17

 竜日は胸が大きく上下するのを感じる。深く息を吸って、吐いた。ようやく身体に血が巡るような。いくらか視界が開けたような。


「……そうか、緊張してたんだ」


 身体に力が入っていた。


「ジャカさん」

「はい?」

「本当にありがとう。随分落ち着いた」

「そうですか? 役に立ったならよかった」

「ジャカさんは、もしかして音楽家でもあるの?」

「いやいやいや、下手の横好きですよ。ただの趣味で。普段は滅多に弾きません」

「ふうん。勿体ない……あっ」

「ん?」


 この楽器だけ大切そうに壁に飾ってあった。埃もかぶっていなくて、きらきらとして見えた。だから余計にジャカの演奏を聴いてみたくなったのだけれど。


「もしかして、無理させた? 本当は弾きたくなかった?」

「いやいやいやいや、大変気持ちよく演奏いたしました。リューカさんの足しになるなら、これからいつだって、どんな曲でも弾きますから――」


 ジャカは調子よく話していたが、楽器を置いて、下から覗き込むように竜日を見る。


「……リューカさんの方が、無理をされているように見えますが」

「私は」


 心配されている。自分で、今まで気を張っていたようだと口にした。最人と喧嘩をしていることも知られている。今更誤魔化すというのもおかしな話であるような。しかし、本当のことを話してしまってもいいものかどうか。竜日が顔を上げると、ジャカは頭を抱えていた。


「今度はどうしたの?」

「違うんです。違う。追いつめたいわけじゃなくて。つーかその、笑って貰えたらいいなって思ってんですけど」

「私笑ってない?」

「さっき、音楽の話してた時はちょっと笑ってましたよ」

「今は?」

「途方に暮れてるっつーか。落ち込んでる、悲しんでる? とか。そういう風に見えます。俺の質問がきっかけだったもんで、申し訳なくて」


 すみません、と謝られる気がして、それより先に名前を呼んだ。


「ジャカさん」

「は、はい?」

「あの、ジャカさんを捕まえてた海賊の人達ってまた港に来たりするかな」

「海賊じゃなくても質の悪いのはよく出入りしてますよ。変な薬売ろうとしたり、物を盗もうとしたり、人を攫おうとしたり」

「ジャカさん達はそういうのを取り締まっている組織だよね? 合ってる?」

「正式には領主様の仕事ですがね。行き届かないところに入り込んで商売やってる組織です。取り締まってるように見えるのは、まあ、縄張りを荒らされないようにしてると自然とそうなるって話で、法に触れるか触れないかってところで生きてます」

「なら、大体想像通りだ」


 元の世界でいうところのヤクザのようなものだろう。変に取繕われたらわからなくなるところであった。ジャカもそうだが、トーリもカルも港の人達に心配されていた。トーリとカルはジャカを助けようと必死で、ジャカもまた、トーリとカルを逃がそうとしていた。


「昨日の海賊みたいな、ああいう小競り合いくらいなら私は力になれると思う」


 考えることをやめたわけではない。


「というか、それくらいしか私に出来ることはないんだけど」


 動いてみることにした。竜日は続ける。


「個人の暴力でなんとかなることなら手伝えるから。上手く使ってくれていいから」


 わからないことはわからない。考えるだけの材料が足りていない。最人は見聞きした情報のみで立ち回ることができるのかもしれないが、竜日は、自分の感情の動きを追いかけることしかできない。


「――だから」


 可能性は無数にある。その中から、選びたいものを選ぶ。手のひらを自分の胸に当てて、ジャカ・ビレイを真っすぐに見た。


「一緒に、最人を元の世界に帰す方法を探して欲しい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る