49
桃香と友人になるには一年かかったが、マールとは、ジャカのおかげですぐに仲良くなれた。
竜日は日傘を差して歩くマールに声をかける。
「マールちゃん」
「……リューカさん」
「どこかに宿取ってる? 送るよ」
「そう。ありがとう」
竜日はマールの隣に立つ。普段であれば竜日に声をかけてくる住民も隣のマールが気になるようだ。遠巻きに眺めるのみで、声はかからない。
港へ出ると、マールは沖の方をじっと見つめる。それから、竜日の方を振り返った。周りに人はいない。
「言ったわね? 闘技場で、貴女のことを見たわ。ちょうど、白髪の男と戦っていたところ」
「ああ、ロアさん」
「ダンガ様の右腕よね。何度か会ったことがあったけれど、あの方が誰かに負けるなんて想像できなかったわ。あなたは何故あんなにも強いの?」
「私にはあれだけだから。ずっと、他の人に喧嘩でだけは負けないように育てられたから」
「武術の先生がいらしたのね?」
「お父さんだね」
「お父様に習ったの」
「そう」
「ご存命?」
「いや、三年前に」
「ご病気で?」
「ううん、私が殺した」
「……え?」
「あ」
竜日はそう思っているが、今日はじめてあったばかりの女の子にする話ではなかった。あまりにも桃香に似ているものだから、同じ調子でさらりと喋ってしまう。「えーっと、正確には、うーん」正確に言うと。なにから話せばよいものか。そもそも、冗談だったことにしてしまうべきか。
「闘技場でも、トロー組の方も誰一人殺してはいなかったでしょう?」
「もちろん。そんな必要なかった」
「なら、お父様を手にかけたのは、必要があったの?」
「その、間接的に、というか。私が刺したとか殴ったとかじゃなくて、ある夜、お父さんに勝って。次の朝には、毒を飲んで」
「原因は、リューカさんに負けたことだと?」
「私はそうだと思ってる」
マールは、持っている傘を強く握った。
「こんな話をさせられて、嫌じゃないの」
「ごめん。聞いてて楽しい話じゃないね」
「わたくしは」
良いとも悪いとも言わなかった。竜日はじっとマールを見下ろす。出会ったばかりの頃の桃香に本当に似ていた。マールはコートの中から封筒を取り出した。
「あなたに、言わなければいけないことがあるわ」
青みがかった白色の封筒だ。
「アレーンに頼まれたの。この手紙をリューカさんに渡すようにと」
竜日は手紙を受け取る。後で読もうと仕舞おうとしたら「今読んで」と強く言われた。封筒から便箋を取り出す。
「私、この国の言葉読めなくて」
「きっと大丈夫よ」
差出人も宛先もない。ただ、書かれている言葉ですべてがわかった。日本語である。
『三月以内に王都へ参上せよ。でなければ國立最人の命はない』
非の打ち所がない綺麗な文字だ。これは最人の文字に違いない。王都へ行かなければいけないということだけがわかる。
「……あの人、本当は、サイトという名前なのでしょう?」
竜日が顔を上げる。
「この間、ここに来た時に聞いたわ。その後本人からもね」
マールは鞄からもう一つ紙きれを取り出した。分厚い紙で、四つに折られていて、絵が描かれている。
「アレーンは死んだの。予言者に聞いたから間違いないわ。それで、よく似た違う人間が現れるって。ほら、見て。その予言者は絵をくれたのよ」
描かれているのは最人であった。
「名前も聞いたわ。サイトと言うのだと。見た目は完全にアレーンなのにね」
「それって」
「彼に協力したのなら、一番欲しいものを得られる。そう、言われたわ」
「いつ?」
「そうね。今のアレーンが現れる一週間くらい前、だったかしら」
「その人、そのあとどこ行った?」
「え? 予言者の国に帰ると言っていたと思ったけれど」
「予言者の国」
「ちょっと、脱線しているわよ」
「ごめん」
マールは三年前の桃香と同じ表情で、桃香と同じ言葉を使った。
「助けてほしいの」
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