26

 数時間後、デュオがビレイ組の事務所にやってきた。組員は威嚇していたが大方の事情を知っていたジャカが自宅のリビングへと連れて来た。


「リューカさーん、領主様のお使いがきましたよー」


 竜日は髪を結んで一階に降りる。

 兄弟の兄の方、デュオが状況の報告に来てくれた。


「どうだった」

「うまくいった。アッサム様は、アレ―ン様が帰ってきたと思われているし、サイト様はそのままアッサム様と暮らすと仰せであった。その伝言と、こちらはアッサム様からのお礼の品。体調が回復した暁には是非家に来るようにと」

「それはどうも」

「しばらくは体制を立て直す時間がいるが、サイト様が指揮を取って我々三人で進める予定だ。――まだ知り合って半日も経っていないが、あの方であれば一月とかからず元の通りか、それ以上にするだろう」

「うん」


 概ねの予想通りの返答であった。


「それから」


 デュオはぎゅっと唇を引き結んで「それから」と繰り返す。余程言いにくいことなのか頭を左右に揺らして、額に手を当てる。


「どうしたの」

「サイトくんからなんか無茶言われたかい?」


 冷や汗をかいている。そして顔が青く、身体が震え出した。トーリとカルがジャカに対して見せたものとやや似ている。なにかを思い出して恐怖しているらしかった。


「君達は、アレ―ン様が家を出た理由を知っているか」

「私は知らない」

「本当のことは知らねえけど、噂だけなら、領主を継ぐのが嫌だったとか、学校でなんかヘマやらかしたとか、恋人と逃げたとか。――どう? 正解あった?」

「最後が正解だ。婚約者であるマール・マタリ様、――マタリ商会のご令嬢との婚約を破棄したいと、度々アッサム様と口論になっていたのを聞いた。何故こんな家に生まれてしまったのだろうと嘆いている姿も何度も見た」

「ははあ。その恋人ってのは?」

「王都で出会った方だとは聞いたが、我々は顔も名前も教えられていない」

「マタリ商会つったら、山向こうの領主の親戚筋だな。双方に利益のある婚約だ。恋人様は、その婚約を無理矢理破談にできる程の相手ではなかった、と」

「そうだと思う。そして、アレーン様はお一人で家を出て、帰って来なかった。その後のアッサム様は、知っての通りだ」


 縁談が原因で一度息子を失っている。息子を失ったことにより、任されている町を放置するくらいに、アレ―ンという存在は領主の中で大きかった。

 奇跡的に生還した(と思っている)息子。もう二度と失いたくはないだろう。


「チッ」


 ジャカは苦い顔で顎に手を添える。


「リューカさん、すんません。俺の見立てが甘かった」

「なに?」

「サイトくんは、マタリ商会のお嬢様との婚約を破棄しようとしてんでしょ」

「ああ。今回助けてくれた人と是非一緒になりたいとお話され、アッサム様はそれを了承された。まだ正式に破談となったわけではないが、これから手続きを進めていくのだろう。また、息子にいなくなられては困るからな」


 竜日は体中から血の気が引くのを感じる。


「サイト様は、町は必ず守るからと」

「町は、ねえ」


 果たしてその中に『彼ら』は入っているのだろうか。


「あとは貴女への伝言だ」


 デュオはもしかしたら、竜日にとってのジャカのように、全ての事情を聞かされているのかもしれない。


「『逃げたら許さない。君がはじめたことなんだから』」


 それだけを伝えると、デュオは最人のところへと帰って行った。

 見送りながら、竜日は途方に暮れる。

 領主邸から届いたお礼の品は酒や肉であった。事務所にいた組員に渡し、そのままふらふらと外へ出た。ジャカが続いて、隣を歩く。ジャカもまた険しい顔で眉間に皺が寄っている。

 住宅街を下り海の方へ行く。港がある東側ではなく、南西に向かって歩く。整備されていない海岸線、浜辺を歩いていくと、山に入れる道がある。この奥には小さな集落があり、木を切ったり、獣を狩ったり、細工を作ったりしながら細々と暮らしている。

 道は更に続いていて、集落を抜けると登山道に合流し、山を越えるとサヒ市が見えて来る。山向こうの町、と呼んでいる町だ。

 山を越える道にはいかず、山を下ればチバン港の一番賑やかな街道に至る。竜日の、ジョギングコースである。

 浜辺で、沈んでいく夕日を見ながらぼんやりとしていた。隣にはジャカがいて、竜日の手に巻かれた包帯を気にしている。


「……ごめん」

「どおして謝るんです」

「巻き込んでいる、という感じがして」

「その前に、リューカさんに助けてもらえなかったら、俺は生きてません」

「すぐに出て行くべきだったのかもしれない」

「俺を助けたことを後悔してますか?」


 ざあ、と波の音がする。ジャカの銀色の髪が夕日を受けて細く光っていた。


「すみません。意地悪でしたね」

「ごめん」

「ああもう。大丈夫。俺はいいんです。俺は」


 大きな両手を左右に振って気にしなくていいと示す。竜日は静かにジャカを見上げていた。「大丈夫です」ジャカは何度も竜日に言う。


「大丈夫。考える時間はありますよ。今すぐに領主の体調が戻るわけでも、私兵が戻るわけでもない。婚約の破棄って言ったって簡単じゃない。今日は怪我もしてるし、酒場、はちょっとうるさいか。なんか食えるもん貰って、静かにゆっくり食べて、風呂入って寝ちゃいましょ。あ。こっから上いくとロクミリ村ってのがあって、そこで温泉に浸かるのもいいすよ。俺知り合いがいるんで」

「……その村なら私も毎朝通る」

「……え、ひょっとして熊を右拳で吹っ飛ばした子供ってリューカさんのことだったんですか」

「トーリに聞いてない? 確かあの日は、なんとかついて来てたと思うけど」

「リューカさんのことは、リューカさんから聞きたくてあんまり聞いてねえんです。カルからサイトくんの話は聞きますけどね! それもこれからはできなくなっちまったんですが」

「ありがとう」


 竜日が笑うと、ジャカはほっと胸を撫で下ろした。

 慰められただけ、時間が与えられただけで、なにも解決はしていない。十秒ほど時間をかけて息を吸い込み、ゆっくりとまた十秒かけて息を吐く。

 今はまだいい。

 しかし、竜日がいることにより得られているリターンを、最人が上回る時が必ず来る。舞台はこの港。竜日が港にいるからだ。


「ジャカさん」

「はい」

「私がこの町を出て行ったら、最人はどうすると思う? ジャカさんの思うところを教えて欲しい」

「わざわざ、町は必ず守ると言った後に、逃げたら許さない、と言ったなら。逃げたら俺達の組織をぶっつぶすぞって脅しでしょうねえ」

「本当にそんなことをするかな」

「俺あ、あの人はやると思います」

「……そう」

「もちろん、それも今すぐってわけにはいかないでしょう。時間をかけて徹底的にって話になります」

「領主ってそんな?」

「領主自体はそこまでですよ。ただ領主にもいろいろ居ますから。国のお偉いさんと繋がりが強いとか、俺達みたいな組織とか、山賊とか海賊とか、そういうのとガッチリ繋がっているとか、デカイ都市だと、王族と俺達みたいな組織が直接繋がってたりするわけですね。ちなみにチバン市は今第三王子の管轄ですが、第四王子が成人するに伴い、第四王子の管轄になるようです。ていうのは、もし、敵国が攻めて来たりとかって非常時、大きな軍隊を出さなきゃいけないような時は第四王子が対応するし、公共事業の最終的な決定権は王子にある、と。主にはそういうことですね」

「第四王子って、領主に会うことあるのかな」

「そこです。第四王子がどういう方かは知りませんが、万が一視察に来る、なんて話になった時、領主が気に入られれば特別に取り立てて貰える可能性は出て来る。例えばそうだな、王子にすごく気に入られたうえで『海賊の被害がひどいんです』って訴えたとする。不憫に思ってくれて、直属の騎士を領主様に貸してくれる、とかね」


 数秒考えた後に頷いた。ジャカは続ける。


「そうするとまあ、町の奴らはそんなに困らないものの、俺達みたいに勝手に自警団をやってる奴らは超困ると。それ以外にもついでに、ちょっと賭博を取り締まる網を張るとか、上納金受け取ってる現場を押さえるとか、まあ嫌ですね。そんなわけで、割と簡単に排除されちまうんですよ。今は見ての通り、町の人たちに支持されてっから生きてけてるんですが。みんなも生活があるからさ。国の管理のほうがいいなーってなれば俺達は要らないワケでしょ。徹底的に取り締まられたら、正直為す術がありませんねえ」


 領主の息子、商家の娘、それらが王族と繋がりを持つ。竜日は何も言うことが出来なくなり、黙り込んだ。

 顔の前に落ちてきた髪を、ジャカの指がすくう。目で追いかけると、申し訳なさそうに笑うジャカと目が合った。


「つまりね。今リューカさんが苦しいのは俺のせいです」

「え……?」

「こっち側に引き入れちまった。だから、公正なものを味方につけたサイトくんに苦戦する」


 助けなければ。一人であれば。どこにも所属していなければ。苦しむことも悩むこともなかったのに。


「すみません」


 ジャカは竜日の髪から手を離す。ゆっくりと離れて、パラパラと、髪が滑って落ちていく。落ち切る前に、竜日がジャカの手を掴んだ。「それなら」竜日は言う。


「王族レベルの後ろ盾ができればいい……?」

「ええ?」

「うちの組にも、簡単には潰せないような、なにか、こう」


 そこに至るまでの方法は思いつかない。しかし、不可能では無いはずという、直感だけの根拠がある。


「なにか、ある? 王様の目に留まるような方法とか」

「あは」


 堰を切ったようにジャカが笑う。「あはははは!」竜日はきょとんとジャカを見上げる。


「ごめん、的外れだった?」

「いいえ」


 涙まで出てきたらしい。指で拭って、まだ笑っている。


「ホーント、かっこいいひとですねえ」

「ありがとう……?」


 あまりにも笑うものだから、重苦しい空気はどこかへ行って。竜日は何をどこまで考えていたか忘れてしまった。


「よし。今日は帰りましょう。で、明日から作戦を考えましょう。あ、このまま手を繋いで帰りましょう。俺達恋人ですから。ていうか運びましょうか?」

「途端に恋人感薄れるけどいいの?」

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