06

 助けが来ないまま夜になった。

 今は丁度、月が雲に隠されていて周りが見えない。最人は船内に入って、竜日はずっと周囲を見張っていた。

 前に三人で海に出た時は、もっと漁船や、釣船なんかとすれ違った。もしかしたら、そういうことがないように、最人が事前に計算していたのかもしれない。

 かたん、となにかがぶつかるような音がした。クルーザーに木片がぶつかったのかもしれないが、人の気配を感じた。

 誰かがいる。数は多くない。船も、手漕ぎボートくらい小さく背の低いもののようだ。音がした方を確認しても視界に入って来ない。

 クルーザーになにかされても困る。


「誰?」


 声をかけると数秒後、影が一つクルーザーに乗り込んできた。男だ。武器はない。


「おおおお!」


 声は自分を鼓舞するようだ。姿勢を低くしているが直線的で、竜日はさらりと避けると足を引っ掛けて転ばせた。竜日はじっと観察する。ボートに乗っていたらしいもう一人がよじ登って来て「トーリ!」と、叫んで転んでいる男に駆け寄った。二人とも若い男だ。声から、二十歳を過ぎたか、過ぎていないかくらいの年齢では無いかと予想した。

 叫び声を聞いて、最人が船室から出て来る。竜日は出入口を背にしていた。最人は竜日の邪魔にならないようにそろりと竜日の背後に立つ。


「彼らは?」

「……怪我をしてるみたいだ」


 竜日は一人を転ばせたが、それだけだ。殴ったり蹴ったりはしていない。だと言うのに、二人は肩で息をして疲れた様子で、顔や腕に痣がある。


「遭難したの?」


 一人が一人を支えるようにして竜日を見上げる。竜日は最人を守る様に立ち、返事を待った。

 雲の切れ間から月の光が差し込んで、四人を照らす。


「えっ!?」


 クルーザーに乗り込んできた二人が声を上げる。ぽかんと口を開けて竜日を見ていた。竜日は首を傾げる。女だということに驚いたのかもしれないが、そうではないように見える。適切な表現を探していると最人がこそりと竜日に言う。


「知り合い?」

「いや……」


 心当たりはない。しかし、言われてみればその通り、二人の男は竜日に出会ったことがあるかのような。知っている人間を思わぬところで見たような。そういう顔で驚いていた。


「まさかこんなところで会えるなんて」

「オイ、カル!」

「なら、他に手があるのか? 俺達じゃボスを助けられない。予言されたのは、間違いなくこの人なんだ」


 カルと呼ばれた男は、突っ込んで来た男を支えるのをやめた。床に両ひざと、両手、額を付ける。


「お願いします」


 ややあって、最初に突っ込んで来た男の方も同じような格好で頭を下げた。竜日は二人を見下ろしている。


「貴女こそが、予言にあった救世主だ」

「ボスを助けてください」


 彼らが乗ってきた小舟が、クルーザーにぶつかる音がする。ざあ、と強く風が吹いて、足場が大きく揺れた。最人は二人の前で膝をつく。


「……どういうことですか?」

「海賊に捕まっちまってるんです」

「海賊?」

「ご存知ないですか。この当たりを荒らしている海賊で、俺たちの港、チバン港を狙ってたんですが、最近領主の力が衰えてからは特にひどくて」


 二人はずっと床に頭をつけている。最人は、すべて理解したという風に頷く。


「わかりました。けど条件があります」


 二人が、顔を輝かせて最人を見上げた。


「あなた達のボスを助けたら、僕達二人を、そのチバン港で匿って欲しい」

「ボスが助かるならなんだって構わねえ! あの人はあの町に必要な人なんだ!」

「ありがとうございます! よろしくお願いします!」


 最人は立ち上がり、竜日に笑いかける。トーリとカルも竜日を見た。


「というわけだよ、竜日」

「すみません。海賊船はもう少し沖の方に」

「あなた達が来た方角ですね」


 竜日はトーリとカルが乗ってきた船を見る。オールがついている。


「ある程度はクルーザーで近付いて、あとはそれを使わせてもらおう」


 最人の声は弾んでいる。膠着状態からの脱却。明らかに、竜日が輝けそうな展開。


「……じゃあ、行ってくるけど。二人はここで最人を守っていて」


 ため息を吐くついでに、呼吸を整える。


「もしも、最人になにかあったら、許さない」

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