第40話 素直に嬉しがったらいいのに

「行かない」

 朝、身支度を手伝っていると、また城塞都市の中へは行きたくないと言いだした。寝起きは不機嫌だが、それだけではない。ふて腐れてこっちを見ようとしない。

「ラフィが買った絵なのだから、本人がその場で結果を知るべきかと。それに、一人でいると余計に塞ぎ込むだけだ、気分転換にもなります。二人で散策をしないか? 平民でも入れる美術館もあるそうなので」

「誰かと行ったのか」

「何故、そのようなことを?」

「……別に。この町には来たばかりなのに、お前、詳しいだろう」

「絵の鑑定を頼んだアトリエの人に聞いただけです。ラフィを連れて行きたいと思ったので。美術館デートは退屈か?」

「そんなことは……ない、けど」

「そろそろ、真冬の格好も何とかしないと」

「まだいいだろう。外は寒い」

「服を選んで頂けませんか? ラフィの好きな俺にして欲しい」

「くぅ……。お前、卑怯だぞ」

「一緒に出かけたいだけなのに」

 小首を傾げて残念そうに誘ってみれば、顔を赤くしたラフィが目を泳がせて唸った。

「し、仕方ないな。……ミラがそこまで言うなら」

 一日だけならまだしも、二日も一人置いていくと悪化しそうだ。デートを餌にしてなんとか連れ出す約束を取りつけた。

 なんだかんだ渋ってはいたが、一緒に出掛けるのは嬉しいらしく、機嫌よく俺の髪をハーフアップに結っていた。

 本日、ラフィが選んだ髪留めは、羊の角を削って作られた、飴色の猫の尻尾を模したバレッタ。この国で猫は魔除けの象徴でもあるが、俺たちの国では、想い人に贈る場合は『貴方は気まぐれな愛情の持ち主』という意味も込められている。皮肉だろうか。

 宿を出て、ヤガたちと合流する。

「ヤガさん、ぜラ・パムって知っていますか?」

「またとんでもない名前が出てきたね」

「大物?」

「商人の間では。パム家が商家って訳じゃ無くて。家柄は、代々王宮に務める子爵家で。政治に関わっているんじゃないし、そんなに大きい貴族じゃないけどね。ぜラがパム家の婿になってからは、そうでもないらしいけど」

「権力を持ってると?」

「金という権力ね。彼は中々やり手の投資家だよ。彼が婿養子に入ったお陰で、パム家は格段に裕福になったと言っていい。

 金貸しは商人の専売特許だったんだけど、今やパム家はそこら辺の商家より持ってるよ。キギ・コナさんも山の方じゃ豪商と言われているけど、足下にも及ばない」

 家族仲は良好、家は安泰、パム家にとってぜラの功績が大きく、婿養子が奔放に振る舞っていても、親族が口出し出来ないのか。逆をいえば、ぜラは婿養子に出され本来なら他家から来た肩身が狭い立場を、自力で自分の居場所を獲得した強者だ。飄々としていて、その実、したたか。

「ここから出ている輸送船もいくつか彼が出資していてね。ウチの羊毛製品にも目を掛けて貰いたいものだ。だけど、何で彼の名前を?」

「昨日、知り合ったもので」

「幸運だね、羨ましい」

「だとしたら、ラフィが付けてくれた髪飾りのお陰ですか。あれに目がついて声を掛けられたみたいで」

「ラフィ君が授けた幸運か。もしかしたら、持ってるかもしれないね」

「たまたまだろう」

 黙って聞いていたラフィが面白く無さそうに声を上げた。

 出会ったのは俺で、ラフィ本人がその場に居たのではないから、ラフィの効果かどうかは怪しいものだ。

「いやいや。昨日、絵を見て貰ったときの反応も悪くなかったし、ひょっとするとひょっとするかもしれないよ。あれ、ラフィ君が買ったって話だよね?」

「たまたまだ」

「居るんだよねぇ、そういう星の元に生まれてくる人が。羨ましい限り」

 勝手に幸運の持ち主にされ、つんと顔を背けるラフィ。

 幸運かどうかは置いておいて。

 忖度なく素直に絵の目利きを褒められて、照れているそれだ。

「素直に嬉しがったらいいのに」

「なっ……別に、嬉しくなんか……」

「主人の才能を認められて嬉しいです」

「絵の鑑定結果はこれからだろう」

「楽しみだ」

「……うん」

 贋作でも、シビ・ジアという画家の絵が人気だとは知らずに引き当てたのだから、それだけでも見る目は持っているのだ。身体能力だけではない、ラフィの才能を認められ、お世辞ではなく我が事のように気分がいい。元々、ラフィの能力は高いのだ。俺の事が絡むと、途端、自制がきかない幼児になるが。

 絵が偽物でも構わないとは思っているが、ここまでくると期待が膨らむ。

「本物です」

 アトリエで、絵を前にして告げられた。

「こちら、鑑定証になります」

 一枚の紙切れを渡される。俺にとってはただの紙切れほどの価値しか無いが、この絵が確かなものだと証明する鑑定書だ。

 期待はしていたが、まさか本当に本物だったとは。それも、片田舎の蚤の市で見つけた二束三文の絵が。いまいち実感がわかない。どう見ても、冴えない花の絵だ。

「どうする?」ヤガが尋ねてきた。

「売る」ラフィが短く答える。

「それはわかってる。ここで売るか、オークションに出すか」

「この絵は金額的にウチでは買えません。ですので、他のアトリエを紹介します」

 ここは小さなアトリエだから、安全面でも貴重な絵の買い取りが難しいかもしれない。

「ヤガさんが持って来た絵は売るのですか」

「オークションに出す予定。オークションへ出すとなると、向こうでも出していいものか審査をして、リストを作って、会員へ案内状を送って、展示期間があって。それからオークションになる。時間が掛かる。すぐ金に変えたい場合は、アトリエへ売ってしまう方がいいけど、出品料を差し引いても、オークションの方が高値が付く場合が多い。まして、人気の画家の作品は話題になるから、オークション会場としても目玉商品として欲しがるだろうし」

「ラフィの意見は?」

「どっちでもいい。本物だとわかっただけで満足だ」

「俺としては、ラフィがガラクタの中から見つけてきた絵が何処まで行くか見てみたい」

 金なら定住を視野に入れて貯めていた分がある。俺たちはキギ・コナの屋敷からということで、往復の用心棒を兼任していて宿代はキギ・コナ商会持ち、当面の生活は困らない。ヤガが持って来た物も出すのだから、ついでに出して貰っても、オークション開催を待って、置いてけぼりをくらう羽目にはならない。

「ミラが言うなら。オークションに出す」

「では、ウチからオークションへの紹介状を書きます」

「出品者もオークション会場へ入った方がよろしいので?」

「そうだね。行った方が安心かな。そうなると、服買わなきゃだね。店教えるよ」

 ヤガに店を紹介して貰い、店主からオークションへの紹介状を受け取る。紹介状を元にオークション会場へ絵を預けたあと、ラフィと約束していた美術館へ足を向けた。

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