第12話−前.雇用を続けるのも解除するも旦那様次第でございます

 忙しい朝の束の間、丁度、談話室で朝食を食べ終わる頃だった。ジンジンと響く鈍い頭痛が、次第に重くなる。

「間もなく天候が荒れる」

 片付けの前に、雪かきに出ていくラフィに雪用の分厚い外套を着せつつ、注意を促した。

「なら、早めに雪下ろしをしてしまおう。手が空いている者は手伝え」

「空も見てねぇのに何でわかるんッスか」

 夜勤を終え、皆が朝食として摂る食事を、寝る前の夕食として終えたリグが億劫そうに言ってきた。

「天気が崩れる前触れに、頭痛がする後天的な体質です」

「そりゃ、難儀ッスね」

「旅をするには便利ですよ。俺の場合、頭痛は天候が崩れる前だけで、すぐに治まるので」

 国に居た頃は厄介だったが、今じゃ身を守る特技の一つとなった。何が身を助けるかわからない。

「手伝います」

 屋敷が雪に潰されては、職も住むところも失う。渋るリグを含めた体力のある警備兵を中心に、馬丁や従僕、メイドの一人と、使用人たちを駆り出し、総出で雪下ろしをする。

 ラフィが慣れた様子で区画を区切って使用人を分け、吹雪く前に終えた。人に警戒心を抱き、他人をよく観察していて、使用人たちの身体能力を把握している。

 リグは人好きからの観察力かもしれないが、ラフィの人嫌いの警戒心も、使い方に寄っては有益な才能か。

 権力を笠に着た並の貴族に比べたら、庶民である旦那様の方がよっぽど出来た主人だ。使用人たちの休憩時間に無理に呼び出しをしない、雇用主としての気づいを心得ている。とはいえ、使用人にわがままを言わない、素直にいうことにをきく、という訳ではないが。

 吹雪く日は、旦那様の起床がいつもより遅くなる。

 高価な窓ガラスが割れないよう、雨戸を開けない。締め切っていると暖かくはあるのだが、外光が遮断されて、屋敷中が暗い。

 雪に閉ざされ外界から孤立した状態だ、いつもなら工場から定期報告に来る者も無い。

 商人たちは一晩だけ屋敷に泊まり、昨日の朝には出て行った。この天気じゃ、仕入れも商売も出来ず、仲間と宿屋に詰めている事だろう。

 屋敷全体がギシギシと軋んで、雨戸がガタガタ鳴り、轟々と風が荒れ狂っている音を除けば、来客の無い静かなものだ。

 朝食を終え、いつものように書斎で過ごす旦那様に付きそう。

「その髪留めは自分で選んでおるのか」

「いいえ。私が身につける物はいつもラフィが選んでいます」

「小僧が?」

「髪留めが何か」

「ディナーのとき、商人たちが話題にしてきてな。結構なアンティークなのではないかと。ワシは骨董品の知識は無いが、良い物であるくらいはわかる」

 あの商人たちは、人より物に興味を抱くのか。物を売買する商人とはそういうものなのだろうか、それとも、彼らが特殊なのか。

 今日の俺は、鋼で出来た葉の形をした銀色のバレッタをしてた。葉脈が繊細で彫金が見事な、派手ではないが、丁寧な仕事が覗える品のある髪留めだ。

「価値がどれほどのものか、私にはわかりません。高価な物は買えませんので、ラフィが蚤の市で時折掘り出し物を見つけて来るんです」

「青い小僧もいっちょ前に、恋人にはマメにプレゼントを贈っているようじゃな」

 付き合っているつもりはないが、恋人同士と認識さてれいるらしい。回りからはそういう風に見られているくらい、分かっていた。

「どうなのでしょう」

「違うのか」

「私が身につけるものは彼が勝手に選ぶので、プレゼントとは少し違う気もします」

「あれもなかなか面倒な男だの」

「彼が楽しそうなので、それで良いと思っています」

 旦那様の方眉が上がった。

「そういえば、小僧のセーターの毛糸もお前が選んだと言っておったな。それを考えれば、どっちもどっちじゃの」

「セーターといえば。商人のお客様がいらしたときの事なのですが」

「なんだ?」

「私だけなら構いませんが、珍しい外国人を見せびらかすようなマネは承服しかねます」

 ラフィを立ち会わせた事に対して苦言を呈した。どんなに待遇がよくても、場合に寄っては、ここを辞めるつもりでいる。

「青い小僧が駄目で、お前自身なら良いと?」

「私はそういうことには慣れていますので。彼は確かに珍しい毛色をしています。ですが、見世物のように扱って頂きましたくありません」

 黒髪に肌の白い人間ならわりと居るが、青色の髪をした人間はそうそう居ない。あちこち回る旅商人に言い触らされるのは不本意だ。

 ドアがノックされ、薪を乗せたカートを押してラフィが入ってくる。

「噂をすれば。今日は早いお出ましじゃ」

「吹雪いているから、薪を沢山使うだろう。……ジジイ、ミラに変なことしたか?」

 俺を一瞥したあとに、旦那様を睨む。

 僅かな変化も見逃さず誤魔化しが効かないのだから、人の服装を勝手に選んでくるよりも、こっちの方がずっと厄介だ。

「人聞きが悪い。小僧を客前に出すなと注意されただけじゃ。そんなつもりは無かったんじゃが」

「あれは、ミラが編んだセーターを客に見せただけだろう」

「小僧、お前の方がわかっとるな」

「だとしても、あまり噂を広められたくありません」

 青い双眸がジッと見てくる。

 今でも時々、ドキリとするときがある。やましいところなど一つも無いし、ラフィには大抵のことを知られている。それでも、高揚感に似た僅かな緊張を覚える。一点の濁りのない吸い込まれそうな澄んだ青色が、そう思わせた。

「……気をつける」

 少しの間があって、ラフィが答えた。

「軽率じゃった。従業員を守ることも雇用主の役割だというのに」

「分かって下されば結構です」

「しかし、屋敷の主に物言いか。綺麗な顔して肝が据わっとる」

「雇用主だとしても、言うことは言わせて頂きます。改善して頂けなければ、ここを辞めることも考えておりました」

「遠慮ないな」

「雇用を続けるのも解除するも旦那様次第でございます」

「今辞められると困るのはこっちじゃ。辞めたいと言うなら、無理には止めんが」

「旦那様にも他の方にも良くして頂いているので、恵まれた職場に就けて感謝しています。継続するかどうかは、ラフィ次第です」

 カートから薪を降ろしていたラフィと旦那様の視線がかち合う。

「雪が溶けるまでは居てやる」

「随分、大切にされとるな」

「当たり前だ。ミラは何よりもまず、俺のことを考えてくれている」

 実際その通りなのだが、さも当然のように言い放つのだから、抓りくなる。子供っぽいのでやらないが。

 いつものように旦那様が揶揄うのだと思っていたら、「そうか」とひと言こたえられただけに留まった。それが、妙に寂しそうに見えた。

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