第4話 選ぶものは相手のもの

 腹いっぱいになれば、温かい料理と、太陽が上がってきたこともあり、寒さも和らぐ。


 朝市には食品だけではなく、様々なものが売りに出されている。服や家具、鋏や食器、絨毯に寝具、毛糸や裁縫道具、手作り用品……。この日に合わせて、領主の屋敷が側にある町からわざわざ仕入れをしている露店があるくらいだ。


 山の辺境にある小さな町だから、ちょっとした日用品でも必要なときに手に入らない。特に、冬の長いこの地域ではリネンの布なんかは朝市くらいでしか手に入らない。今日を逃せば、手に入るのは七日後。街中の人が集まり、祭りの雰囲気まであった。


 自分たちのお茶用に、紅茶葉とクルミ、ドライクランベリーを買った。クランベリーは夏に、ここから下って森を越え、二〇日以上かけてずっと行ったところにある湿地帯で穫れる。焼き菓子にしてもいいし、蜂蜜や廃糖蜜で煮てもいい。


 それから、食堂の店主に、あったら買っといて、と頼まれていた岩塩と廃糖蜜、林檎を探す。廃糖蜜はドロっとした黒い密状のもので、税金が掛かる高価な砂糖よりも手頃な金額で手に入る甘味調味料。桶程の樽に入ったものを買う。


 林檎は、酸っぱくて少しエグみがあるもので、ラフィは生の林檎が苦手だが、甘く煮たものや火を通して菓子にしたものなら食べる。真冬は、酸っぱくてエグみのある生のそれすら欲しくなる貴重な果実だ。

 いくつもの木箱に、斑に赤い、手のひらに収まる程度の果実が溢れんばかりに詰まっている。岩塩を手に入れた後に、林檎を箱買いした。


 こういうとき、力のあるラフィが頼りになる。俺は、両手で廃糖蜜の樽に岩塩の粒が入った袋と、自分たち用のものを乗せて抱えていた。足元が見えない程の荷物だ。

 こちらから何も言わずとも、爽やかな香りを発する木箱を、当たり前みたいに無言で運んでくれるのだから、助かる。横柄な言葉とツンとした態度、すぐ手をあげることから誤解されがちだが、よく気づいて気の利くのだ。


 ラフィが楽しみにしていた休みの日に、俺の仕事を手伝わせてしまうのは申し訳ない。本人は、まあ、早く回りたい為に手伝ってくれているのだろうけれど。


「手伝って下さり、ありがとうございます」

 素直な気持ちを伝えると、林檎の木箱を持つラフィが不意に立ち止まって振り返った。


「お前、まさか……」

「根性の別れの挨拶ではないので、置いていかれる犬みたいな悲壮感漂う顔をするな」

「居なくなる前触れかと不安になるだろう」

「勘繰りすぎだ。世界広しといえど、礼を言っただけで怒り出すのはラフィくらいです」

「当たり前のことをしただけなのに、礼など言うからだ」


 手伝って貰ったら礼を伝えるのも当たり前では。

 ウチの主人は体力も力も熊並にあるくせ、心は常に捕食者を警戒しているウサギくらいに小心者。


『買い物、置いて置きます』

 繁盛している店主の出店に裏、邪魔にならないよう荷物を置いて、ようやく自由に朝市を回れる。


 俺たちの目的は朝市の中にある、蚤の市の一画。食品を売る区画とは雰囲気が異なり、乱雑で埃っぽい。

 各家で不必要になったもの、中古の食器、古着、古本、何に使うかわからない壊れたガラクタ、倉庫から引っ張り出してきたようなホコリを被ったままの家具……。宝探しをしている気分になる。


 蚤の市は、旅をしている最中も見て回っていた。掘り出し物を見つけて骨董屋へ持っていくのだ。儲かってもその日の昼食になるのが精々で、損することも多かった。遊びでやっていたから、儲けはそんなに考えてはいない。

 この小さな町に骨董屋が無いのだから、今はもう出来ないのだけれど、見ているだけで楽しい。


 留め金の壊れたブローチは修理すれば問題ないが、毛の抜けたハケなんか買ってどうするのだろう。

 その中にあって、綺麗な状態のニットの古着が目につき、手に取る。ライトグレーの、丈の長いワンピースだ。

 広げてみれば、女の体型に合わせた上半身がぴったりとした細いデザインで、肩周りが広く空き、腰辺りが絞られくびれて、下半身から裾はふんわりと広がっている。シミもなく、虫食い穴もない。柔らかい手触りは、上質なウールが使われているのだとわかる。これなら身に纏っても痒くならない。


 羊が多いだけ、ウール製品は豊富。着ているコートもウールだし、カーテンや絨毯、寝具だってそうだ。他の地域では、木製のベッドの枠に、麻袋に乾いた牧草を詰めたマットレスが一般的。家畜の餌が不足したときの備蓄にもなる。


 ここでは、牧草のマットレスの上に厚いフェルト生地を敷き、リネンのシーツを掛け、その上で眠る。フェルトがあるのと無いのとでは、寝心地が全然違う。

 板張りに直接寝なければならないベッドでも、吹雪の中で野営したときと比べれば、壁と屋根と布団があるだけ天国だが。


 ラフィがニットのワンピースをしげしげと見てくる。

「背の高いお前には小さいんじゃないか」

 なぜか、俺がこれを着る前提になっている。


 背の高い女に間違えられる顔をしていても、積極的に女ものを着ようと思った事は無い。そもそもサイズが違う。上背のある俺ではちょっと入らない。


「ラフィに似合う色だな、と思ったので」

「俺が着るのか」

「はい。気に入りませんか?」

 ラフィ用だと知った本人が渋面になった。


 背が低く、年齢よりも幼く見える顔立ちの主人だが、どうみても男。女もののワンピースが似合うとは思えない。大きさとしては問題なく着られるだろうが。


「……お前が着て欲しいっていうなら、仕方ない」

 揶揄って言ってみただけのに、険しい顔つきで渋々受け入れようとする。

 嫌なら断ればいいのに。おかしくて笑いが込み上げる。


「何、笑ってる。お前が着ろと言ったんだろう」

「違う、違う。綺麗な色だから、ほどいて、新しくアンタのセーターを編もうと思ったんだ。これ、そのまま着るんですか?」

「そういうことは、早く言え!」


 大袈裟な反応が返ってくるから、揶揄い甲斐のある主人だ。ニットのワンピースをほどく前に、一度ラフィに着せてみよう。案外、似合うかもしれない。


「ミラ、お前に似合いそうなものあったぞ」

 ラフィが手にしたのは、白いメノウで出来たマーガレットの髪飾り。大ぶりで可愛らしく、女児が喜びそうだ。

 主人の、俺用髪飾りコレクションは、こういった蚤の市で見つけてコツコツ集めてきたものだった。


「些か可愛らし過ぎます」

「頭に花が咲いた男には丁度いい」

 ニヤニヤしながら、手を伸ばして髪に花飾りを当ててくる。仕返しのつもりらしい。

「これくらい、隙があった方が可愛らしいだろう」

「頭に花が咲いたいい歳をした男を傍に置いて連れ回したい願望があるのは知りませんでした」

「は?」

 ニットのワンピースだけ買い、他の出店を見て歩く。


 テーブルに焼き物が並ぶ一角、青い色が目に入り、吸い寄せられた。

 青色の皿だ。釉薬に貫入が細かく入り、湖面を思わせる。キラキラした主人の髪を連想させられた。

 茹でたジャガイモの皮を剥き、多めの油で焼き色がつくまで外側をカリッと焼き、ひよこ豆のサラダと、目玉焼きをこの青い皿に乗せ、スープを添えたら、白と黄色が鮮やかに映える朝食プレートになる。


 一度手に取った皿を、そっと戻す。部屋は狭く、置く所がない。皿なら食堂でいくらでも借りられる。元々物置だった部屋を、店主の好意で貸してくれている部屋だ。いつか物件を借りるなり、中古を買うなりして、こういった皿で毎日食事を出すのも悪くない。


 中古物件か。この辺りでいう空き家は冬場の雪のせいで傷みが激しい。修理をするよりも、いっそ建ててしまうのも悪くない。

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