第16話 いくら言葉で必ず帰ってくると言っても

 突然のことで、覚める思いがした。寝ようとしていたから、見た幻なんじゃないかと疑う。

「……とりあえず、外に出よう」

 夢の中で覚める思いという矛盾だろうが、これが夢でもなんでも、これから長旅をする仲間が休んでいるところ、騒がしくしたくない。

 腕を掴んで外に引っ張って行く。触れられるのだから、幻ではない。

 俺が引っ張っても、従ってついてきた。

 怪訝そうに見てくる見張り仲間に説明をするため声を掛ければ、キギ・コナの屋敷で働いている使用人の一人だと、先にラフィから話を聞かされていたそうだ。そうでなければ、小屋に入れないか。

 二人で話せる場所に移動する。

「本物か?」

 馬ソリの足元に置いてあるランプの側にしゃがみ、一緒にしゃがんだ彼のフードの中に手を突っ込むと、両手で包み込んで顔を掴む。

 オレンジ色の淡い光のもと、フードの周りについた兎の毛皮から青い髪の毛が覗き、顔には確かに青い双眸がついていた。

「本物だ」

「本物は今頃、キギ・コナの屋敷の使用人の部屋で寝ているはず」

「目の前に居るだろう。お前、俺の顔を忘れたのか」

「そっくりな人間が演じているのだろう」

 本当にそうだったら、俺が親指でゴシゴシしごいても消えない、顔のやけど痕を作る為にわざわざ焼いたことになる。

「何のためにだ。疑るのもいい加減にしろ」

「ラフィが、俺の言いつけを破る筈がありません」

 威勢がよかったラフィが、途端に大人しくなった。

「なんで来た」

「徒歩で来た」

 なにで来たかなんて聞いていない。

「馬だろうが徒歩だろうが犬ソリだろうが、この際どうでもいい」

「犬ソリか。その手があった」

「話を聞け」

「お前が言ったんだろう」

「ラフィ」

「むぅ」

 ふくれっ面で恨めしそうにこっちを見てくる。まるで悪戯がバレて大人に叱られている子供だ。俺と全く同じ日に生まれた同い年だろう。同じものを食べて、基礎教育は同じものを受けて、同じように育ってきた筈なのに。

 とりあえず、まあ、話を聞く気はあるらしい。

「こんな暗い時間に一人で来るなんて、馬鹿じゃないのか」

「道は真っ直ぐ一本道だろう。真っ暗で見えなくとも、雪の壁伝いに行ける」

「崩れたらどうする。俺たちの隊が最終だ、気づかれずにそのまま生き埋めになっていたら、死んでいる」

「そのときは、そのときだ」

「この、馬鹿。雪がどれだけ危険か知っているものだとばかり思っていたが、俺の思い過ごしか? それとも、アンタの頭の中はドロドロに雪解けしているのか」

「俺の頭が春めいていておめでたいのは、お前が居るせいだ」

 自分で言うな。開き直るな。そして、俺のせいにするな。

「そういうことを言っているんじゃない。楽観視するな、危機感がなさ過ぎる! その油断が命取りになりかねない」

 ラフィが眉根を寄せて、顔を俯ける。

「俺だって、ミラに怒っている」

「ラフィに何かした覚えはない」

「俺を置いて行った」

「ちゃんと帰ってくる」

「俺の傍に居ると言ったミラが、俺を置いて行こうとした」

「仕方ないだろう」

「お前自身が言ったことを、俺を裏切るのか」

「裏切るつもりは無い」

「ミラを行かせたら、二度と会えない気がした」

 返す言葉を無くした。

 旅がどれほど危険なものか、よく知っている。獣に襲われることもあれば、盗賊にあうこともある。旅の途中、急流に流されたり、足を滑らせて崖から落ちることだって無いとは言えない。旅の最中は不衛生になりがちだから、感染症に罹るかもしれないし、さっき俺がラフィに言ったことだって、我が身に降りかからないとも限らない。

 いくら言葉で必ず帰ってくると言っても、何の保証にならない。

 町の入り口での別れが、最後にならないとは言えなかった。

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