07


 五十人くらいは楽に乗れそうな、大きな帆船であった。

 錨に繋がる鎖からよじ登り侵入する。ドクロマークの旗が掲げられていて、あまり現実感がない。


「あれか」


 竜日は、メインマストに磔にされた男を見上げる。

 かなり痛めつけられたようで、服が破れていたり、血が滲んでいたりする。銀色の髪も赤く斑である。

 月光に照らされた顔は何もかもを諦めた様子であった。竜日の気配に気がつくと、残った気概をかき集めるように息を吸う。


「見せもんじゃねえんですがね」


 深い赤色の瞳が見えた。


(また、あの顔だ。)


 大きな体がぴくりと震える。竜日を見るとハッと目を見開いていた。信じられないものを見た、というような。


「――あなたの部下の、トーリとカルに頼まれてきた」

「あいつらが?」

「ジャカさんで間違ってない?」


 銀色の髪に、細く鋭い赤い目の大男は曖昧に返事をする。


「はあ……」

「よかった」


 ロープは太く、何重にもなっている。竜日は周囲をぐるりと見て、それから体を回してマストを蹴った。表面の木材がばきりと大きな音をたてる。「え」木片を手で剥がして、ロープに当てた。


「え、あの」

「こんなんじゃ駄目か。折る方が早そうかな」

「折る?」


 マストに損傷を与える程の蹴りは音と衝撃もすさまじく、マスト上で周囲を見張っていた者や、船内にいた者が慌ただしく甲板へ出て来る。


「なんだ今の音は!?」

「見張りはなにやってんだ!」


 出て来た船員は武器を所持している。ハンマーのようなものや、小剣など。銃火器の類は見当たらない。船首の砲台にも数人が付く。マストの上で見張りをしていた者が一早く竜日の存在に気付く。


「侵入者だ! マストの傍に一人!」

「ジャカの仲間か!?」


 マストを取り囲むように船員が集まる。数は三〇程度。対して、派手な音と振動の割に侵入者が一人。船員達は状況を確認すると安堵し、嘲笑した。


「おいおい、いくらなんでも人望ってもんがねえな!? そんなボウズ一人しか来てくれなかったのか!」


 男はナイフの先を竜日に向けてげらげらと笑っている。男の余裕は周囲へ伝播した。「散々だなあ!」「一体なにができるってんだ!? ええ?」ナイフの先にはもう、竜日はいない。


「は?」


 発することができたのはたったの一音。

 竜日は最初に声をあげた男の懐へ潜り込み、鳩尾に肘を打ち込んだ。緩んだ手からナイフを奪い、そのまま左右の人間を切りつける。そのまま回転して、ナイフはマストの方へ投げる。ロープの一部が切れた。


「この野郎!」


 呼気から酒のにおいがしている。

 顎を拳で跳ね上げ、一撃で意識を奪う。更に落ちたナイフをマストへ投げた。


「なんだ!? どうなってる!?」


 緊張感を取り戻し、竜日に向かう。ナイフを突き出して来た相手の勢いを利用し横にいなして、殴りかかってきた相手には拳でカウンターを合わせる。背後からの攻撃も足を半歩ずらすだけで避け、バランスを崩した相手の頭部を押さえ、床にたたきつけた。

 長い髪に、身体に対して大きめの服。どにちらにも傷一つつけることができずに、既に十人ほどが倒れていた。

 やみくもに突っ込むことをやめた相手が一度引く。竜日は落ちていたナイフを拾い上げて、またマストのほうへ投げる。ロープがまた一本切れた。ジャカは甲板の上にどさりと落下する。身体を起こして、茫然と竜日を見た。竜日もまたジャカを見る。


「自分の身は自分で守れる?」


 ジャカは自分の身体の上体を確認し、先ほどよりも力強く頷いた。


「よし」


 竜日が一歩前に出ると、船員達は一歩退く。


「やろうか」


 勇ましい叫び声が一つずつ減って、悲鳴のような声しか聞こえなくなり、それもまた一つずつ消えていった。

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