02

 最人とは小学校五年生の時くらいからの付き合いであり、桃香とは中学二年くらいから友人だ。最人の用心棒のように近くにいた竜日は、それはそれは桃香の不興を買っていた。


「婚約者なんだから」


 桃香はそう、怒り狂いながら繰り返していたが、竜日があまりに自分のことに頓着がなく、素直に言うことを聞くものだから哀れになったらしい。遂には積極的に竜日の世話を焼くようになった。

 竜日は先に待ち合わせ場所に到着して、ぐるりとあたりを散歩して、勝手にクルーザーの中で待っていた。

 一次停泊用の桟橋に、最人と同じくらい付き合いが長い、最人の執事が立っている。ここまでクルーザーを移動させて、後はまた夕方に迎えに来てくれる事になっていた。


「今日も坊ちゃんと桃香様をお願いしますね」

「うん」


 佐々木はじっと竜日を見た。竜日は視線に気づいて見つめ返す。


「大丈夫だよ」

「ええ。それはもう。あなたはどんな時でも坊ちゃんと、桃香様を守ってくださっていました」

「大前提として、二人が私を選んでくれたというのがあるけど」


 でなければ、側へ寄ることも許されない。そういう二人だ。佐々木は穏やかに笑う。

 釣り人が一人見えた。海に釣り糸を垂らしなながら、浮きを見るのをさぼって、桜を眺めていた。


「花見でも良かったな」

「竜日様」

「ん」

「今晩、坊ちゃんはフランスのお父様のところへ出発いたします」

「今晩か」


 桃香も一緒に行くという話は覚えていたが、今晩とは知らなかった。それなら、花見はできない。


「本当にありがとうございました。無事に高校を卒業できるのは、竜日様のおかげでございます」

「私は」


 なにもしていない。竜日は言葉を飲み込んで体を反らせて空を見た。


「明日から、友達を作らないと」

「竜日様なら引く手数多です」


 竜日は土木系の企業に就職が決まっている。社長のことは子供の頃から知っていて、社員の中にも竜日を知ってくれている人は多い。同年代もそこそこいると聞いた。

 暇を持て余してクルーザーの屋根に登り始めたところで、最人が黒いリムジンでやってくる。「あれ?」桃香の姿はない。


「桃香ちゃんは?」

「来れなくなったんだ」

「なんで?」

「体調が良くないそうだよ」


 佐々木が最人に頭を下げて、クルーザーのキーを渡した。「ありがとう」佐々木はそのままリムジンに乗り込み、まるで、逃げるように出発した。

 再人は一人でクルーザーに乗り込み、エンジンをかける。


「竜日」


 コックピットから、叫ぶように竜日を呼ぶ。


「桃香ちゃんが行かないなら、行かない方がいいでしょ」

「大丈夫。二人で行っていいってことになってるから」

「だけど――」


 ポケットの中のスマートフォンが震えた。

 竜日はスマートフォンを確認する。桃香からメッセージがきている。「え」信じられない文面だった。思わず短い文を声に出す。『ごめんね』から始まっている。


「二人で行ってきて……?」

「ほらね」


 飾り気のない文章だ。打ち込んで、送信ボタンを押す桃香を想像する。


「お見舞いに行こうよ」

「いいから。こっちにおいで」


 スマートフォンの画面と、最人の顔を交互に見た。

 何故だか、行ったら帰れない。という気がする。こういう時は行くべきではない。竜日の足は動かなかった。


「なんで? 桃香ちゃんのところへ行こうよ」


 不安で、怖いとすら思っている。それがどうしてか、言葉にすることは出来なかった。

 竜日は言葉にできないが、最人の主張は明確だ。


「最後だから」


 鮮やかな水色の瞳に、くるりと光が反射した。眉間に皺を寄せて、今にも消えてしまいそうな弱々しさを隠しもしない。


「これで最後だから、頼むよ」


 何が起きても、自分が守って、家に返せばいい。そうしたら、桃香も佐々木も、最人の周りの誰も悲しむことは無い。

 一つに縛った髪の結び直す。


「わかった」


 これが最後だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る