第17話 詳しく話せ

「いつまでも帰ってこない待ち人を待ち続けるより、死んだ方がいい」

 ラフィの横顔が、鐘塔で見た寂しそうに遠くへ視線を向けられたキギ・コナ老人と重なる。雪と溶けて消えてしまいそうだ。

 小さくため息が出た。

 空が明るくなってからラフィを追い返しても、こっそりついてくるのは目に見えている。

 そもそも置いて行くこと自体、無理だったんだ。顔のやけど跡もそうだが、子供の頃から、俺のことが絡むと無茶をしてきたじゃないか。

 俺がどんなに周到に準備をし、気を配っても、その全てを台無しにして真っ直ぐに我が道を行く主人だったろう。

 こうなったラフィは絶対に譲らない。変に行動力があって意思の強い人だ。

 下手に危険に晒すより、最初から連れて行く方向で考えるべきだった。

「儚い孤独でした」

「寂しかったのか?」

 どうしてそうなる。そんなこと一言も言っていない。

「今頃、屋敷は大騒ぎでしょう」

「辞めてきた」

「辞めてきた?」

 当たり前のように告げられ、危うく聞き逃すところだった。

……少し、整理しよう。

「屋敷を?」

「屋敷を」

「辞めた?」

「辞めた」

「……バセさんや旦那様がよく許しましたね」

「誰にも言っていない」

「誰にも言っていない?」

「お前、さっきからなんだ。阿呆になったのか。……痛っ!」

 遠慮なくラフィの頬をムギュッとつねった。誰のせいだと思っている。

 ラフィが目の前に現れてから、ずっと頭が混乱しっぱなしだ。

「詳しく話せ」

「夕方の雪かきを終えて、薪割りをするフリをして隠していた荷物を持って出てきた。部屋に書き置きを残したから、俺が居なくなったことに気づいたのは夕食のときじゃないのか」

 夕食は日が落ちて暗い時間に摂る。町の人間は、冬は特に暗くなると視界がきかなくて危ないから外には出ない。

 追って来れない時間帯を狙っての行動か。

 しかし、せっかく給料も人も環境も良い職場だったのに、無責任に捨てて来るヤツがあるか。

 頭痛持ちではあるが、別の意味で頭が痛い。

「夕食は食べていないのですか」

「歩きながら携帯食で済ませた。自分の分の食料くらいは持ってきている」

 流石、旅慣れたラフィだ。必要なものの用意はあるらしい。

「俺にも内緒で準備していたのか」

「言ったら、止めるだろう。最初からついていくつもりだった」

 ラフィを放っておいた俺も悪い。様子を観察して尋問出来ていれば、旦那様に相談するなり、もっと最善を尽くせた。今さら後悔しても遅い。

「こっちは、帰る間にアンタが死んで埋葬されていたら、掘り起こしてやろうと思っていました」

「お前は、なんで死ぬ方向で考えるんだ」

「生き物は皆、死に向かって行くものです」

「だからって、今すぐっていうものじゃない」

「そうですよ」

 一人では危険な道を来た人間が何を言う。

 吐き出す息も凍る極寒の夜、ラフィを抱き寄せて暖をとる。最初は冷たかったものの、じんわり体温が伝わってきた。

「帰れと言われても、俺に帰るところはないぞ?」

「言いません。新しい仕事を探さないと」

「どうせ町を出るのだから、丁度いい」

 頬を擦り寄せてくるラフィの顔に手を伸ばすと、腕の中の体が僅かに跳ねた。

 構わず、顎を掴まえて口づける。柔らかな熱に触れると、携帯食を食べてきたからだろう、ほんのりバターのにおいがした。

「なに、怯えている」

「ミラにつねられたばっ――」

 言い終わる前に、もう一度唇を奪った。

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