第52話−上.ラフィ、焼きもちを焼く
「お待たせ。中庭で話そう」
「私は美術鑑賞をしてきます」
挨拶回りを終えたゼラ・パムと、エディリアナが入れ替わりに離れた。細やかな気遣いが出来る所が高級娼婦たる所以だ。
二人で中庭へ向かう。建物が密集している町では、灯りとりの窓から太陽光を入れるため、それなりの大きさのある建物には必ず中庭があった。
春先の中庭は、まだ冷気が残っていて外へ出ている客の姿は見当たらない。
「さっそくだけど。信用のおける寄付団体をここにリストアップしてきた」
ジャケットの内ポケットから取り出された一枚の紙を渡される。
「ありがとうございます。お手数をおかけしました」
「大した手間ではないよ。ミラが言った寄付団体の内、三件は外した。一件は代表が寄付金を私用に使っている話があって、もう一件の教会は外国から売られてきた者の保護を装い横流ししていて、もう一件も似たもので孤児や身寄りの無い者の保護を装った人買いだった」
「ろくでもない所が混ざってますね」
「全くだね。大金と聞けば、他人の不幸を餌にして群がる連中さ」
どんな立場だろうが階級だろうが平等に接する彼が、眉間にシワをて寄せ珍しく軽蔑を示した。ゼラ・パムも金を持っているのだから、毟り取ろうと企んで来る連中と縁があるのかもしれない。
「そのリストに、僕の方からたまに寄付をさせて貰っている所も加えておいた。火事だったり、嵐だったり、様々な事情で家に帰れない人たちを支援する団体さ。その四つの団体は問題ないと思うよ。不安なら、君の方で調べ直してみるといい」
「いえ、不安はありません。本当にお世話になりました。何もお礼が出来ず、すみません」
「いいんだ、ミラの役に立てた事が嬉しいのだから。お礼というなら、引く手数多の美人が夢中になる人に興味がある」
「夢中になっているつもりはありません。心を砕く人ではありますが。主人なので」
「あくまで忠誠かい。それでもいいけどね」
一瞬、逡巡した。果たして紹介していいものか。
「取って食べたりしないよ」
「貴方のそこに関しては信用していないのですが、別の案件です。怪我をされても文句がないのなら、紹介しますが」
「ミラに手を出さないでいる現状を評価して貰いたいのだけれど。君のご主人は暴れ馬か何かかな」
「嫉妬心で蹴り殺すことも」
「怖いね。しかし、わからなくは無いかな。誰もが振り返る美貌の持ち主だ、気が気では無いよ」
「処世術は心得ております」
「君の手腕の問題とは別でね」
「そういうものですか?」
「彼の心中を察する」
挨拶程度の他者との関わりは必要だ。それでラフィが嫉妬心を燃やすのなら仕方がない。アイツが泣こうが喚こうが、絶対に俺から心が離れて行かないのだし、放してやる気もないもだから、別に構わない。
「それで、紹介を頼めるかな」
「どうしても、ですか」
紹介を渋るのは、ゼラ・パムが貴族だから。
この町は、外国人の渡航があり、さまざまな人種や地位のある者が、立場を忘れていっときの娯楽を得る特殊な土地柄である為に、無礼講が通り、誰とでも駆け引きが可能になる。だが、一歩外へ出ればそうではない。
パム家は王宮務めではあるが、政治に関わっていない子爵という話、家柄としはてそこまで権力を持っていないだろうが、用心するには越したことがない。
「そう渋られると、俄然興味がそそられる。僕から頼んだのだから、何があっても僕の責任さ」
「もの好きですね」
「つれないミラを繋ぎ止めておける秘訣は何かな。君は彼のどこに惹かれるんだい?」
「どうして皆、それを聞きたがるのですか」
「条件を達成出来れば、もしかしたら自分にもチャンスがあるのではないか、と思うのさ」
隙あらば横から掻っ攫らおうとする強かな下心からくる野次馬根性。意中の高級娼婦を手に入れたばかりなのに、欲張りな人だ。この不屈の精神はどこからくるのか。
「どこに惹かれるのか、と尋ねられても咄嗟にお答え出来ないほど、居て当たり前で、なくてはならない人です」
「それは……太刀打ち出来ないな。しかし、長年連れ添った夫婦も心変わりはする」
「好きでもない人に連れ添い、命がけの旅をするように見えているようで」
「いや、悪かった」
ゼラ・パムが引き下がって、この話は終わりのはずだった。
「好きじゃないのか!?」
他の客から離れて二人きりで話していたところ、噂の本人がやってきた。何処から聞いてきたのか、勘違いしてそうな絶望感が見える表情で佇んでいる。
「君がラフィかい? ミラに君のいいところを聞こうとしていたんだ。そうしたら、「好きでもない人に連れ添っているように見えるのか」と一喝されてしまってね」
「やっぱり、ミラは俺のことが好きじゃない……!」
「えっと……?」
当惑顔でこっちを見てくるゼラ・パムと、今にも泣き出しそうな顔で見てくるラフィ。面白い状況になった。
「ミラは俺よりも、こいつの方がいいんだろう!?」
「そうなのかい?」
「違います」
「違うのか。なら、ミラにラフィのいいところを聞いていたのに、彼はどうして怒っているのかな」
「一生懸命で必死になるあまり、本人でもわけがわからなくなっているだけです。面白い人でしょう?」
「なるほど。ミラの趣向がわかった。手間を掛けたいタイプだね」
苦笑して納得するゼラ・パム。
なまじ察しが良くて助かる。
それから、涙目のラフィに向き合う。
「ラフィ、落ち着いて、深呼吸して。……よし。考えろ。「好きでもない人」だけ拾わないで下さい。文脈を読め。言葉も理解できない馬鹿じゃないでしょう」
しょんぼり顔で考える素振りを見せたのち、はっと目を見開く。それから、仏頂面になった。――百面相。本当に、見ていて面白い。
「なぜ俺の許可なしにミラを連れ出す」
冷静さを取り戻したはずのラフィが、つかつかと詰め寄っていく。
何をするのか。
止める間もなく、ゼラ・パムの腹を一発殴りつけた。
「ミラに手を出すな」
腹を抑えて膝を折る彼に、ラフィが尊大に言い放つ。
やってしまった。この国の貴族に、とうとう手を上げてしまったと思うと同時に、安心もした。
殴ったとはいえ、手加減していた。激昂すればこの程度では済まない。殴り飛ばし、昏倒させている。骨や歯の数本、鼻や顎を砕く、なんて日常茶飯事で、大抵は血を見る。貴族に怪我をさせたとなれば、ただでは済まない。ラフィでも、そこまで気を回せる余裕があったということ。だから、先の話も理解したはず。
脂汗を額に滲ませ踞るゼラ・パムの腹に、数日間消えない青痣くらいは出来るだろうが……。それくらいなら、剣の稽古や乗馬でいくらでも出来るし、ゼラ・パム本人の責任でラフィを紹介してくれとせがまれていた手前、大丈夫だろう。
「ミラの忠告通り、馬に蹴られた」
苦笑いで軽口を叩く元気があるらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます