第13話−後.鎮魂の鐘
「町長は別に居られますよね」
「今の町長は、あのとき生き残った仲間の倅が継いだ。ヤツはワシと違い、いい跡取りに恵まれて幸運じゃな。
ワシは商売に専念したかったからな。町の仕事と商売、両方は荷が勝つ。
町を作るには人がいる。人を集めるには、自分たちの身を守る最低限の武力がいる、武力を持つには金がいる。
いい羊毛が獲れれば旅商人がやってくる。旅商人から情報を集められる。諦めてこの地を離れた仲間も居たが、ワシはずっと家族を諦められなかった」
旦那様の予測通り人買いに売られていたとしても、再会できる可能性は低い。どこに売られて、どういう扱いを受けているのかわからないし、外国へ連れて行かれることだってある。そもそも、売られる前に殺されて獣の餌になっているのかもしれない。攫われた者を見つけ出すのは絶望的だ。
旦那様は小さくため息をつかれた。
人から言われなくとも、本人が一番わかっていることだろう。
「集落に降りたとき、様子を見に帰った羊飼い仲間の遺体を目にしておる。例え戻っても、家族に会う前に殺されていたかもしれん。あの場で一番年長者だったワシが帰ったら、子供らを守ってやることができない。それでも、なぜ帰らなかったのかと後悔してしまうんじゃ。
盗賊を討伐し、自警団に剣を教えてくれた小僧らには感謝している」
旦那様は俺たちに向き直り、深々と頭を下げられた。
旦那様にとって、この町自体が家なのだ。大切な家族がいつか帰ってきて、安心して暮らせるよう、守ってきた大切な我が家。
知らず、脅威から家を守ったことになる俺たち――特にラフィには、旦那様は恩を感じておられるのだ。
「孤児院を支援されているのは、過去があってのことですか」
「それもある。最初はワシの跡取りを探していたんじゃが、決めかねている内にこの歳になってしまった。歳をとってしまったから、子供ではちと荷が重い」
「工場のヤガ様は?」
天候が荒れなければ、報告の為に工場から毎日通ってくる四〇歳手前の男だ。細面で優男風の見た目に反し、お歳を召されて動き回れない旦那様のため、代理を勤めてあちこち出回っている。
「あれは駄目じゃな。奴は責任感が強くて真面目すぎる。奴を屋敷の当主にしたら、空回りして自滅するぞ。人の下にあるから、有能なタイプだ」
「わかる気がします」
人には向き不向きがある。俺がラフィの為に働くことが出来ても、自分の為に働くとなると途端に何をしていいのかわからなくなる。生まれつきの領分のようなものだ。
「ワシとしては、バセがいいと思うのだが。奴自身が頷かん」
「バセさんはあの屋敷の執事の仕事に誇りを持っているように見えます」
「バセにはよく支えて貰っている。小さな頃から、ワシについてきてくれた。さっき話した子守りの為に山へ連れらてきた内の一人がバセじゃ。今じゃ、ワシの方が世話になっとる。
後継者の兼は、バセとヤガに後見人になってもらい、跡取りの教育を任せる形で落ちついた。
まあ、バセを養子にして跡取りに指名しても、いい歳だ、ワシと奴のどっちが先に逝くかわからん」
流石にそれは、と否定できない。この厳しい環境だ、吹雪の日に自宅玄関先で遭難して凍死だの、氷柱が頭に直撃して死んだだの、雪捨て用の側溝に落ちて死んだだの、湯を沸かすさいに湯釜に落ちて死んだだの、冬はよくある話。明日どうなるかなんて誰にもわからない。
鐘塔を降りて、屋敷へ帰る。
俺は一人で、食堂へ向かった。
なんとなく、知り合いの無事を確認したい気分だった。
久しぶり会う店主に満面の笑顔で迎えられ、いつもと変わらない様子に安堵する。
変わったところは、真冬の閑散としがちな店内が少し賑やかなところか。
差し入れを渡し、顔を見せた小さな娘に挨拶をすると、恥ずかしそうに店主の後ろへ隠れた。店主の孫娘だ。
息子がキッチンに立ち、その嫁がホールに立つ。旦那様の過去を聞いたばかりだからか、家族経営の暖かい光景だ。
客は近所の人が数名。雪かきのあとの休憩に、お茶を飲みに来る面子だった。
「食堂の女神が帰ってきた」
「寄っただけですよ、サイさん。あとで店主から、差し入れを貰ってください。引っ越しのときに食料を貰ったお礼に」
「器量がよくて、気立てがいい。男にしておくのが勿体ない」
「何言ってんだ。ミラみたいに美人で良く出来ている奴なら性別なんて構やしないだろ」
口々に言いたいことをいうこと客たち。母国とは違い、この国の法律では、同性の婚姻を認められている。キャラバン隊の用心棒をしていた頃、男所帯の旅商人の中には、旅をするうち、友情以上のものが芽生えてパートナーになった連中もたまに居た。
「冗談の通じないウチの人に殺されますよ」
「怖いねぇ」
「しかし、屋敷勤めは正解だったみたいだ。随分と綺麗な言葉を話すようになった。本当はこの国の人間なんじゃないか?」
「見た目が違います」
「いやぁ、心はすっかりこの町の人間だね。間違いない」
何をもってして、間違いないと言い切れるのか。
「ああ、そうだ。見た目っていやぁ、この間食堂で一緒になった旅商人が、ミラみたいな人を港の都市で見たって言ってたな」
僅かに身が強張る。
「詳しく教えてください」
「酒の肴に話をした程度であんまり覚えてないから詳しくはわからない。外国の船に乗って来たとかで。短い黒髪に黒い目で肌の白い、えらいべっぴんな女だったそうだ」
外国から来た、俺と同じ人種の特徴。長い船旅の間、慰めに奴隷を連れて行く者もある。あの国の奴隷は見目美しい者が多く高級品、庶民の収入で買える金額じゃない。
俺たちは母国を捨てた。
王位継承争いの末に、弟王子殿下に殺されかけた俺の主人だ。殺されそうになっていたところ、間一髪俺が弟王子殿下に剣を刺して殺した。死にかけていた主人を、兄王子殿下に王位継承権を長男王子殿下に譲ることを条件に、救って頂いた。その後は、我が主人を死ぬまで幽閉しようとしていたようだったので、掻っ攫って亡命、世界を転々と流れる旅人となった。
主人に「俺が王座についたあかつきには国を滅ぼす」とまで言わしめ、精神的に追い詰めて狂わせた国。
生きてあの国の地を踏むつもりはない。
もし、ラフィの存在が知られたら――
国へ連れ戻されることがあれば、二度とこんな穏やかな日常は来ない。
黒髪に白い肌の人間は、母国でなくとも居る。違う国かもしれないし、又聞きしただけの不確かな情報。
だけれど。
降ってきた不穏な話題に、おだやかな日常に暗い陰が差し、蝕まれていく、そんな錯覚に見舞われた。
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