05

 最人にかけられる言葉が見つからないまま、日が暮れかけていた。

 生きていれば、こうして海を漂っていれば、いつかは最人の家の誰かか、もしくは救助の船が来るのではと期待したが、船どころか、飛行機さえ見かけなかった。

 クルーザーのデッキ、左右両端に、それぞれうずくまっている。

 最人が諦めるのが先か、救助が来るのが先か、二人ともが死んでしまうのが先か。しかし、最人が「こうする」と言い出したことを諦めたところを見たことがない。最人が「できる」と言ったことは大抵できるのだし、竜日もそのように動いて来た。はじめて、説得しなければならない立場に立った。

 周囲の海や空に注意を払いながら言う。


「桃香ちゃんが待ってるよ」

「そればかりだね。――君自身はどうなんだ? 僕と一緒に逃げてもいいかという気持ちは少しもない?」

「なんで逃げたいの」

「いいから答えてくれ」


 一族からの期待が重すぎて、という理由だったら。いいや、それでも、何も言わずに逃げることには反対しただろう。なにも言わずに姿をくらませる、その計画に加担することがあるとしたのなら。


「……桃香ちゃんも一緒だったら、言う通りにしたかもしれない」


 二人が逃げようと言うのなら、死ぬまで護衛をしただろう。竜日は自分の発した言葉に納得した。桃香がここにいないことが、ひたすらに気がかりだった。「はあ」最人は溜息を吐いて、ぽつりと言う。


「本当に邪魔な婚約者だな」


 竜日は思わず一気に最人との距離を詰めて、胸ぐらを掴んで持ち上げていた。最人は息を吐きながら眼を閉じる。


「ほら、そうやって。いつの間にか君は、桃香の味方だ」


 竜日は最人から手を離す。最人は軽く咳き込んでいた。


「殴られるかと思った」

「殴ってはない」

「君に本気で殴られたら死んでるよ」


 海が凪いでいることだけが救いだった。

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