04

「桃香ちゃん」


 考えるより先に彼女の顔が思い浮かんだ。竜日の言葉は予測されていたようで、最人は落ち着き払って首を振る。


「彼女はここにはいない。もう会うこともない」

「そんなの、そんなのは駄目だ。桃香ちゃんが」

「落ち着いて。逃げるんだよ。僕と君なら、どこでだって生きていける」

「違う。最人は帰らなきゃいけない」

「帰らないよ」


 遅れて、佐々木や最人の両親の顔も思い出される。あの人達が皆悲しむことになる。最人が家を継いでくれるのなら安泰だと常々話していた。そんな最人が、逃げようと言う。クルーザーに備えられているロープを手に取る。


(私が、死ねば、いい)


 竜日はロープを首に巻く。その行動も想定内だったらしい、最人が慌てる様子はない。


「君がここで自害するようなことがあれば、そのあと僕も一緒に死ぬ」


 先に死んだら、最人を家に帰らせることができない。竜日を追うように首を吊る最人を想像したら、ぞっとした。最人は呆然とする竜日を抱きしめる。


「この船に乗った時点で選択肢は二つしかない」


 竜日は慌てて腕の中から逃げ出して、最人と距離を取る。最人は出会った時から変わらない、穏やかな笑顔で竜日に向かう。


「僕と死ぬか、僕と生きるかだ」

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