16

 隣の部屋に移動して、ジャカは一つ咳払いをした。

 椅子に座って、足の間に龍線を挟んで弓を構える。

 一つ呼吸を置いて演奏がはじまる。

 ヴァイオリンのようにはっきりとした澄んだ音ではなく、低音は波音のような質感を持っている。そして高音は鳥の鳴き声のような、呼ぶような、答えるような軽快な響きだ。なんとなく、朝から見ていたこの港の光景を思い出した。

 静かなメロディだった。日の出と共に人が港に集まり、市場が開かれ、だんだん活発になっていく。懸命に愉快に生きようとする人達。そういう人達の強さ、あたたかさ。

 最人や桃香に連れられてコンサートやオペラを見たことがある。おかげで、すごい奏者はなんとなくわかる。そういう人の演奏を聞くといつも思う。

 きっと今、同じものを見ている。

 太陽が沈むように音が止んだ。


「この町の曲?」

「いやいや、誰でも弾ける練習曲ですよ」

「そうなんだ。この町の一日をイメージして、ジャカさんが作ったのかと思った」

「そっ」


 ジャカはぴたりと動きを止めて、眉間に皺を寄せ、眼を閉じて考え込んでいた。「あー」「うーん」上を向いて下を向いて、それから項垂れるように頭を下げた。


「……ごめんなさい。その通りです」

「やっぱり」

「リューカさんは、音楽にも明るいんですかい」

「ううん。なんとなく。そんな気がしただけ」


 酒場の居心地の良さ、表通りの喧騒や、裏道の静けさ。そして、この家の窓から見える港。そのままの風景が浮かんできた。


「とてもよかった。ありがとう」

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