 ――なにが、なかなかやる。

 今、この女は勝つ気がない。ロアの力量を正確に見極めた後、最小限の労力で攻撃を避け続けている。時間を稼いでいる。否、考えている。引き分けにするべきか、勝つべきか。あるいは、負けるべきか。全ての選択肢を眺めて、どれを選ぶか迷っている。

 すなわち、自分の目的の達成の為には、どうするのが良いか。

 会場は静まり返っていた。実況すらも言葉を失っている。竜日はただ避けているだけだ。防戦一方であるという見方もできるはずなのに、全ての人間がわからせられている。本当に強いのはどちらか。

 距離を取ったタイミングで、ぽつりと言う。


「――まあ、勝っておくか」


 竜日はようやく決めたらしい。


「その方がいい気がする」


 来る、と身構えた瞬間。視界から消え、真下から顎を殴られた。意識が遠のくと同時に、ひどく安堵した。ああ、ようやく終わった。

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