35

 これは、三度目のアンジュとの対峙である。

 一度目は宣言通り引き分けにした。互角に見える戦いだったはずだ。以降は、かなり接戦で、時間ギリギリに竜日が勝つ、ということをやっている。


『勝者はモモ! またモモの勝ちだああああ!』


 二日目に名前を聞かれ、そう名乗った。「身元はわからないほうがいい」というのはスィスの助言である。チバン港のリューカがどれほど知られているかわからない。トーリもまた「なんか適当な名前考えておいてください」と同意した。


『三度目の正直! モモの力は揺るがない! あの細腕のどこにそんな力があるというのかー!?』


 リングの上にアンジュが倒れている。

 観客が大きく歓声を上げた。それは、竜日と言うより、アンジュを讃えるものであるように聞えた。「惜しかったな、あそこで読み負けなけりゃよ」「いや読んではいただろ。ただ、モモが早すぎんだよ」「しかしよ、モモだって今回は苦しそうだったぜ」「次は行けんじゃねえか」闘技場を支えてきたのはアンジュの強さなのだろう。倒れているアンジュの意識はないものの、満足気な表情をしている。


「――アンジュの奴、随分楽しそうだよな」

「ああ。きっとその辺のチンピラじゃ物足りなかったんだぜ」


 あまり現れても興覚めであろう。一度勝って以降は三日に一度くらいのペースで竜闘技場に足を運び、アンジュと戦って勝っていた。

 昼間は稼いだファイトマネーでメインストリートの店を一軒ずつ回っている。町の市民にも認知され、この町では竜日は、謎のファイター『モモ』である。


「これ美味しい。なんだろう?」


 今日は長い串に肉を差して焼いたものを提供している店に来た。


「おう、モモ! やっとウチの番かい! 脂がのってて美味いだろ! この時期旬でねえ!」

「熊?」

「そうそう! よくわかったな!」

「もう四本ください」

「あいよ!」


 一本を、待っていたトーリに渡す。よく焼かれた肉から脂が落ちる。味付けは塩コショウのみだ。一切れ食べると噛んだ中から更に油がしみだしてくる。


「脂がやべえ。俺二本食えねえかもしれねえっす」

「そう? じゃあ私全部たべていい?」

「姐さんって結構よく食いますよね」

「今は自分で稼いだお金があるからね。いつもはこう、養ってもらってる感があるから」

「そんなこと気にしてるって知ったらボスがぶっ倒れますよ」

「じゃあ黙っておいて」

「うっす」


 竜日は宣言通り、熊肉の串焼きを三本食べきり、ハンカチで口の周りを拭いた。食べきる頃には町の反対側に出ていて、人通りはほとんどない。チバン港へいく出入口の方は昼間でも出入りがあるが、こちら側はほとんどない。一日かけなければ次の町へ着かないので、正午から出て行く人はいない。

 町から出ると、建物の影からぞろぞろと人が出て来た。


「そうだよね。ちょっと荒らしすぎだもんね」


 引き分けた時まではよかった。二回目、アンジュに勝ってしまって以降、度々こういうことがある。振り返ると、闘技場で見た顔ばかりである。ナイフを取り出し悪態をつく。すでにいくつか痣があるの。


「わかってんなら来るんじゃねえよ、クソが!」

「トーリはそこで待っていてね」

「いえ、手伝いますよ!」

「よし」


 トーリもまた活き活きと向かっていく。顔や腕に切り傷を作ってはいるものの、致命傷には至っていない。竜日のトレーニングについて来たり、竜日の戦い方を見ているだけあって、竜日の邪魔になるような戦い方はしていなかった。

 最後の一人の腹を殴ると、そのまま地面にべしゃりと倒れた。竜日はぐるりと回りを確認する。


「乱暴だったねえ」

「まったくですねえ」

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