03
周りには海と空と、その境界線が見えるだけ。
竜日は、クルーザーの先端で足を投げ出して、ぽちぽちと文字を打ち込んでいた。いざ送信という段になって、エラーメッセージが表示される。
ネットワークに接続されていません。
「圏外だ」
海の上って圏外になるんだったか。竜日は首を傾げながら、どうであれ、送れないなら仕方がないと持ってきていたポテチを口に放り込んだ。
クルーザーは適当な沖に停泊し、波に任せて漂って居る。
「どう? 楽しんでる?」
「塩味が濃い。美味い」
「楽しんでるね」
乗ってしまってからは、これまでも二人で遊ぶことはあった、と無理やり納得していた。あとは、いつも通りだ。船の上でやれることはあまり多くない。
「よかった」
最人は竜日の斜め後ろに立つ。
「僕はね、君とこうしているのが世界で一番楽しいんだ」
ゆっくりと振り返って最人を見上げる。潤んだ目を細めて、泣きそうな笑顔。微かに上がった口角は震えている。
「なんだそれ」
「本当のことだよ」
本当のことだ。繰り返される言葉には様々な意味が内包されていそうだった。
「なんだか怖いな」
「あはは、怖いものなんてないくせに」
「そんなことはない」
海を覗き込む。底は見えず、絶えず揺らめいている。
「覚えてる?」
「なにを?」
「そうだな。小学生の時の話とか。なんでもいいから、覚えていることを話してくれ」
「なんでも? なにそれ……?」
「いいから」
言われるままに、記憶を遡る。
最人と出会ったのは、小学校五年生の夏休みだった。
最人が転入してきたのは夏休み明けからだったけれど、最人は竜日の父親が開いている道場に護身術を学びに来ていた。
教えたことは大抵一度である程度できる、最人はそういう子供で、しかも礼儀正しく他人を慮ることができた。子供らしさをわざと演出して、トラブルを回避することもあり、すぐに門下生と打ち解けていた。
「なんやかんやあって喋るようになった」
最人は絶句していた。
「信じられない」
軽く頭を振ってため息をつく。竜日の隣に座って、不貞腐れたように唇を尖らせる。
「話しかけたのはどっちからだったかとか、どう言う話をしたのかとか、覚えてない?」
「覚えてない」
「本当に君は、体を動かすこと以外は……」
「ありがとう」
「褒めてはいないんだよ」
最人は竜日の持っているポテチを貰って口に放り込んだ。
「君が僕に話しかけたんだ。教室で、一人でいた僕に」
「そんな気もするね」
「嘘だよ。僕が君に話しかけたんだ。道場で」
「そういう記憶もある」
「もうなんでもありだな」
呆れてため息が止まらない。
「ごめん」
「なにか覚えてることは?」
「最初に見た時思ったことは覚えてる」
「本当に?」
「うん。なんだか神様みたいな男の子が来たなと思った」
「……それで?」
「それだけ」
最人は黙り込んで、考え込むように顎に手を添えた。そのうち顔をあげ、ニッと笑う。
そのあと、何を思ったのか、クルーザーから海に落ちようとした。最人の体が完全に甲板から離れる前に腕を掴む。引っ張りあげて、甲板に転がす。
「うん。さすがだ」
慌てて動いたせいでポテチが散らばった。空を見たままの最人が笑う。「竜日」今日の最人はやはりおかしい。
「僕と一緒に逃げて欲しい」
最人は起き上がって、微かに笑いながら散らばったポテチを片付けていた。
「え?」
片付け終えてから、ようやく竜日が声を発する。乾いていて、ほとんど吐息のような声だった。想像もしなかったと、そういう顔で最人を見ている。
「そんなに驚くことかい? よくあるだろ。親や周囲の重圧に耐えかねて、ってやつ」
「そんなばかな」
そんなはずはない。竜日は左右に首を振る。起こってはいけないことが起きている。
「僕はこのまま、あの家から逃げ出したい」
竜日に手を差し伸べる。
「一緒に来てくれるだろ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます