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 泊っている宿に手紙が届いた。

 手紙には「今夜闘技場に来るように」と書かれていた。戦う必要はないのかと思っていたが、闘技場は満員で、ステージの上には白髪の男が立っていた。すらりと細長く、背筋を伸ばして待っている。

 竜日が闘技場に入ると、超満員の観客たちが歓声を上げた。『モモ』は竜日のことで、もう一人は『ロア』と呼ばれていた。

 歓声から情報を拾う。「モモがんばれー!」「ロアやっちまえ!」「ロアー! 若造をぶっとばせー!」「前々チャンピオンの意地見せやがれ!」「勝てー!」「アンジュの仇取ってやれー!」「歴代最強の力見せろー!」アンジュの前のチャンピオンだったのかもしれない。大変に人気だったようで、竜日の応援の声はほとんどない。


「リューカさん、あいつ結構」

「うん。強そうだ」

「……もし、やばくなったら」

「負けそうに見える?」


 驚いたような声だった。トーリは竜日の表情を見てびくりと震え、ぐっと唇を噛んだ。両手で自身の頬を叩く。


「いえ! リューカさんは絶対勝ちます!」

「うん。ありがとう」


 竜日はそのまま、真っ直ぐステージに上がった。奥の方にアンジュが立っている。腕に巻いているバンダナの色は青だ。ロア、と呼ばれていた。ダンガ一家の構成員なのだろう。トロー組はにやにやと笑って、勝ちを確信している。


「よろしくお願いします」


 ジャカと同じくらいの身長だ。ただ、ジャカよりも線が細く、すらりとした印象を受ける。シャツを肘まで捲って、仁王立ちをしていた。抜き身の刀のような印象だった。顔に刻まれた皺と眼光の鋭さが、そのまま、威圧感となって竜日に伸し掛かる。


「……お前、女か」

「だよ」

『さあ、世紀の大一番だ! 歴代最強と名高いロア選手と、日夜アンジュと激戦を繰り広げているモモ選手! 果たして勝つのはどちらか!?』


 カウントダウンが始まる。


『この歴史的戦いを見守るみなさん! どうぞご一緒に!』


 会場が揺れていた。新聞にも記事が出ていて、遠方からわざわざ見に来た観客もいるようだ。サヒ市は日々人が増えていて、宿屋も連日満室であると喜んでいた。

 竜日は結んだ髪に触れて結び直す。ただ結び直すだけではなく、襟足も長い前髪も全部をまとめた。


『ファイト!』


 観客の歓声と共に突撃した竜日の拳は止められた。大きな手で掴まれ、空いている右拳が迫る。竜日は左拳で手首を掴むと、そのまま空中に放り投げる。着地と同時に今度は膝、それもまた止められ反撃を受けた。竜日がロアにやったのと同じように空中に投げられ、ロアは落下中の竜日の方へ飛んだ。左拳を避け、ロアの腕を掴んでするりと身体を翻す。後ろを取ったと思われたが、ロアも身体を捻って正面を向いていた。竜日の蹴りと、ロアの拳がぶつかり、お互いに距離ができる。

 見入っていた観客が息をする音がした。

 ワンテンポ遅れて歓声。


「……元々は刀を使うひとだね?」

「……お前は本気じゃあないな」


 この世界に来てから一番気合を入れてはいた。


「どうしようかな」

「引き分けにするつもりか?」

「引き分けにしたらどうなると思う?」

「あまり舐めてくれるなよ」


 ロアは一歩で竜日と間合いを詰める。右拳、左拳、もう一度右拳と鋭くパンチを繰り出すが、竜日には掠りもしない。竜日は反撃せずにしばらくロアからの攻撃を避け続けていた。

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