第12話−後.雇用を続けるのも解除するも旦那様次第でございます
「そうじゃ。ランチを一緒にどうかな。今日は客も来んことだ」
暇だからって、何を突然言い出すんだ。
「ただの使用人が、旦那様と食事をする訳にはまいりません」
旦那様と食事をするということは、筆頭執事のバセに給仕されることになる。上司に給仕されての食事なんて、気まずい以外の何ものでもない。
「構わない」
意外なことに、旦那様とのランチをラフィが了承してしまった。
何か思うところがあるのか、ただ単に、こっちも暇なのか。
「ラフィだけなら構いません」
「ミラは堅いな。一緒に食事をするだけだ」
「お断りします。お二人でどうぞ」
「ミラも一緒にテーブルに着け」
「どうして、ランチを共にされたいのですか」
「ワシは、そんなに嫌われとるのか」
「そういうことではありません」
「見張られて一人で食べる食事が美味いものか」
憮然と呟かれた一言に納得した。
なるほど、共感か。
王宮に生まれ育ったラフィは、国を出るまでずっと一人で食事をしてきた。国の外に出て、人と食事を摂る習慣が出来た。
一人で食べていたときより、心なしか食が進んでいるラフィを見ている。
使用人に囲まれながら、一人で食事をする孤独をよく知っているのはラフィだ。
そう思うと、ラフィの願いを無下にするのも心苦しい。
「わかりました。ですが、俺は席に着きません」
「ミラ……!」
「ラフィはこの町で好まれている辛い料理が食べられません。旦那様への給仕はバセさんが、ラフィに出す食事の料理と給仕は私にさせて下さい」
「わかった。バセにはワシから伝えよう」
会食というものでもなく、口を開けば、辛いものが食べられないラフィを子供だとからかい、ラフィも負けじと、こんがり焼いた羊のローストも食えないくせにと減らず口を返す。飽きもせず、お互いに言いたい放題。荒くれ共の集う酒場より、殴り合いにならないだけ行儀がいい。
このランチがきっかけで旦那様に気に入られてしまった。地主で人を使う立場の旦那様にしてみれば、ラフィの遠慮ない態度は新鮮だったのかもしれない。
「ワシの風呂の世話を小僧に頼みたい。こやつじゃどうも気後れしてしまってな」
「ジジイなんだから、関係ないだろう」
「ジジイの弛んだ裸を美人に見られるのは恥ずかしいじゃろうが」
「恥ずかしいのか?」
ラフィが首をかしげる。
幼児期は一緒に風呂に入れられて、二人で遊んでいる内に丸洗いされていたくらいの幼馴染みだ。それから継続して今の今まで毎日ラフィの風呂の世話をしている。
全身余すところなく洗ってやるラフィの風呂の世話とは違い、旦那様の風呂の補助は、手の届かない背中を流し、頭を洗って、滑って転ばないように、バスタブで溺れないよう見守るくらいの仕事だ。俺としては、他人の裸に対して何とも思わない。
「こちらは気にしておりません」
「ワシが気にするんじゃ」
「ジジイの風呂の世話くらい、してやってもいい」
その夜、風呂場から「力いっぱい擦るな!」だとか「皮が剥けるわ!」だとか悲鳴が聞こえてきた。
「お手伝いしましょうか?」
「お前は来なくていい」
見かねて声を掛けたが、断られた。
「ジジイが弱いだけだろう」
「加減を知れ」
最初こそ怒鳴り合いが聞こえていたが、ラフィも慣れてきたようで次第に収まっていった。
親子とは、こんな感じなのだろうか。親のない俺にも、子供を子供とも思っていなかった親を持つラフィにもわからないだろうが、なんとなく、庶民の親子感を垣間見た気がする。
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