第15話 一人の夜

 明日、空が明るくなると同時にここを出る。少しでも休んでおきたいと、周囲に習って、干し草の上に横になる。ベッドとは違い、直接肌に触れる干し草はゴワゴワしてチクチクと刺さるし、火から離れれば冷えるが、厚い外套を着たままならそんなに気にならない。

 いつもなら繊細なことはないのに、今夜はなかなか寝付けなかった。どこでも寝られる男たちのいびきが、少し羨ましい。

 濡れた地面の泥のにおいと干し草のにおいに包まれ、パチンと薪が爆ぜる音を背中で聞きながら、暗い中で思うのは置いてきたラフィのこと。

 今頃は、ベッドに入って寝ている時間帯だ。ベッドに入る前に、ちゃんと体を洗って着替えを済ませたのか、作り置きした夕食は無精せずに温め直して残さず食べたか。

 今でこそ、働いて金を貰い生計を立てている立場を理解して、周りと何とかうまくやっていこうとする努力が見えるが、昔は気に入らない事があると俺以外にはすぐ手が出る性格だった。俺が居ないことで自暴自棄になり、癇癪を起こして暴力沙汰で町を追い出されないか。

 俺のことならよく見ているし考えが回るが、自分自身のこととなると途端にいい加減になる人だから。もう少し、自身のことも大切にして欲しい。

 うっかり人を殺してお尋ね者にでもなったら面倒だ。国を出て十年経っても、まだ母国の目がないかと探りながら生活しているのに、その上、この国からも追われるなんて御免だ。

――ラフィは、何をしているのだろうな。

 いつも朝早いのだから、しっかり寝られているのか。多分、寝られていないんだろうな。警戒心の強い我が主人のことだ、ベッドの隅で布団を被って膝を抱え、ドアでも睨んでいるんじゃないか。仕事柄、体力を使うのだからちゃんと寝ていないと倒れることだってあり得る。

 犬の世話をしているリグから犬でも借りて……いや、リグの犬は番犬だ、人慣れして不審者にも吠えなくなると、貸してはくれない。この前、リグの犬に肉の切れ端をやって撫で回していたら、「番犬の牙を抜かないで欲しいッス。愛玩用じゃねぇんッスよ」と怒られたばかりだし。

 せめて、ぬいぐるみでも作って置いて行けばよかった。いい歳してぬいぐるみの贈り物なんて嫌がられるだろうが、感情をぶつける先や縋るものが他人様への暴力になるよりマシ。

 まあ、俺が隣に居ないのに、阿呆面さらして熟睡されてても腹が立つのだが。

 いくら危惧して、ここからでは何も出来ないとわかっていても、つい、取り留めなくラフィのことばかり頭に浮かぶ。

 頭一つ分、見下ろす先にあった鮮やかな青くて短い毛並みがない。当たり前に隣にあって、手を伸ばせば容易に触れられた温もりがないのは、うら寂しさがある。

 ラフィが一人でやっていけると証明されたら。

 ラフィが世話役を必要としなくなっても、それでも主人の傍を離れてやるつもりはない。

 ラフィにとって、俺以上に大切なものなど無いのだから。

 目を瞑っていると、聴覚ばかり鋭くなる。

 小屋の外から人の声が漏れ聞こえ、少し騒がしい。緊迫した様子ではない。敵襲ではなさそうだ。

 野犬でも出たのか、色々考えている内に見張りの交代時間になってしまったのか。

 そんな風に思っていると、乱暴に扉が開かれた。

「ミラ!」

 雪の夜の静寂を裂く、よく通る大声で呼ばれ、ドキリとした。

 まだ熊の襲撃の方が心と体に優しい。運良く仕留められれば良い食料になる。

 上体を起こし、身構える。

 辛うじて人の姿だとわかる薄闇の中、キョロキョロ辺りを見回し、俺に目星をつけて寄ってくる。かまどで燃える火に照らされ、成人男性より小柄で派手な黄色の外套を着込んだ人影がはっきり見えた。

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