國立最人が魔王になるまで

アサリ

01

「卒業式が終わったら、クルーザーで遊びに行こうか」


 小さな子供に提案するような声だった。

 伊瀬竜日(いせりゅうか)は、ファーストフード店のボックス席で、フライドポテトを摘んで笑う幼馴染を見た。

 金色の髪に碧眼。肌が白く、すらりとした少年である。居るだけで場が華やかになる。柔らかく清涼な風を常に従えていた。邪気のない笑顔を惜しみなく作る。國立最人(くにたちさいと)は続ける。


「誕生日に買っただろ? だけど、まだ一度もちゃんと乗ってないんだ」


 店内の席は全席埋まっているし、店の外に人が集まりはじめた。先週は、隣のカフェが『こう』なっていた。

 店にいるほとんど全ての女性が目の前に座る幼馴染をちらちらと見ている。窓際の席に座っているので、外に待機している人達さえソワソワしていた。


「あら、いいわね」


 男性は総じて彼女を見ている。最人の婚約者の、硝崎桃香(しょうさきももか)だ。桃香は軽く毛先を巻いていて、背筋がピンと伸びていた。ハンバーガーを齧っていても品性が見える。

 二人は窓側、竜日は桃香の隣、通路側の席で期間限定のシェイクを飲んでいた。


「――竜日も来るでしょう?」


 一本一本を、別々に手入れされたような髪がさらりと揺れた。ブレザーやシャツ、スカートにもシワひとつなく、新品のようにぱりきとしている。

 竜日のセーラー服は三年間の激務にふさわしく、くたびれていた。

 竜日はきょとんと目を丸くする。


「いいの?」

「貴方がいなきゃ、私たちの外出許可が出ないわよ」


 色んな人が最人と桃香を見ている。竜日はぐるりと周りを確認した。竜日と同じ制服の女子が大半を占めるが、桃花と同じ制服を着ている女子もちらほらいる。


「だけど」

「だけどなに?」

「本当に、二人じゃなくていいの?」


 桃香は竜日のシェイクを奪って一口飲んだ。顔が赤い。


「当然でしょう? 三人で遊ぶのは、これで最後になるかもしれないんだから」


 ――昔は、最人と喋っただけで怒っていたのに。


「大人になったね」


 桃香は、ついに耐えられなくなり竜日の顔にシェイクを押し付けて返す。


「冷たい冷たい」

「昔のことはいいの! 最人のクルーザーってお台場のマリーナだったわよね」

「うん。そうだよ」

「じゃあ、卒業式が終わったら集合よ! 竜日、場所はわかるわね?」

「たぶん」

「大丈夫。佐々木と一緒に先に行って用意しておいてくれればいいから」

「助かる 」


 何度道を教えて貰っても桟橋までたどり着けないし、船も、同じに見えるせいでよく乗り間違えていた。

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