36
アンジュと引き分けた日の夜。スィスに呼ばれて町はずれの教会に行った。
アンジュとスィス、それから妹弟。七歳の妹がセト、五歳の弟が二人ユイトとヌー、三歳になったばかりの妹がディー。到着した時にはスィスが寝かしつけた後で、皆すやすやと眠っていた。
礼拝堂で待っていると、アンジュがやってくる。
「こんばんは。お邪魔してます」
竜日が言うが、アンジュは困惑した様子であった。一応今日ここで会うことは約束していたものの、あまりものんびりしているので驚いているのかもしれなかった。
「……ああ」
「なんだ? 不愛想だなおい?」
「トーリ。喧嘩売らない」
「兄貴、とにかく座ってよ。たぶん、作戦を練ることができるのは今日で最後なんだ」
「作戦……?」
「そう。奴らを追いつめて、兄貴の扱いを改めさせてやるんだ!」
「おー」
ぱちぱち、と軽く拍手をする竜日に、アンジュはぎょっとして首を振る。
「待ってくれ」
スィスと、竜日の間に立つ。
「そんなことをして、君らに何の得があるんだ?」
「得……?」
「もしかしたら、スィスや兄妹皆の生活が楽になるかもしれない」
「それは俺達にとって良いことだろう。君達は何を得るんだ。もし、俺達になにかする気なら」
「なにかって?」
「それは、例えば、なにか要求があるんじゃないのか」
「要求? どんな?」
「バカにしてるのか!?」
アンジュが声を荒げると、周りがしん、と静まり返る。竜日はじっとアンジュを見上げた。
「ごめん。納得しづらい話であるような気はする」
「当たり前だろう。どこになんのメリットもなく人助けをしたがる人間がいるんだ」
「あ、それだ」
「なんだと?」
「それそれ。なんだかしんどそうだから、助けられたらいいなと思う」
トーリは肩を震わせている。
「助けられたら、役に立てたら嬉しい。これがメリットだ」
スィスがアンジュの袖を引く。「兄貴、こういう感じなんだ」しゃがむように促して、耳元で、アンジュにだけ聞こえるように言う。「たぶん、助けられてほしい、とかなんとか言い出すんだぜ」我を通すことがメリットになるらしい。
「よかったら助けられてほしい」
「な?」
トーリが床を転げ回っている。隣の部屋で寝ている子供たちへの配慮だろうが、笑いを堪える声が苦し気である。同時に誇らしげでもある。
「……見ての通り、渡せるものはなにもないぞ」
「スィスに結構この町の美味しいご飯の店とか教えて貰っているよ」
「だから、それは」
「なに?」
アンジュは大きく溜息を吐いた。だからそれは。アンジュにとっては納得できる理屈ではない。ただ、竜日の方では充分な理由になっている。理解はできそうにない。
「もういい」
「よかった。じゃあスィス、よろしく」
「おう」
「スィスの作戦なのか!?」
「私もトーリもあんまり頭良くなくて」
「姐さんは勘がやべえから全然いいっすよ。俺はただのバカっすけど」
「兄貴も先生もよく聞いてくれよ」
礼拝堂の真ん中あたり、通路を挟んで四つ、適当な席に座って向かい合う。スィスが胸に手を当てて深呼吸をした。
「考えたんだけど。このまま先生が暴れ回るのは奴らの望むところではないと思うんだよな。だから、次からは兄貴に勝って行くべきだと思う。兄貴が自由に勝てなくなっちゃったら、運営側としてはどうにかしなきゃさ。収支がコントロールできなくなるだろ。――で、兄貴を負かしておけば、俺達が繋がってることも予測されにくい。アイツらたぶん、先生を潰しにくるはずだよ。先生はもちろん返り討ちにしてやってよくて。どうしても自分たちだけじゃどうにもならない、となったらだ。そしたら、更に上のダンガ一家が出て来る。出て来るっていうか、泣きつくしかない。他の仕事って言ってもろくなのないからさ。闘技場が全てなんだ。そこが立ち行かなくなったら絶対、なんとかしてくれって話を上にする。で、暴力でどうにもならなくなったら、ようやく話をしようってなるはずなんだ」
「なるほど」
竜日は頷いて、アンジュはスィスを見下ろして、トーリは眉間に皺を寄せていた。
「おいおいおい、そんなこと言っても、アンジュの話をした時点で繋がりがバレて、お前ら人質に取られるだろうが。今までだってそうやって言いうこと聞かされてたんだろ?」
「そうだけど、そうなったのは今の、トロー組が経営をはじめた時からなんだ。ダンガ一家が闘技場を管理してた時は、兄貴はもっと稼いでた。貰える金額だって順当、ってほどでもなかったかもしれないけど、俺達を養うには充分だった。だから、きっと」
「わかった。じゃあ、がんばってダンガ一家の人に会わなきゃいけないわけだね」
「いやいやいや、うまくいく保証ねえじゃねえか!」
「そ、それならお前もっと良い案考えてみろよ!」
「そんなことができそうに見えるか!?」
「見えねえよバーカ!」
「なんだとクソガキ!」
十歳の子どもと掴み合いを始めた。竜日は言われた通り考えてみるものの、スィスの案は上手くいくように思えた。話しがわかる人が上にいるなら、直接その人と話せばいい。トーリを止めようと立ち上がると、アンジュがぼそりと言う。
「本当に、ダンガさんか、直属の部下と話をすることができればうまくいくかもしれない」
「うん。私もそう思うよ。ただ、トーリの言うように絶対はないから、みんなの同意は必要だ」
「それはいい。俺は先生に任せたんだから」
「アンジュさんもいいの」
「いい。どちらにしてもこのままでは、彼らに未来がない。いつかは向き合う必要のある問題だった」
「そう来なくちゃな」
「ただ、私一人だと誰が誰だかわからないなあ」
「それなら。もし、ダンガさんか、話のできる人が来ていたら俺は腕に青いバンダナを巻く。ダンガさん達は暴力で黙らそうとはしないだろうし、話をするとしたら、闘技場で、俺に勝った後、呼び出される形になるだろうから」
四人はお互いの顔を見合わせる。
「うん。よさそうだね」
「ああ。大丈夫だ。きっとうまくいく」
「あ、あと、あんまり圧倒的な勝ち方しないようにな。客にドン引きされちゃうと、先生を出禁にすればいいってことになる」
「わかった」
作戦会議は終了した。竜日とトーリは宿に戻る為教会を出る。見送りに出て来ていたスィスとアンジュだったが、アンジュが竜日に声をかけた。
「モモ」
竜日とトーリは立ち止まって振り返るが何も言わない
「姐さんのことっすよ」
「あ、そうだった。本名は竜日伊瀬です」
「リューカ……? チバン港の救世主か?」
竜日は目を逸らし、トーリはぐっと拳を握り、目を輝かせた。
「有名人っすねえ!」
「偽名使ってよかった」
踝まで伸びた野草が揺れる。一歩踏み込んで、アンジュが自身の胸に手を当てた。
「リューカ。今、俺と戦ってくれないか」
スィスがアンジュを、トーリは竜日を見る。
「お前、ずっと手加減していただろう」
アンジュと竜日はお互いをじっと見つめていた。竜日は髪を結び直す。トーリは無言で竜日の傍から離れて、スィスと一緒に教会の方へ下がる。ざあ、と風が吹いて、竜日の髪を揺らす。髪の間から、真っ直ぐな眼光がアンジュに向いていた。
「いいよ」
「本気を出してくれよ」
「ん」
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