第11話−後.セーター事変
「ほんと、仲良いッスよね」
黙って俺たちを眺めていたリグが、話しに加わってきた。
「相手の機嫌がよくわかるくらいなんて。ミラさん、オレたちと話してるとき、気さくに接してますけど、どっか壁があるっていうか。ラフィさん相手だと無くなるのが見ててちょっとわかるッス」
「幼馴染みですし」
「ただの幼馴染みが、わざわざベッド運び込んで一緒に寝るんッスかね」
「ただの幼馴染みのわけ無いだろう」
同じベッドというのは置いておいても、ただの幼馴染みではなく、元々は従者と主人の関係ではある。
仕えていた俺がラフィの機嫌に敏感なのは当たり前なのだが、主人であったラフィが従者の機嫌に敏感なのは解せない。
今の関係性を言葉にするなら、俺はラフィに従属的だが、ラフィは俺に隷属的、といった具合で、ちょっとややこしい。
俺は赤ん坊の頃から従者として育てられ、俺がラフィにすることになんの疑問もなく手放しで容受するラフィ本人の性質的に。どちらが上だとか下だとかではなく、対等なのだ。
「お互いの何処が好きなんッスか?」
「もう寝たらどうです?」
他人に話すものでもない俺たちのこじれた関係性を知らず、好奇心で首を突っ込んで来ようとするリグは、足元にしつこくじゃれついてくる犬に似て、可愛らしくもあるがちょっと鬱陶しいしい。
「教えてくれたっていいじゃないッスか。今後の参考の為に」
「何の参考ですか」
「彼女探し?」
彼女探しなんて口実で、物好きの詮索だろう。
そもそも、好き嫌いでラフィの傍に居ることを選んだのではない。これは、執着だ。
「ミラの何処に好きにならない要素がある」
ラフィは清々しい程、言い張った。
恐らく本人は、隷属だの執着心だの考えたことがないのだろう。
二人きりじゃ会話をしている様子が無かったのに、恋路の話題になった途端、喜々として乗った。ラフィはラフィで、惚気自慢がしたいだけだ。
「ここいらには居ない美人ッスもんね」
「美人で料理上手で気遣いが出来て何でもそつがなくこなせて、俺の為だけに存在していて、あげ足取りが得意で意地悪で小賢しくて人の泣き顔見て楽しそうに笑う性格の悪いミラを好きならないはずない」
「後半、悪口ッス。ミラさんはどうなんッスか」
「どうなんですかね」
「聞き返されても。じゃあ、ラフィさんに好きな人が出来たらどうするんですか」
「居ますよ」
「ミラだな」
そこだけは、揺るぎない信頼を寄せている。
「そうじゃなくて。別の誰かッス」
「無いですね。ラフィが俺以外に思いを寄せる事など、ありえません」
「すごい自信」
自信ではなく、二九年間の実積だ。
「逆に、ミラさんに好きな人出来たらどうするんッスか」
「殺す」
「実力行使! 極端!」
「もちろん、相手を、だ」
ラフィの場合、虚勢ではなく本当に殺る。故郷では、立ち場を利用して俺に手を出した連中をことごとく死刑台に送った狂気の王太子だった過去があるから、断言できる。
国を出て旅をしているときも、言い寄ってくる連中は居た。牙を向いて威嚇する番犬の如く、横にくっついて殺気を放つラフィをものともしない、勇者が。その全てが、顔面にラフィの拳を食らって戦意喪失し、旅人となってからは不思議と故郷に居た頃よりも死人は少ない。
「いやいやいや、好きな人を殺されたら流石のミラさんにも怨まれるんじゃ」
「俺がミラを好きなら、ミラが俺をどう思っていようが関係ない」
「そうですか、奇遇ですね。俺はずっと前から、ラフィのことを心から嫌悪しています」
高圧的な態度が途端、泣きそうな顔になる。
強がっていた癖に、わかりやすくて、つい笑みが溢れた。
「冗談だ」
「ミラ、今のはよくない!」
「最初に言ったのはそっちです」
涙目で抗議するラフィの青い頭をグシグシ撫でた。
笑っている俺を見て、リグが「ほんとに、性格悪いッスね……」と若干引いていた。
「そもそも、俺に好きな人なんて出来ないので。ずっと傍に居ますよ、ご主人様」
この仕事だって、ラフィの生活を支える手段に過ぎない。始めからその他の人間が入ってくる隙間も無ければ、興味も無い。
「できれば、ラフィには俺より先に死んで貰いたいとは思っています。遺体の処理をしなければならないので。今すぐ死ねという話ではありませんので、勘違いしないでください」
死体となっても国へ帰れば利用価値のある人だ、理想として、特徴的な髪や瞳の色が確認出来なくなるまで見届けたい。健康管理はしてきたし、よく動くラフィだ、白くて丈夫で綺麗な骨をしているに違いない。
「なんか……なんて言っていいか……こっちまでビックリしたッス。怖いところごあるんスね。綺麗な生き物には毒がある的な」
「ミラは外面がいいからな。俺にはずっとこうだぞ。昼間だって、マフラーして行ったら、夜中に燃やすと言い出した」
「それは意地悪ッス。好きな人から手編みのもん貰ったら、自慢したくなるッスよ、普通」
「そうだろう」
なんで意気投合しているんだ。そして、その話題を蒸し返すのか。
「「そうだろう」じゃない。使用人側や外ならまだしも、旦那様のお屋敷で、しかも旦那様に向かってするものではありません」
商人にベタベタ触られたラフィを思い出し、また腹が立ってきた。ラフィ本人に触られたのではないが、無性に不快。
何かされていたらどうする。
問答無用で殴るだろうな、ラフィが。
俺の出る幕もなく。
「ミラ? 怒っているのか?」
「怒っていません」
「お前、なんか怖いぞ」
「怒ってない」
ラフィの言い分を無視して、夕食を片付ける。
風呂の準備が出来たら、余すところなくラフィを洗ってやる。他人に触られた記憶を洗い流し、上書きしてやった。
翌朝、ラフィの肌にわざと付けた赤い跡が目立ち、隠しきれず、バセからラフィだけ旦那様側へは出入り禁止令が出され、俺は厳重注意を受けてしまったが。思惑通り、客人として泊まっている商人の目に、ラフィが晒されずに済んだのだった。
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