第39話 昼食は何を食べた?

 服屋で預かって貰っていた、元々着ていた服に着替える。俺にと買って貰った服は、荷物を極力減らしたい旅人として、このまま返したかったが、「遠慮は煎らないよ」「君の為に買ったのだから」と、内側に布が貼られた木箱に入れられ持たされた。遠慮ではなく、本当に不要なのだが。

 思いのほか大荷物になってしまい、馬車で送るとも言われたが、泊まっている宿を特定され押し掛けられても何かと――特にラフィだ――面倒だから、断った。

 コートやらジャケットやら一式の入った大きな木箱の上に、帽子の入った木箱を乗せ、前が見えないながらも人にぶつからないよう、道に迷わないよう、何とか持って帰る。同じ金額なら黄金の方ががさばらない。いずれ売ってしまおう。

 泊まっている宿に着いたのは、日が金色に色づいてきた頃。部屋にラフィの姿は無く、もぬけの殻だ。

 とりあえず、この服の入った箱をベッド脇の壁との隙間に置く。ピッタリはまった。ここなら箱の角に小指をぶつけることもなく邪魔にはならない。

 部屋を出て、受け付けでラフィの行き先を尋ねる。

「午後、声を掛けてランチのおすすめ店を紹介して、出掛けられたきりですね」

 ということは、宿の従業員に声を掛けられるまで、昼食も摂らず部屋に篭もっていたのか。様子を見るように頼んでおいて正解だった。

 昼食のあと、散策にでも出たのか。海辺の町だから、歩けばきっといい気分転換になる。一人で籠もるよりはずっといい。探しに行ってもすれ違うだけだ。ヤガたちもまだ出掛けているし、遅くとも暗くなる前には帰って来るだろう。言ったことは守るタイプでもあるから。

 先に夕食を取る店に当たりを付けておくか。

「肉料理を出すおすすめ店はありますか? できれば、ステーキや串焼きのような塊で出すところがあれば」

「肉の種類は?」

「そうですね……」

 ラフィなら、それこそ虫から蛇まで何でも食べるが、鶏のように柔らかい肉よりも食べ応えのある赤身肉の方が比較的よく食べる。

 そこへ、黄色い外套を被った当の本人が丁度良く帰って来た。

「ラフィ、昼食は何を食べた?」

「顔を見ていきなり、それ聞くのか。カレイのバター焼きと茹でたジャガイモと貝と野菜のスープ。あとデザートにプディング」

 朝もシチューだったのだが。この町に来てずっと海鮮ばかり食べて、よく飽きないな。

「本日の夕食は、海鮮か肉か」

「不味くなければ何でもいい」

「肉ですね。鶏だとか羊だとか、ご希望の種類は?」

「任せる」

「では、牛で」

 山の町に居た去年の今頃は、生のジャガイモも尽き、茹でて乾燥させ粉にした保存用のジャガイモの粉を湯で練ったマッシュポテトと、湖で獲れた魚、家畜の肉は、冬の飼料削減の為に潰した羊肉があるかないか。限られた食材でなんとかやり繰りしていた。

 せっかく物資が豊かな町に居るのだ、ラフィにはしっかりと食べて貰いたい。ただでさえ、食事に興味の無い人だから。それも、皿の中央に行儀よく鎮座する鴨肉とレバーのパイ包みなんて気取ったものではなく。

 宿の従業員から希望に合った料理を出す店の場所を聞いた。

 話しをしていると、見上げてくるラフィの視線を感じた。話し掛けてくるでも、食べたいものを告げるでもなく、人の顔をジッと見てくる。

「食べたいものでも?」

「無い」

「何か言いたいことがあるのか」

「……別に」

 つんと顔を背けた。

 何か不満がありそうだ。

「そういえば、城塞都市へ行きました?」

「なんで俺が、一人であんな所に行かなきゃならない」

 上流階級を毛嫌いするラフィだ、あまり入りたくない町なのだろう。しかし、それをいったら、見ず知らずの他人そのものを好まないじゃないか。見ず知らずの人間が行き交う町を、一人で散歩して帰ってきたばかりだろうに。

「そうですか」

 様子が違うラフィが気にならない訳ではないが、今朝のこともある。知らぬ土地、しかも、上流階級から労働者、外国人まで、人間がごった返している町だ、精神的に疲れて不安定になっているのかもしれない。体が丈夫で、体力は化け物級だが、中身は繊細。あまり藪をつついて蛇に噛まれるのも難だ、そっとしておこう。

 ヤガに聞きたいことがあるのだが、今日は取引相手と夕食を共にしてくる可能性がある。明日、絵の鑑定結果を聞きにアトリエへ行くときにでも尋ねればいい。

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