第31話 心配性で過保護

「要塞都市の連中に舐められないよう、とっておきを付けてやろう」

 俺の長い黒髪を編み、左肩から前に垂らした。邪魔にならないよう後頭部に纏めることが多いが、今日は旅の途中でも体を動かす仕事でも無いからだろう。

 髪飾りの入っている小さな木箱からラフィが選び、テーブルの上に一つ出した。蔓を模した銀製のところに、朝露の如く小さな水晶が下がるバレッタ。シンプルで洗練された上品なデザインは、普段使いから正装時の飾りまで幅広く使える。ラフィが持っている中では一番高価なものだ。

 付けてしまえば自分では見られないので、あまり変なものでなければラフィが満足するなら何でもいい。

 それが、髪を垂らしている方とは逆の側頭部に、前髪を少し留めるかたちで付けられる。

「今日の予定は、要塞都市内で絵を鑑定士に見て貰い、キギさんに招待状を書いて貰った黄金の指輪を金物の加工場に持って行きます。時間がどれくらい掛かるかわからないので、町を散策できるかどうか」

「俺は宿に残る」

 いつもなら残れと言ってもついてくるのに、どういう風の吹き回しだ。

「上流階級が居る土地に入りたくないので?」

「それもある。一番の理由は、一人になって一度気持ちを落ち着けたい」

 今朝のハグだけでは晴れないところがあるらしい。感情の問題は人がどうこうできるものではなく、本人次第。

 時間が解決することもあるだろう。俺が出来るのは、落ち着くまでラフィに一人の時間を作ってやり、気が済むまで待つだけだ。

 ラフィが自分から俺に「気持ちを落ち着けたい」と打ち明けるくらいには、冷静に自分の気持ちと向き合えている。これなら、一人にしても自暴自棄にならないか。大丈夫だろう。

「それに、黒髪のお前はまだいいが、俺の青い色は目立つって、ミラも言っていたろう」

「そうですね」

「ジジイの紹介で行くのだ、田舎者だと揶揄われはするかもしれないが、長期の利益が見込める豪商からの紹介相手に詐欺まがいの買い叩きはやらないだろう」

「絵が偽物だと判断されてジャガイモより安値で買い取ろうと言われてしまったら、その場で燃やしてしまうかもしれません」

 悪戯っぽく言ってみせると、楽しそうにクスクス笑い出した。

「いいな、それ。本物を目の前で燃やされる画商の顔はさぞ愉快だろう。上げ足取りは得意だからな、ミラは」

「お褒めにあずかり光栄です、ご主人様」

「それ、やめろ」

 仰々しく一礼をすれば、愉快そうに笑っていた顔が、途端に面白くなさそうに眉根を寄せた。

 偽物だったら、絵画の工房へ持って行けばジャガイモよりは高く買い取って貰える。キャンバスは新品を買うと高くつく。既に描かれている絵を塗り潰し、上から新しい絵を描くのだ。

「遊びで買ったものだ、お前に任せるのだし、好きにしろ」

「夕食までには帰って来ますが、昼食はちゃんと摂れ。「一食くらい抜いても死なん」だとか言って無精をしないでください」

「わかっている」

「帰って来たら、昼に何を食べたか聞くぞ」

「信用無いな」

「もし、身の回りのことで困ることがあるなら、旅で同じになった用心棒仲間を捕まえ、金を渡して世話をさせればいい。ギルドに行けば職を探している奴に会えるだろうし、見ず知らずの人間よりは気が楽ですよね」

「一日だろう。何日も空けるでもない」

「くれぐれも、怪我などしないよう」

「わかったから。もう、行け」

「宿から出るのが億劫でしたら、宿の従業員に時間になったら昼食を買ってきて貰うよう、声を掛けて置く」

「いい。自分でやる。わかったから」

「散策するにしても、迷子には気をつけてください」

「わかったって言っているだろう」

「安易に人を殴らないでください。喧嘩も程々に」

「いいから、行け。ヤガに置いて行かれるぞ」

「では、行って参ります」

「待っている」

 ラフィに見送られ、部屋を出る。

 いいとは言われたが、自分自身のこととなると無精になる。放っていたら、他人の存在を嫌い一日中部屋に篭もって飲まず食わずで夜を迎えかねないのだから、ラフィの言葉をそのまま鵜呑みにするのは禁物。

 いくらか金を渡して宿の従業員にそれとなく昼食やら身の回りのことやらの様子を見て貰うよう頼んでから、宿を後にした。

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