20

「……澱んでいるね」


 不気味な姿だった。一目で予言者であるとわかる。

 分厚いローブで顔を隠して、口元だけが見えていた。その予言者は従者も連れず一人で町を歩いていて、ジャカとすれ違う瞬間、顔を上げた。それでも目元は見えないのに、目が合った、と感じた。


「ああ」


 納得した様子で、紙にペンを走らせる。トーリとカルが近くにいたが、口を出すことは出来なかった。


「できた」


 紙を受けとり、三人で覗き込む。

 絵が描かれている。

 きゅっと唇を引き結んだ、長い髪をひとつに結んだ。これは。


「耐えろ。彼女がいつかここに来るまで。そして運良く出会えたら、決して逃がさないように」


 女であるらしい。顔だけではあまり判断ができない。少年のようにも、少女のようにも見える顔だった。やや、こちらを見上げるようなアングルで描かれている。


「港はずっと賑やかになる」


 チバン港は、限界だった。

 領主は息子が行方不明となったショックで寝込み、親しい町からの支援も切れ、それどころか、色んな勢力の連中が縄張りを広げようと勝手に入り込んでいた。海では海賊被害に遭うし、ろくな警備がいない為平気で上陸してきていた。少し離れた、山の中にある村は木の加工品を売って生計を立てていたが、港を立ち寄る船が減り、仕事を求めて王都へ出ていく人間もいた。

 組の人間も随分やられたが、返しの一つもできないままじりじりと追い詰められている。


「ボスはその予言信じますか」

「本当にそいつが、俺達を助けてくれるんでしょうか」


 澱んでいる。その通りだ。


「どうだかなあ」

「けど、あの予言者、きっと本物ですよ」

「それも、どうだかなあ」


 ジャカは似顔絵を眺めて考える。探すべきだろうか。それとも、言われた通りに待つべきだろうか。どちらにしても、誰かを探しに行かせるような余力はない。

 耐える。

 いつまで?

 なにが起きても、誰が来ても。状況が劇的に良くなることはないように思えた。


「ねえ、あなたは何をしている人なんですか」


 例えば一国の王様だとか。とんでもない豪商の娘であるとか。それなら助かるかも。しかし、そんな人達が、どうして助けてくれるのか想像できない。


「名前は、なんて言うんですか」


 他方から侵入する同業者や、目が届かず攫われた子供。どうやって助けてくれるのだろう。


「今、どこでなにをしてるんですか」


 本物の予言者の予言は絶対だ。聞いておけば悪いことは起こらない。


「どんな声で、話すんですか」


 どこかにいるらしい、港を助けてくれるこの人。ことあるごとにポケットにしまっている紙を開いた。――この人は。どうして。


「どうして、そんなに苦しそうな顔をしているんですか」


 磔にされて、とうとう終わりかと言う時。同じ顔を見た。やはり、何度も見た通り、彼女は泣いているように見えた。


 ――ようやく会えましたね。

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