第38話 野心家と遊び人

 お互い名乗って、挨拶をする。ゆっくりした足取りで、売店へ行く道すがら話をした。

「ダナさんはここは何度も来られているのですか」

「まあね。君は初めてなのだろう?」

「町で知り合った友人に誘わたのです」

「隣に居たパム氏か」

「やはりこちらを見ていらしたのですね」

 年齢に似合わずデル・ダナが恥ずかしそうにはにかんだ。高級娼婦のパトロンだから、見知らぬ人間に声を掛けられてもう少し軽視されるのかと思いきや、純朴な反応だった。ウチのラフィの警戒心が異様に強いだけなのか。

「失礼した。私の連れと似ていたもので」

「こちらも気になっておりました」

「彼女のことかい」

「貴方のことも」

「私が?」

「はい。この国で同郷の者に出会ったことが無かったので、外国の女を連れている紳士はどういった方なのかと」

「君はなぜこの国に?」

「ただの流れ者です。気の向くまま、何処へでも」

「羨ましいことだ。エディリアナ……私の連れなのだけれど、彼女も外国から船で来たそうだ。夫と一緒だったが、航海の途中で病に罹って亡くなったと言っていた。一人、この国に辿り着いたエディリアナが哀れだろう」

 隊長職を勤めた程の男であるのに、初対面の相手に他人の過去を容易く話す。

 商人からも、エディリアナは外国船に乗ってきたと聞いていた。平民にも聞こえる噂になるくらい、知られた話か。

 高級娼婦の過去話が、口から出た嘘か、脚色を加えた話か、真実そのままだったとしても、同情を買う武器になる。

 こういう場では、真実も嘘も違いは無く、重要性はあまり無い。いかに顧客に優越感を与えて気持ちよく金を払って貰えるかが一番大切なことだ。

 ダナが俺にわざわざ語った思惑は、可哀想な女の面倒をみてやっている思いやりのある男だと、売り込み文句。

 それをこの男の口から話させ、男ぶりを上げるのは、高級娼婦の手腕か。

「お優しいのですね。それに、親切なお方だ。現に、初対面の私を道案内して下さるのだから」

 軽く褒めてやると、ニヤニヤとして鼻の下が伸びた。わかりやすい男だ。

「いつでも頼って来なさい。勝手がわからないものもあるだろう」

「ありがとうございます。では、せっかくですのでお尋ねします」

「なんだね」

「ダナさんは、歴史ものの演劇がお好きなのでしょうか。友人に、ニフの作品は歴史ものが多いと聞きまして」

「歴史勉強かね、感心なことだ。そうだね、私は元々騎士であったから、歴史ものは教訓でもある。大抵、悲劇で終わるのだから」

「演劇を単なる娯楽ではなく、教訓と捉えられているとは。感服いたします」

「男は皆、野心を抱くだろう。私はこの歳で隠居した身。孫の出世、牽いてはわがダナ家の為には私の導きが必要だ」

 遊んでいるように見えて、ギラついた野心を抱えている。表舞台は親族に任せ、裏で操る気満々だ。社交場へ顔を出しているのも、名前と顔を売って、人脈作りと情報収集の為か。

 家をもり立てようとする野心家なのは、素直に感心するところなのだ。我が主人は心を病んで臣下を遠ざけ、己の自滅を願う程、それが心底向いていなかったから、今、こうしているのだけれど。国を捨て、穏便で平穏な日々を送りたい、慎ましくささやかな隠居生活を求めている身として、できることなら、政治には巻き込まれなくない。

「持つべき家の無い私には、違う世界の話に聞こえます。しかし、その家に生まれた使命を全うせんとする生き様は、わからないなりにも、頼もしいく思います」

「君もなかなか口が巧い」

「伊達に、あちこち旅をして様々な民族と触れ合ってきてはおりませんから」

 それから時間を稼ぐ為に、当たり障りない程度に俺の旅の話をしたり、演劇や歴史から、デル・ダナの自慢話、売店で酒を買いながら蜂蜜酒が好きだとか、肉は鹿が好みだとか、個人的な好みまで聞き出した。

「関門を通るときに知り合った商人が、いい蜂蜜酒を仕入れていました」

「本当かね?」

「今なら、商人ギルドで情報が得られるかもしれません」

「いいことを聞いた。今日は君に会えて幸運だった」

「こちらこそ」

「また会えるかね。私はしばらく、この町に滞在するつもりだ」

「どうでしょう。何分、気まぐれな旅暮らしなもので」

「ここは退屈かね」

「いいえ。ダナさんの話には興味を引かれます。機会があれば、貴方の隣にいらした同郷の者と交えて故郷の話でもしつつ」

「エディリアナを紹介しよう。今度、お茶でもどうだろう」

「いいですね。今日の演目の感想も聞いてみたいですし。友人が中で待っていますので、今日はこれで」

「そうだね。では、日を改めて」

 最後に笑顔を向けてダナと別れ、個室へ帰る。先にぜラが帰ってきていた。

「成果はどうかな」

「本日は挨拶だけです。そちらは」

「まあまあ」

「お互い、挨拶だけだったということで」

「ふふ。そういうことにしておこう」

 結果が出るまで明かさないのも一興だろう。

 観劇に戻るも、ぜラは繰り広げられる悲劇的な歴史よりも、男装の高級娼婦の方が気になるようで、時折客席をちらちらと盗み見ていた。

 俺に声を掛けてきたゼラは、本当はエディリアナに近づく口実を欲しがっていたのではないだろうか。意中の相手に会う為に、彼女と同郷の男に服や食事を与え、彼女の出入りしている劇場へ。まずは此方と親睦を深めようという気なら、乗ってやろう。寧ろ別の目的があった方が、素直に施しを受け取れる。 

 劇場を出る。晩冬の外気に晒され、特有の開放感を得た。ふと、暗い色目の服を着た都会ならではの人の群れの中に、明るい色が見えた気がして当たりをを見回す。

「どうかしたかい?」

「黄色が見えたような」

「僕は見てないな。ひょっとして、僕という者が隣にありながら、君はご主人様のことで頭がいっぱいだったのかい」

「彼は私の中に住んでいますので。今、貴方の中にエディリアナさんが住んでおられるように」

「君という男は。仕方ないね」

 目につく派手な黄色といえば連想するのは一つなのだが、見間違えだろうか。貴族社会を嫌悪している彼が一人で来るだろうか。来たとすれば……俺を捜して? いや、一人になりたいと言ったのは向こうだ。だが、意外と寂しがり屋でへそ曲がりなところもあるから……。

「さっきから黙り込んでいるけど、疲れたのかい?」

「すみません、せっかくの楽しい時間に」

「カフェでも寄ろう」

「そうですね」

 劇場近くのカフェで、ぜラのお茶に付き合い一息つく。ゼラにお任せて頼んだ、フワフワのメレンゲが乗った、タルトシトロンが思いの外美味しい。アーモンドが練り込まれ、こうばしく焼けたタルト生地に、レモンが香り、温かい紅茶に合う。でもこれは、シンプルなものが好きなラフィの好みから外れている、俺なら選ばなかった。

「これから、屋敷に遊びに来ないかい?」

「そうしたいのは山々ですが、ウチの主人は嫉妬深く独占欲の強い人でして。ジア夫人のように」

「画家のシビ・ジアのかい? それは大変だ、刺されない内に早く帰った方がいい」

 ぜラの申し出を断っても、気分を害した素振りは微塵もなくカラカラ笑う。

 ラフィに刺されるとしたら、俺ではなくぜラの方だが。

 特定の相手に貞操を誓う身綺麗な男ではないし、見合う価値があるなら構わないとは思う。ぜラ・パムのようなさっぱりとした男とだったら、割り切った関係になれるだろう。

 しかし、それでラフィに要らぬ病を移したら目も当てられない。守るべき主人を不本意に害してどうする。

「すみません、せっかくお誘い頂いたのに」

「構わないよ。そうだ、ミラにこの本を貸そう。僕たちが最初に会った、漁港の店を覚えているかい」

「苦いチョコレートの衝撃は忘れられません」

「ああ、あの狂気が何故流行っているのか理解できない。チョコレートは飲まないが、午後はあの店でお茶をしているから、いつでも返しにおいで」

「何もかも、ありがとうございます」

「いや、お礼を言いたいのはこちらの方だ。実に充実した日だった」

「彼女と進展でも?」

「ふふ、それは追々」

「吉報をお待ちしております」

 ニコニコと明るい笑顔は、それだけで物語っていた。

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