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竜日にとって桃香は、はじめてできた女子の友人であった。
実家が武術の道場で、門下生はたくさんいた。ただ、竜日は門下生とは別に徹底的に鍛えられていた為、道場に通う人間であっても近寄りがたい雰囲気だったようだ。たまに話をするとしても男子か、男性か。母親の顔は見た覚えがない。
十一歳、小学校五年生の時に最人と会った。竜日は詳細を覚えていない。最人と会った日のことは覚えていないが、十三歳、中学一年生の夏、桃香に会った時のことは覚えている。
「とてもではないけれど、立派なレディには見えないわ」
桃香はその時から手入れされた髪をさらりと揺らして、服は上品さで溢れていた。意志の強そうなきりりとした強い目が竜日を見ている。竜日は、桃香を観察するのに一生懸命で、言われた言葉はあまり耳に入っていなかった。「聞いているの?」レディとはなんだったか少し考えた後に応える。
「聞いてる」
「何故あなたのような人が最人と一緒にいるのかしら?」
「友達だから?」
桃香は溜息を吐いてわかりやすく呆れていた。女に見えないし、なんならうまく話しも通じない。竜日が桃香を自分とは全く別の生き物だと感じたように、桃香もまた、竜日を全く別の生き物と思った様子だった。
「あなたのような不思議なひとははじめて見たわ。そういうところがいいのでしょうね」
「ありがとう……?」
「褒めているわけじゃないのよ。最人の物好きにも困ったものだわ」
「うん」
最人が物好きである点には同意であった。夜中に道場にやってきたりするし、竜日を護衛にと様々な場所を連れ回したりしている。最人はいつも楽しそうにしていて、竜日も言われるがままに付き合っていた。竜日もまた楽しんでいたのだけれど、常に、最人を守らなければならないという意識があった。
何故ならば。
「いい? 最人はこれから何千、何万、もしかしたら何億もの人を導く人間になるのよ」
家にいても、学校にいても、なにかのパーティへ出席しても人の中心にいて、全員が最人に期待をしている様子だった。父はフランスに本社を持つコンサルタント企業の社長で、実績があり、世界で最も信用のおける企業として、様々な会社、果ては国に熱望されていた。その実権を、いずれ最人が握る。他にも血縁者はいたが、最人が最有力候補だと、最人の周りの人間に何度も聞かされていた。
「近くに居る人間に品がないと、最人の評価を下げることになるわ」
「そういうもの?」
「そうよ。だから私が徹底的に鍛えて差し上げるの!」
「私を?」
「精々音を上げずについてくることね! おほほほほほほ!」
と言うのは、竜日を最人から遠ざける為の方便だったのだが、竜日が律儀に言うことを聞き、姿勢が改善され歩き方が改善され。テーブルマナーを覚え、音楽の教養を身につけ。内容はどんどん当初の目的とは関係がなくなり、様々な方向へ飛躍したが、竜日にはそれが。
それが、なによりも。
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