第14話−前.連れて行けません
キギ・コナの工場から商隊が編成され、そこに加わえて貰える事となった。屋敷に勤める使用人から出るのは俺だけだ。
つまり、ラフィは留守番。
「俺も行く」
朝、ラフィの支度を手伝っていたときだ。俺たちに割り振られた部屋でその事を伝えると、案の定ついて来たがった。
「連れて行けません」
「屋敷の雑用が足りなくなるのは執事の責任だろう」
「そうじゃない。港で母国の人間を見たという噂を聞きました。アンタの青い髪や目の色は目立つ。噂の真相を確かめられたら、とも思っているので、余計についてきて欲しくない」
ここで初めて母国の人間の噂を伝えた。不確かな情報で不安にさせたくなかった。だが、説得するにはやむを得ない。
港の都市へ行く目的は三つ。ラフィの絵を売る、黄金の指輪を潰す、母国の人間の情報を確かめる。無理を言って今度の商隊に入れて貰った。なのに、俺が行かないという我が儘を言えば、次の機会はいつになるかわからない。
「ミラだけ行かせる訳には行かない」
「俺一人で行くのではありません。キャラバン隊には用心棒がつく。工場からも、ヤガさんや他の顔見知りも参加します」
「お前に何かあったらどうする」
「ラフィには及ばなくとも、俺も剣士です。実力はこの町の自警団よりも上だと自負していますが、違うか?」
「子供の頃から、俺の剣の稽古についてきたのはミラだけだ。だけど、お前だけを行かせる理由にはならない。俺がお前無しで生きていけると思うのか?」
お前が居なきゃ死ぬと、脅してきているのと同義。
そこは俺も思うことがあるのだが。俺無しで生きられない人間に育てた自覚はある。
冬は天候が荒れやすく、春になると、この町は山の上の方にあるからまだいいが、雪解けが始まって、川の下流は氾濫が起きやすい。川の側を迂回して、この町へ帰って来るのは夏頃になるだろう。
その間、顔も見られなければ声も聞けないし、その体温に触れることも、存在すら感じられない。半年は会えなくなる。
寂しがり屋で泣き虫で、なにかとすぐに不安がり、俺に縋ってくるラフィが、俺無しで生活していけるのかどうか、興味があった。
使用人仲間や旦那様がいるこの屋敷であれば、俺無しでも大丈夫なのではないか。
半分、興味という確認だ。俺無しで生きていけるのか、本当に俺無しではいられないのか、確かめてみたい。
「ラフィの着替え等の世話は使用人仲間に頼む。なるべく、ボタンのない服を置いていきます。
去年編んだセーター二枚と今年の一枚があるので、旦那様とバセさんに頼んで、セーター等の被って着られる服の着用の許可を貰うつもりだ。ラフィは表立って客と顔を合わせる立場ではないから、心配していない。
食事に関しても、ケミさんにラフィの好む料理の作り方を教えて行く。なんなら、レシピを書いて置いていきますので、ケミさんが忙しくて無理な場合は食堂の店主のところへ行ってください。彼女なら、ラフィの好みをわかってくれているので、先に頼んでおく」
「……俺の世話の問題じゃない」
拗ねて顔を背けらた。
世話だけなら、慣れれば誰でも出来る。心の拠り所の問題だと、俺も理解している。
だから、置いていくのだ。
「決定事項です。心配しなくともちゃんと戻って来る。待っていてください」
「お前は、俺と離れたいのか」
忠誠を疑う言い方に、カチンときた。
「本当にそう思っているのか」
赤ん坊の頃から傍に仕え、アンタに仕える為に育てられ、アンタの為だけにと生きてきた。俺の存在の全てがラフィの為だけにある。
いつでも尽くしてきた。それを疑われるのは心外だ。
ラフィを見限っていたのなら、とうの昔に見捨てて一人になっている。捨てられるのなら、こんなわがままな主人、居ない方が楽だ。
今までしてきたことも、俺の存在の全てが否定された気分だ。
「いい加減にしろ。とにかく、連れて行けませんので」
ツンと外方向いて黙るラフィを部屋に残して出た。
腹が立ったとはいえ、ラフィを置いていく事実に不安が無くなるものではない。
早速、レシピをいくつかまとめ、使用人仲間にラフィのことを頼んで回る。
リグに、ドアをノックして声を掛けてもラフィが朝起きて来ない場合は、動物小屋から雄鶏を借りてきて部屋に放つよう言っておいた。寝起きは不機嫌だから、俺以外が起こそうとすると、寝ぼけ半分、苛立ち半分で、たとえ顔見知りでも殴られかねない。
ケミには実際に料理を作って貰い、俺のレシピと同じ味になるまで付き合って貰ったり。
着替えの手伝い、風呂の手伝いも頼んだ。
使用人仲間だけではなく、暇を見つけては町の知り合いにも声を掛けた。
筆頭執事のバセのみならず、雇用主であるはずの旦那様にまで声を掛けた。
ラフィは極端なのだ。
他人とことならよく気付くし、釣りや狩り、剣の稽古等、興味のあるものはとことんやる。だが、ラフィ自身のこととなると、食事にしろ着替えにしろ風呂にしろ、途端にいい加減になる。
頭も体もろくに洗わなかったり、泡をちゃんと流さなかったり、服は肩に引っ掛けてあればそれでいいみたいな顔をする。
髪がボサボサだろうが、服に汚れがあってボタンがとれていようが掛け違えていようが、顔が煤だらけの泥だらけだろうが、気にしない。
食べるものもろくに摂らないときがあるし、命に関わることだってある。
過保護だと呆れられたが、なりふり構っていられなかった。
俺が帰って来るまでに、ラフィが無精をして死んでいないよう、亡霊のようにやつれようが最低限は生かされるよう、思いつく限りの準備はしておく。
その間にも、乾燥した芋の粉をバターと砂糖等を混ぜて練って焼き、ソフトクッキーに似た携帯食を作り、今は深い雪に閉ざされている牧草地帯を下る道の雪かきが行われ、最初の商隊が出るまで四日掛かった。
喧嘩をして以来、ラフィとは会話らしい会話をしていない。部屋は同じで、同じベッドに寝ていても、ずっと黙ったまま。
セミダブルという、二人で寝るには狭いベッドでぴったりくっついていても、お互いを無視するなんて異様だ。
ラフィのことを頑固だと思うが、自分から声を掛けようともしない俺も大概だ。
話しかければ、きっとまた、連れて行けと言い出す。そうなれば、口喧嘩になるだけだとわかっていた。
他の人間なら簡単に殴り倒すくせに、俺に対しては、稽古以外で直接手を出そうとはしない。殴りかかってくるなら、殴り返してやれるのに。
喧嘩をしていても遠慮してくるってどういうことだ。
臆病なラフィの場合、俺が毒を食って死にかけたこともそうだが、子供の頃の経験から常に大切な人を失う恐怖心が根底にあるからなのだけれど。
俺かしてみれば、一度拳を振るわれただけで失望する程度の忠誠だと思われているのか。甚だしいにもほどがある。
これだけ傍にいて、尽くしてきて、信頼されていないのはやるせない。
中途半端で不平不満を募らせるくらいなら、思いっきり殴り合えば、すっきりするのだろうか。
着替えに風呂に食事にと、ラフィの世話をして、必要事項だけを伝えれば短い返事は帰ってくるが、憮然とするばかりで目を合わせようともしない。そんな態度にも腹が立つ。
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