第34話 本屋で再会
雑多で賑やかな下町と違い、清楚感があり美術館に飾られる石像のような上品な街並み。人に道を尋ねながら、ヤガに店の名前を聞いた黄金を加工してくれる工房を探す。
工房でキギ・コナからの紹介で来たことを告げ、黄金の指輪を見せて説明する。
素人目で見ても、由緒ある黄金の指輪だとわかる。それを何度も、本当にいいのか、これでいいのか、こっちじゃないのと聞かれ、それでいい、そっちでいいと、何の押し問答なのかと途中で我に返る程しつこいくらいに説明して、指輪を預けた。
時間が掛かると思っていたのだが、絵も指輪も預けて午前中で用事が終わってしまった。今から帰れば、午後の早い時間には宿へ着く。
だが、ラフィが一人にして欲しいと言ったのだから、一人の時間を邪魔するべきではない。
何処かで時間を潰すか。ヤガたち商人に同行し山の町へ帰るのなら、彼らの商品の販売と仕入れにそれなりの日数を裂く。都市でも、毎日遊んで過ごすのは、遊び人でも何でもない俺の性分では飽きが来る。ギルドに寄り、短期の仕事を探すか。
ひとまず、美術商の娘に教えて貰った本屋へ向かう。
インクと紙のにおいのする店内は暖かく、被っていたフードを脱いだ。
並んでいる本をザッと眺める。想像の物語を綴った小説から、日誌、図鑑、絵本、外国語の医学書まで様々だ。これだけ多くの本を扱っている本屋は、田舎には無い。
中でも演劇台本の写本コーナーが幅を利かせている。やはり、ここでは演劇が人気らしい。
「何をお探しかな」
ふり返ると、見覚えのある顔があった。
「漁港のパブでお会いした方ですよね」
労働者の格好とは打って変わって、洗練されたデザインの上等な黒のコートに帽子を被っていた。しかし、服の上からも漏れている育ちの良い雰囲気はちっとも変わらない。役者に向いていないタイプだ。
改めて見ると、年齢は三十程度、同年代か。身長は俺の方が高いが、そもそも俺より背が高い者は全体的な割合として少ない。
「覚えてくれていて嬉しいよ。今日はとても綺麗な髪飾りをしているね。煌びやかなその髪飾りのお陰で気づいたみたいなものさ。
透き通る清楚で繊細な雰囲気が、艶やかな君の黒髪によく似合っている」
「ありがとうございます。髪結いも髪飾りも毎日主人がして下さるものですから、私の主人の見立てが良いのでしょう」
どちらかとえいば、髪飾りよりも着ているワインレッドの外套の方が目立つのだろうに。思っても口には出さず、僅かに微笑む。
俺の言う「主人」をどう捉えたのかわからないが、特に気にした風はない。買うことのできる愛人が居る町だからか、それとも、相手が居ても構わないのか。
「パブで一緒だった、黄色い人かい? 今日は一緒じゃないの?」
「大した事はないのですが、本調子ではないそうで」
「気疲れかな。文化の違いもあるだろう?」
「そのようです」
男は芝居がかって頷いた。
「僕はぜラ・パム。君の名前を教えてくれないかな」
「ミラ。ファミリーネームはありませんので、ただのミラと」
ぜラが首を傾げた。
「それは……おっと、詮索は不粋だね」
ファミリーネームが無いことか、それとも、俺の名前がこの国の民と同じ二音だったから偽名とでも思われたのか。ファミリーネームは赤ん坊の頃から持っていないのだから、名乗りようがない。
「私共の国の人名は長いので、この国では呼びやすいように名乗っている通称です。ほとんど本名と同じなのですが、本名の方がよろしいでしょうか」
「いや。こちらとしても、そのままの方が有難いよ、ミラ。ところで、何の本を探していたんだい?」
「教えて下さったニフの作品を」
「興味が?」
「歴史を元にしていると聞いたので、この国の文化を知る知識の一つとして」
「殊勝な心掛けだね。僕も今日はニフの新作の写本が無いかと探しに来たんだ。……ニフの作品は、この辺りかな」
目当ての作家が記された本が並ぶ棚、新作と書かれた木札が示す緑の装丁本は一冊しかない。手に取り、ぜラに差し出した。
「いいのかい?」
「こちらはしがない興味本位です」
「なら、これからこの芝居を見に行かないか。観ることも、読むこととはまた違った見識を深めるだろう。その前に、ランチも一緒にどうだい? それとも、何か予定が?」
「ここから歩いて行ける劇場でしょうか」
「徒歩の範囲さ」
「ランチの店は賑やかなテラス席で」
「この寒い中で?」
「席が凍っていなければ。雪の中での野営も慣れています。寒いのがお嫌いでしたら、繁盛している店の一般席で」
「もしかして、警戒されているのかな」
「まさか。相手の居る者に望まない交流を強いる蛮人には見えません。まして、旅商人に付き添い盗賊や野生の獣を狩って生計を立てている相手に」
「外套の腰の辺りに剣を下げているような膨らみがあるから、そうだろうとは分かっていたとも」
「ただの流れ者です」
「ランチも芝居のチケットも全てプレゼントしよう。なに、僕にとっては大したものではないから、遠慮することはない。退屈な僕の時間に付き合ってくれさえすればいい。その代金だと思って受け取って欲しい」
「私も丁度、暇をしていたところです」
「奇遇だね。では、ランチに行こうか。その前に、服を買わなくてはね。その深い赤もよく似合うのだけれど、劇場のドアマンはどうも旅の服装を気に入らないらしくて。君に差し上げるのだから、多少は僕の好みになってしまうのは許して欲しい」
演劇にある駆け引き場面を意識したやり取りが好きだろうと思っての会話だったが、思惑通り食いついた。
劇場はドレスコードがあるようなところらしい。演劇観覧へ行けば、ニフの作品が好きだというエディリアナにお目に掛かれるかもしれない。
俺としては手間が省け、ぜラ・パムは満足そうだし、お互い悪いことじゃない。
ただ、心配なのはラフィだ。
薄氷の如く繊細で鼠の心臓程度の小さな器の持ち主だ。いくら情報収集の為とはいえ、負担にならないよう伝える時機は慎重に考えよう。
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