第3話 自然にやってしまう

『スープ二個、ジャガイモ二個、バター、塩少し』

「あいよ。青い兄さん、やっぱ凄いね。盗っ人捕まえてくれたお礼に、ジャガイモ二個サービスしとくよ」

『ありがとうございます』


 屋台で二人分のスープとジャガイモを注文すると、気のいい店員がおまけしてくれた。買ったジャガイモが倍になってしまった。この町の人たちは、俺たちにも良くしてくれる。加えて、畑仕事だったり、酪農だったり、肉体労働者ばかりだから、朝から皆よく食べると思われているせいだ。


『やっぱり』とラフィが自警団の師範をしていることを知った口ぶりなのは、人付き合いが親密な田舎町特有の狭いコミュニティの中で、更に目立つ俺たちが、どこに住んで何の仕事をしているか、大体把握されている為。


 高地でも育つこの土地特有の小麦も穫れるが、この土地で育てやすいジャガイモが主食。朝食はスープと茹でたジャガイモがこの辺りの定番だ。

 茹でたジャガイモは、パンと同じようにそのまま食べることが多いが、ソースをかけたり、表面をオーブンでこんがり焼いたりして食べることもある。


 ラフィは、湯気の立つ茹でたてホクホクのジャガイモに、牛乳よりも濃厚な羊乳から作ったミルキー感の残る作りたてバターに、少しの塩を掛けたものがお気に入り。ミルキーで濃厚なバターが熱で溶けて絡んだジャガイモから優しい甘い香りがして、口の中でホロホロ解け、砕いた岩塩の粒と合わさって絶品。贅沢とは、各国の珍しいものが集まる王宮ではなく、現地にしか存在しない。


 木製トレーにスープとジャガイモの皿を乗せる。外で食べられるよう、椅子とテーブルが置かれた一角があり、食べ終えたら食器は各々で返しに行くルールになっている。

 追加で、ラフィは羊肉の串焼き、俺は薄く焼かれた小麦粉の生地に卵サラダの巻かれたものを買った。串焼きは、本来は唐辛子の粉を後からたっぷりまぶすのだが、比較的辛いものが平気な俺でも食べられなそうなので抜いてもらった。フリッターの衣の如く唐辛子の粉を纏わせるのだから、それはもう羊肉食感の唐辛子。


「ちょっと辛いな」

 並んで椅子に座り、湯気を立てるスープを一口啜ったラフィが渋い顔をした。羊乳と香草を使ったスープで、見た目ではわからないが唐辛子が入っていたらしい。

 ちょっと辛いとは言ったものの、気に入らなければ全く食べないこともあるラフィが、二口目を啜るのだから、食べられる程度の辛さなのだろう。


 自分の、卵サラダが巻かれたものにかぶり付く。生地はクレープより厚いが歯切れがいい、しっかりとした食べごたえ。生のタマネギとたっぷり使われた香草がシャキシャキした食感で、ちゃんと野菜を食べている感覚。こってりした卵サラダも爽やかな味わいになる。ピリッとした唐辛子の辛みもあり、塩が控えめでも物足りなさは感じない。

 冬も深くなれば、野菜は保存用の乾燥野菜へと変わっていく。生野菜がもうすぐ食べられなくなると思うと、入ったものを選びたくなったのだ。これは野菜を食べたい欲求も、満足するものだった。


 屋台から湯気が香る広場で、沢山の客が場所を取り合い食事をする。一人が使えるスペースは小さく、ラフィと二人隣り並び、皿と身を寄せ合い、賑わいを楽しむ。


 主人と従者でしかなかった頃は、共に食事をするなんて考えられなかった。最初の内は気後れしたものの、店で食事を同じにするようになり、一〇年も経てば肩を寄せ合って食べるのもすっかり日常になった。人とは、環境で多少は変わるものだ。


「ところで、定住の件なんだが。希望はありますか」

「三〇までにどうとか話をしたな。まあ、春になるまでには考える」


 大きな串焼き肉を頬張り、リスみたいにモコモコと咀嚼するラフィの口の端にソースが付いている。

 付いているなぁ、と思ったら、自然と手が伸びて、顎を掴んで引き寄せ、ソースを舐めとっていた。


「ん、美味しい」

 春に穫れる針葉樹の新芽のシロップ漬けを使った、甘いソースだ。爽やかな森の香りとほのかな柑橘系の、春の香り。


「お前……」

 抗議の意思が含まれた半目で見てくる。


「何か?」

「「何か?」じゃない。……みんな見てるだろ」

「自意識過剰では」

「……もう、いい」


 プイッと顔を背けてしまった。怒っているように見えて、照れているだけ。口では横暴な物言いの割に、殆ど自分から手を出してこない。二人きりだと、やれキスしろだの、なんだのと、命令口調で大胆なのに、人目が多いと途端に警戒して遠慮する。


 対して、俺はというと。

 一度訪れた町を二度訪ねるのはあまりない。一度出会った人に二度と会う機会が殆どない旅暮らしが長く、人からどんな目で見られようが気にならない。


 この活気ある朝市では、人混みでの迷子防止に手を繋いで歩いていたこともあるのだし、ここ一帯の住民は俺たちの関係を知っている。世間体より安全性。

 なのに、今さらなんだというのだ。


 顔をツンと横に向けたまま、食べかけの串焼きをこっちに突き出してくる。

「………気に入ったなら、肉一個やる。一個だけだぞ」

「じゃあ、遠慮なく。こっちも食べるか?」

「いらない。生のタマネギ入ってるだろ」

 聞く前から、知っていた。


 ラフィ曰く、生のタマネギは苦くて辛いから食べられない、だそう。火を通したものは美味しく食べられるのだから、食べられないものを無理に食べさせる必要はないのだが。


 知らないで食べたときの、丸めた紙のように見事にしわしわになる顔が面白く、食べさせてみたかっただけだ。触ると閉じる葉を触りたくなるような、出来心。

 そうでなくとも、食べられるものが増えるのは、食が豊かになる。食べられないよりはいい。


 せっかくだから、肉を一つ貰う。差し出してきた串焼きの肉に噛みつき、口で抜き取る。一個とはいったが、その一個が大きい。肉質は固めで、羊肉独特の香りがする。これに慣れてしまうと、他の家畜の肉では物足りなくなるくらい、いい食べ応えで、ラフィが好きそうだ。


 労働者が多い街では、腹が膨れる量、食べ応え、はっきりした味が好まれる。

 故郷を出た頃、初めて飲食店で働いたときは苦労した。

 料理は得意と自負があったのだが、「高級そうな味がする」「美味いんだけど、食った気しない」悪いときには「味がしない」と客に言われ、今まで作ってきた味が否定されたような気にもなった。

 働く者は、汗をかくから味の濃いものが好まれる。職業が違えば、生活が違う。薄味好みの主人の食事しか作って来なかったから、塩梅には気を使った。


「綺麗な顔にソース付いてるぞ」

「顔が綺麗なのは承知している」

「ソースの方を指摘したのだが」

「とっては下さらないので?」

「自分でやれ」

「それは、残念」


 期待はしていないが、悪戯心は疼く。ハンカチで口を拭うと、ラフィに顔を寄せて口付けた。


「大衆の面前でやるなって言ったろ! 頭を撫でるな! お前、俺を何歳だと思ってる!?」

「共に二九です」

「いい歳した大人同士が外でするものじゃない!」


 世間でいい歳をした大人だが、人目をわきまえずぎゃあぎゃあ喚く童顔の主人はどう見ても子供の癇癪でしかない。

 青色鮮やかな短い髪を、猫でも愛撫するみたいに捏ねくり回す。毛質は硬めの犬。


 周りから野次と忍び笑いが漏れ聞こえたのは、きっと何処かで吟遊詩人が馬鹿話を披露しているせいだ。

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