23

 最人とカル、トーリと竜日は四人で詰所へついて行くことになった。


「別人? 本当に……?」


 聞けば、國立最人の容姿と行方不明になった、領主の無ず子と瓜二つなのだと言う。

 領主アッサム・チバンの息子、アレーン・チバンは、声も立ち居振る舞いも最人と違うところを探す方が珍しい、と騎士は言う。

 私兵、ということだったが正しくは、王都で試験を受け、地方に配属されている騎士のようだ。基本の給料は国から出ていて、働きに応じて領主からボーナスが出ることもあるらしい。領主が個人的に雇い入れた、所謂私兵とは一線を画す、と説明を受けた。

 ――私兵、と言われるのが嫌なのだろう。

 彼らの詰所は、ビレイ組の事務所の反対側、領主の家のほど近くにある。詰所兼寮であり、山を開いた訓練場もあるが、他の騎士とも、侍女とも出会わなかった。訓練場の端で、酒瓶と一緒に転がっている男が一人いるだけだ。

 騎士の二人はよく似た顔をしており、年子の兄弟だそうだ。兄はデュオ、弟はドッグ。二人とも幼い頃領主に拾われ、この詰所で育ち、正式に騎士となって帰ってきた。領主とこの町には恩があると語った。


「残念ながら、別の人間です」

「……本当に?」

「ええ」


 簡素な応接間に通され、何度も同じやり取りをしていた。竜日は危険がないとわかって、あまり集中していない。窓から外を見ている。

 デュオとドッグは顔を見合わせ溜息をついた。


「アレ―ン様が帰って来られたのかと思ったんだが」

「オイ、そんなことより言うべきことがあんじゃねえか? あ?」


 騎士二人も、自分たちが八つ当たりをしている自覚があるのか顔を歪めた。「トーリ」竜日は左手でトーリの頭を鷲掴みにしている。あの力である。頭蓋骨なんて簡単に割れる。無論そんなことはしないけれど、トーリよりも周りのほうがぞっとした。


「へいっ! すんません!」


 トーリは小さくなってぎゅっと口を閉じる。竜日は騎士二人に問う。


「よっぽど弱っているんだね。領主様は」

「元々、優しい方だったからな。アレ―ン様が出て行かれてからは抜け殻のようだよ。公務も手つかずで、食事もほとんどされていない。今はメイドが二人、どうにか命を繋いでいるような状態だ」

「君達から見ても、山向こうの領主が入ってくるってのはあり得ないの」

「本気で言ってるのか?」

「噂でしか知らないから、どうなのかと思って。会ったことある?」

「何度も訪ねて来られている。散々だぞ。珍味だと言って毒を食べさせようとしたり」

「それは犯罪では?」

「奴らには第三王子に気に入られているから、知らなかったと言われて終わりだ。悪気はなかったとな」

「そのアレ―ン様とやらを探すのは?」

「もう探した」

「見つからない?」

「いいや」

「ああ」


 兄のデュオが否定し、弟のドッグは肯定した。二人は顔を見合わせ、弟の方が「悪い」と謝っていた。デュオは続ける。


「死んでいたよ。二つ向こうの山で、追剥にあったんだろうな。予言者が指定した場所に行ったら亡骸が裸で転がっていた」

「そりゃ幸運だったな。獣に食われてわからなくなってても不思議じゃねえ」


 幸運だったのだろうか。トーリの言葉を誰も咎めないし、騎士の二人も頷いている。


「我々はそれを見たのに、未だに信じたくなくてな。アレーン様が帰ってきたのだと本気で思ってしまった」


 デュオとドッグはただただ落胆している。竜日と(正確には住民と)揉めていたことなど忘れてしまったのか、写真でも眺めるみたいに最人を見ていた。


「他に血縁者もいないし、立ち直って貰わなければこの港は乗っ取られてしまう」

「なんだかそれは、ビレイ組も困るんでは?」


 竜日は呑気にカルに視線を投げる。トーリはわかりやすく拗ねているが、カルは真面目な顔で竜日に答える。


「それはもう。領主様とは先代の頃からうまくやってましたし、領主様が変わると同時に山向こうの奴らが入って来て、俺達はシマを奪われて……。そうですね、良くてより下位の組織として使われるか、悪くて見せしめで皆殺しでしょうね」

「物騒だなあ」


 拳一つで空気を凍らせた女の言うことではない、と騎士の二人はやや引いていた。その間にもドッグの方はちらちらと最人に視線を投げている。兄に諫められ肩を落とす。

 トーリとカルが竜日に助けを求めた時と似ている。


「領主はまだ、息子が死んだことを知らないんですね?」

「それはもちろん。言えるわけがない」


 最人がデュオに問うと、彼は一瞬ビクリと震える。そのあと、じっと最人を見た後に首を横に振った。どうしてもアレ―ンという男に見えるようだ。


「僕が、記憶を失ったことにして領主邸に入ったらどうなると思いますか」

「どうって、」


 兄は困惑していたが、弟の目は輝いていた。


「見た目も声もそっくりだ。幼少期から一緒だった我々が別人とわからなかったわけだから、領主様も気が付かれないのでは。いや、例え気が付いたとしても、言及できないのではと、思う」

「ドッグ!」


 兄は弟の肩を揺すった。


「記憶を失った僕を、二人が見つけて来た。これでどうです」

「それは」


 最人はちらりと竜日を見る。竜日の顔色が曇るのを見た。ビレイ組はなんの後ろ盾もない組織。民衆からの信頼だけで成り立っている。新しい領主が彼らを締め上げるようなことがあれば、彼らは仕事をし辛くなる。

 領主に、立ち直ってもらう。


「僕はこの組に世話になっている身ですから。ここで暮らせなくなるのは困るんです」


 もっともらしいことを言って、軽く微笑む。


「どうか協力させて下さい。この港が不利になるようなことは、絶対にしない」


 竜日が力づくで自分と共に生きることを拒否するなら、こちらも力づくで手に入れることを考えて、何が悪い。

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