08

 波の音がはっきりと聞こえるようになった。

 遠くで海鳥の鳴く声もする。

 竜日は白い太陽の光を浴びて息を吐く。

 ――終わった。

 ジャカはマストの根元から立ち上がり、恐る恐る竜日の傍に寄る。「あのー」竜日は服の汚れを確認する作業を中断して、ジャカを見上げた。


「えっと、その、怪我、ねえですか」


 怪我、以降は声が小さく聞えなかった。竜日はジャカの身体を改めて見る。この船の上にいる誰よりも重傷だ。


「どこか痛む? ひどいことするね」

「いやいやいや、俺じゃなくてあなたのことですよ」

「私?」


 竜日は自分の身体を確認した。返り血で汚れたくらいだ。損傷はない。「……すんません」見ていたから知っている。わかりきったことを聞いてしまって恥ずかしくなったらしい。ジャカはがくりと肩を落とす。


「ごほん」


 咳払いをしてから改めて聞く。


「あなたは天使様ですかい? それとも神様?」

「人間」

「すんません……」

「さっきからなんで謝ってるの」

「聞きたいことはこんなことじゃねえのにっつーのと、下んねえこと言ってんなってのが」


 甲板を歩いて、クルーザーを待たせている方向を見た。空が白んできている。トーリが大きく手を振って、カルも同じくらい身を乗り出しているのが見える。ジャカもトーリとカルを確認したが、軽く手を振ると、すぐに竜日に視線を戻す。


「あなたは、傭兵さんですかい?」

「いや、あー、うーん、そうかも。部分的にそう」

「へえ、通りで強いわけだ」

「ただの八つ当たりだよ」

「八つ当たり?」

「私も、ひとつ聞きたいんだけど」

「もちろん。ひとつと言わず、なんでも答えますぜ」


 トーリが叫ぶ声がする。カルもなにか言っていて、更に後ろに最人の姿があった。


「……やっぱりなんでもない。連れと合流してからにする」


 最人の後ろには港が見えている。

 建物は西洋風の煉瓦造り、停泊している船も、モーターがついているようなものや、エンジンを積んだものは見当たらない。竜日はぎゅっと拳を握った。


「あなたみたいな人にも、怖いものがあるんですねえ」

「うん」


 港の奥は山であり、中腹くらいに城のような大きな建物も見えていた。

 さらに、山の頂上よりも更に上、薄い雲からなにかでてきた。白く、細長いものが揺らめく。頭部と思われる部分には木の幹のような角。体は鱗に覆われているのだろう。朝日を受けて、きらきらと光っていた。


「あれなに?」

「ああ、ちょうど月はじめですからね。あの龍は、いつも新しい月が始まる最初の日に、ああやって山の向こうを飛んでいくんですよ」


 竜日がじっと山の向こうを見ていると、その内、最人も振り返って山を見た。


「……きれいだね」

「そうですねえ」

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